突然始まった息子夫婦との同居
夫が亡くなってから、私は夫が遺してくれた家で1人暮らしをしていました。息子は社会人になってから連絡が少なくなり、親子の距離は少しずつ離れていったように感じていました。
そんなある日、息子の妻であるA美さんから連絡がありました。
「近いうちに、お義母さんの家で同居させてもらおうと思っているんです」
あまりに突然の話に、私は驚きました。聞けば、息子夫婦が住んでいるマンションの建て替えが決まり、引っ越し先を探しているとのこと。家賃の負担も大きく、息子が「実家に住めばいい」と言い出したそうです。
急な話ではありましたが、私は少しうれしくもありました。息子とは長く疎遠気味だったので、同居をきっかけにまた家族として向き合えるかもしれないと思ったのです。
ところが、A美さんの言葉は最初から遠慮のないものでした。
「私たちが使う部屋は、2部屋空けておいてくださいね。あと、エアコンや水回りも古いなら直しておいてほしいです。布団も新しいものをお願いします」
私は戸惑いながらも、息子夫婦が困っているならできる範囲で力になりたいと思い、家の片付けを始めました。
家事も費用も私任せの毎日
同居が始まってしばらくすると、息子夫婦の態度は少しずつ変わっていきました。
最初は「助かります」と言っていたA美さんも、次第に家事を私に任せきりにするようになりました。食事の支度、掃除、洗濯、買い出し。息子の用事で車を出すこともあり、気付けば私は、息子夫婦の家事まで担うのが当然のような扱いを受けていました。
私は近所の定食屋でパートを続けていたため、時間がいくらでもあったわけではありません。それでもA美さんは、「お義母さんはフルタイムじゃないんだから、私たちより時間がありますよね」と言います。
さらに、生活費として毎月まとまった金額を求められるようにもなりました。食費は私が買い出しをすることがほとんどで、光熱費も私の口座から引き落とされています。それなのに、なぜ私が、さらに息子夫婦へ生活費を渡し続けなければならないのか、次第に疑問が膨らんでいきました。
ある日、私がそのことをやんわり伝えると、A美さんは悪びれる様子もなく言いました。
「将来のこともあるんですから、今のうちから少しずつ協力してもらっているだけですよ」
その言葉を聞いたとき、胸の奥が冷たくなりました。私は家族として迎え入れたつもりでしたが、息子夫婦にとって私は、都合よく使える存在でしかなかったのかもしれません。
「もう戻ってこないで」と言われて
同居から1年ほどたったころ、私は体調を崩しました。数日間、熱っぽさや息苦しさがあり、家事を続けるのがつらい状態でした。それでもA美さんは、私の体調を気にするどころか、息子の用事を忘れたことを責め立ててきました。
「頼んだこともできないんですか? ただでさえお荷物なんだから、少しは役に立ってくださいよ」
私は謝りながら、「少し休ませてほしい」と伝えました。しかしA美さんは、「風邪くらいで大げさじゃないですか」と取り合ってくれません。
そのとき、私の中で何かが切れました。思わず「あなたたちは、この家が欲しかっただけなの?」と尋ねると、A美さんは開き直ったように言いました。
「わかっているなら、この家から出ていってください。もう戻ってこないで」
ここは、亡くなった夫との思い出が詰まった場所でした。けれど、そこで毎日傷つけられながら暮らし続けることが、本当に夫の望んだことなのだろうかとも思いました。私は静かに荷物をまとめ、いったん家を離れることにしました。
もちろん、家のことをそのまま放置するつもりはありません。家の名義や今後の管理方法については、落ち着いてから専門家にも相談するつもりでした。ただ、そのときの私は、自分の心と体を守るために、まずはあの家から距離を置く必要があったのです。
自分の人生を取り戻して
家を出てしばらくしてから、A美さんから連絡が来ました。
「お義母さん、今どこにいるんですか? 早く帰ってきてください」
話を聞くと、私がいなくなったことで、今度はA美さんが家事や雑用を一手に引き受けることになったようでした。息子は私にしていたのと同じように、A美さんにもあれこれ命じるようになったといいます。A美さんは「夫は前はやさしかったのに」と泣きそうな声で言いました。
けれど、私には驚きはありませんでした。息子は昔から、自分に都合の良い相手には甘えすぎるところがあったのです。しかしA美さんに何を言われても、私の答えは変わりませんでした。A美さんには、「もう戻ってこないでと言ったのは、あなたでしょう。私があなたたち夫婦の問題を背負うことはできません」と伝えて電話を切りました。
私は今、かつて夫と何度も訪れた思い出のある島で暮らしています。若いころ、夫と「いつかこういう場所で暮らせたらいいね」と話していた土地です。知人の助けもあり、今は小さな店を手伝いながら、穏やかな毎日を過ごしています。
私はその後、息子夫婦との連絡を必要最低限にし、距離を置くことにしました。家についても、名義や今後の管理方法を確認しながら、必要な手続きを進めていくつもりです。
夫が遺してくれた家を離れたことには、今でも寂しさがあります。けれど、あのまま自分を犠牲にし続けていたら、私はきっと心まで疲れ切っていたと思います。自分の人生を守るために、家族であっても、時には距離を置くことが必要なのだと感じました。
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家族だからといって、一方的に負担を押し付けられていいわけではありません。息子夫婦を思って同居を受け入れた主人公でしたが、家事や生活費まで当然のように求められる毎日の中で、少しずつ心身をすり減らしていきました。
大切な家を離れる決断には寂しさもあったはずですが、自分を守るために距離を置いたことで、新しい暮らしを取り戻せたのだと思います。家族との関係でも、無理を重ねすぎないことの大切さを感じるエピソードでした。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※AI生成画像を使用しています
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