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離婚から5年「やっと見つけた」私と娘を追い出した元義母→再び現れ…涙ながらに謝罪?今さらなぜ?

私は5歳になる娘と、家賃の安いアパートで2人暮らしをしていました。幼い子どもを抱えての就職活動は厳しく、正社員への道は険しいものでした。パートを掛け持ちして朝から晩まで働いていましたが、生活は常にギリギリの状態。娘が体調を崩すたびに職場へ頭を下げてシフトを代わってもらう日々。頼れる身内もおらず、心身ともにすり減っていました。

私たちがこんな生活になったのは、5年前の出来事が原因でした。当時、義母が突然私たちの家に押しかけてきて同居が始まり、理不尽な理由で私を追い詰めたのです。

 

 

義母の仕打ちに耐えられず逃げ出した私

5年前、私は娘を出産したばかりでした。慣れない育児に奮闘していた矢先、地元で小さな会社を経営していた義母が「息子を次期社長として育てる。あなたにも社長夫人としての教育をする」と突然宣言し、強引に同居を開始しました。

 

それまで義母は、むしろ『夫に経営のセンスはない』とこぼしていたため、私はその変化に違和感を覚えました。

 

そして同居が始まると、義母の態度はひょう変しました。私に「社長夫人としてふさわしくない」「あんたは女の子しか産まないから、跡継ぎにもできない」と、毎日厳しい言葉を浴びせられるようになったのです。産後の不安定な時期だった私は、日に日に追い詰められていきました。頼みの綱だった夫も、義母の言いなりで私をかばうことはありませんでした。

 

同居からわずか1カ月後、心身の限界を迎えていた私は、義母が「出ていけ」と言いながら、突きつけてきた離婚届にサインをしました。家を出る際、義母からまとまったお金と当面の住まいとなるアパートの鍵を渡されましたが、当時の私は義母への恐怖と反発心からそれらを受け取らず、自分の力だけで娘を育てると決意して姿を消しました。

 

それから5年。覚悟だけではどうにもならない厳しい現実の前に、私は過労で倒れてしまいました。気づいた娘が隣の部屋の住人に助けを求め、救急車で搬送されたのです。

 

病室のベッドで目を覚ました私は、今後の生活費や仕事のことで頭がいっぱいになり、絶望感で涙を流していました。すると、病室の入り口から聞き覚えのある声がしました。顔を上げると、そこにはかつて私を追い詰めた義母が立っていたのです。

 

 

やさしい義母がひょう変した真相

義母は自身の持病の治療で、偶然同じ病院に通院していました。救急外来の廊下で私が搬送されてきたのを見かけ、病室まで探しに来たそうです。

 

「なぜ今さら……」と身構える私に対し、義母は痩せ細った顔で悲しそうにほほ笑み、5年前の真実を語り始めました。

 

当時、夫はギャンブルや浪費で複数の消費者金融から多額の借金をしていました。それだけでなく、義母の会社の資金にまで手をつけていたそうです。事態に気づいた義母は、このままでは会社も家も失う可能性があると悟りました。

 

私が夫と生活を続けていれば、生活再建は困難になり、生まれたばかりの娘の将来にも暗い影を落とします。義母は私たちを借金問題から完全に切り離すため、あえて憎まれ役を買って出て、早急に離婚させて逃がそうとしたのです。

 

「事情を話せば、あなたは責任を感じて一緒に借金を返そうとするに決まっているから」と、義母は苦渋の決断で私を冷たく突き放したのだと言いました。

 

その後、義母は会社を清算して夫の借金を整理し、夫とは完全に縁を切ったそうです。夫が今どこで何をしているのかは、義母にもわからないとのことでした。

 

 

私たちを探し続けていた義母の今

義母は、事後処理が終わり次第、私たちを迎えに行くつもりでアパートを手配していたそうです。しかし、私がそのアパートを利用せずに行方をくらませていたため、この5年間、ずっと私と娘を探し続けていたと言いました。

 

「息子の育て方を間違えた私の責任。本当に苦労をかけてごめんなさい」

 

涙ながらに何度も頭を下げる義母の姿を見て、私も涙が溢れました。私を守るための嘘だったと知り、これまでのわだかまりが嘘のように解けていったのです。

 

義母の病状は思わしくありませんでした。「今日、病院に来ていなければ再会できなかった。ようやく会って謝罪ができて良かった」と私の手を強く握る義母の温もりに、私はただ泣くことしかできませんでした。

 

退院後、私は娘を連れて、義母が暮らす小さなマンションへ引っ越しました。今は私が働きながら、義母の通院や生活のサポートをしています。お互いに失われた5年間を取り戻すように、残された時間を娘とともに穏やかに過ごしていきたいと思っています。

 

◇ ◇ ◇

 

嫁いびりをして家を追い出した義母の行動は、最悪の事態から守るための、不器用で悲しい決断だったのですね。幼い子どもをひとりで育てることはとても大変なこと。義母と早く再会できていれば、お互いに5年間も苦しむ必要がなかったと考えると胸が痛みますね。表面的な出来事だけで人を判断してしまうことの危うさ、その行動の裏にある背景や思いを想像することがどれだけ大事なことか痛感します。大切にしたい相手には、思いや考えはきちんと言葉にして伝えていきたいですね。

 

※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

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ライターベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

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