ある日、いつになく上機嫌で帰宅した夫。
「今日さ、会社で犬の話をしたら、すごく詳しいって褒められたんだ!」
聞けば、以前に私が話した犬が病気のときのケアや、体調不良時のサインの見極め方などを、そのまま自分の知識のように話したそう。
夫は犬を飼ったことすらないのに……。私は思わずため息をつきました。
にわか犬博士になった夫
「自分で世話をした経験がないのに、聞いた話をそのまま教えるのはやめたほうがいいよ。命に関わることなんだから」と伝えると、夫は不満そうな顔でこう言い返してきました。
「知ってることを教えてあげるくらい、別にいいだろ?」
私はそれ以上何も言いませんでしたが、嫌な予感がしていました。
私の実家は動物好きな家庭で、父は犬の訓練士、母は長年保護施設で働いています。幼いころから、命を預かる責任について厳しく教えられてきました。だからこそ、知識だけでわかった気になっている夫の姿が気になって仕方なかったのです。
数日後、実家へ行った際に最近の夫の様子を話すと、父も母も同じように心配していました。
「調子に乗って余計なことを引き受けなきゃいいけどね」
その両親の言葉は、数日後に現実となってしまったのです……。
勝手に大型犬2匹を預かってきた夫
数日後、仕事を終えて帰宅した私は、玄関を開けた瞬間に聞こえた鳴き声に、耳を疑いました。
「ワン! ワン!」
慌ててリビングへ向かうと、そこには見知らぬ大型犬が2匹。
「えっ!? この子たちどうしたの?」
私が驚くと、夫は悪びれる様子もなく笑顔で答えました。
「会社の同僚が旅行に行くから、1週間預かることにした!」
詳しく聞くと、その同僚は、以前夫が「犬に詳しいって褒められた」と話していた女性社員。夫は私に一切相談せず、その場で引き受けてきたというのです。
「私に相談もせずに、勝手にOKしたの!?」
思わず声を荒らげると、平然とこう言ってきた夫。
「お前なら喜んで引き受けると思ったし」
幸い、わが家は一戸建てである程度の広さはありました。しかし、それだけで大型犬を2匹も預かれるほど甘いものではありません。
環境が変われば犬にも大きなストレスがかかりますし、食事や散歩、健康状態など、事前に確認しなければならないことは山ほどあります。
「ごはんは? 持病はないの? 散歩の回数は?」
私が次々と質問すると、面倒くさそうに顔をしかめた夫。
「そんな細かいこと聞いてないよ」
その一言で、私は頭を抱えました。
「命を預かるって、そういうことなんだよ!」と思わず言い返すと、夫は舌打ちをしてこう言い放ったのです。
「うるさいなぁ。お前の得意分野なんだから、世話はよろしく!」
最初から私に押しつけるつもりだったのでしょう。
さらに夫は、「これでまた会社で株が上がるな」と得意げに笑っていました。
ひとまず私は実家へ電話をかけ、両親に助けを求めました。
電話を終えてリビングへ戻ると、慣れない環境に興奮した2匹は部屋中を走り回り、リビングはあっという間に散々な状態に。夫はおろおろして、私に「早くなんとかしてくれ!」と言うばかり。
しばらくして母と、父の知り合いのドッグトレーナー2人が駆けつけてくれました。ほっとした様子を見せた夫に、静かに母はこう言いました。
「預かると決めたのはあなたでしょう。最後まで責任を持ちなさい。」
トレーナーさんたちが夫に犬の扱い方を一から教えてくれることになり、私はその間、実家で過ごすことに。夫には、自分がどれほど軽率なことをしたのか、身をもって学んでもらうしかないと思ったのです。
夫のスマホが暴いた裏切り
実家へ帰る準備をしていたときのことです。
夫はトレーナーさんに付き添われながら、慣れない手つきで2匹の世話をしていました。そのとき、リビングのテーブルに夫のスマホが置かれているのが目に入りました。
何気なく見てみると、画面にメッセージのやり取りが表示されたまま。相手は例の女性社員のようでした。
夫はその女性社員を何度も食事や映画に誘っていました。さらに驚いたのは、今回の犬の預かりも夫から申し出ていたことです。
そして、こんなメッセージまで送っていました。
「犬を預かるんだから、お礼くらい期待してもいい?」
思わず息をのみました。
女性社員は「そういうつもりではありません」ときっぱり断っていましたが、夫は諦めずに誘い続けていたのです。
これですべて納得しました。
夫が私から犬に関する知識を聞きたがっていたこと。会社で得意げに話していたこと。そして、勝手に犬を預かってきたこと。すべて、その女性社員に気に入られたい一心だったのです。
私や犬まで利用して、自分の評価を上げようとしていたなんて……。怒りを通り越して、ただ情けなくなりました。
私はその場では何も言わず、そのまま実家へ帰ることに。トレーナーさんがついているとはいえ、犬たちのことが心配だったので、母が会社から借りてきてくれたペット用の見守りカメラを設置してから自宅を後にしました。
そして数日間、ひとりでじっくり考えた末、私の気持ちは固まりました。私は、夫と離婚することを決意したのです。
夫を待っていた現実
1週間後――。
大型犬2匹の預かり期間が終わり、私は自宅へ戻ることに。この1週間、見守りカメラ越しに安全を確認していましたが、夫は大型犬の世話に相当苦労しているようでした。
自宅に到着し玄関を開けると、部屋の中はすっかり荒れ果てています。そして夫は、やつれた顔でソファに座り込んでいました。
私の姿を見るなり、「やっと帰ってきた……」と駆け寄ってきましたが、私は静かにその言葉を遮りました。
「話があります」
そう言って差し出したのは、離婚届。
「離婚しましょう」
目を見開き、「えっ……嘘だろ?」と立ち尽くした夫。
「犬のことなら反省してる! もう勝手なことはしない!」
必死に謝る夫でしたが、私は首を横に振りました。
「私が許せなかったのは、犬を勝手に預かってきたことだけじゃない」と言って、女性社員とのやり取りを見たことを伝えた私。みるみる夫の顔色は変わり、何も言えないようでした。
「私や犬まで利用して、自分をよく見せようとした人を、もう信じることはできない」
そう伝えると、夫は何も言い返せませんでした。
しばらくして観念したのか、夫は離婚届にサイン。こうして私たちは離婚しました。
その後、夫は例の女性社員に何度もアプローチを続けたそうですが、相手にされることはなかったと聞いています。ただし、その行動は社内でも問題視され、会社に居づらくなった夫は、最終的に退職したそう。
一方の私は実家へ戻り、両親や保護犬たちに囲まれながら穏やかな毎日を過ごしています。
あの出来事で改めて感じたのは、命を預かるということは、軽い気持ちで引き受けていいものではないということ。動物も人も、信頼関係があってこそ幸せに暮らせるのだと、私は今も強く思っています。
◇ ◇ ◇
動物を預かることは、命を預かることでもあります。「動物が好きだから」「頼まれたから」という理由だけで安易に引き受けるのではなく、最後まで責任を持って世話ができるかを考えることが大切です。
また、夫婦だからといって、相手が当然協力してくれると決めつけるのも禁物。大切な判断ほど事前にしっかり話し合い、お互いの気持ちを尊重することが、信頼関係を築く第一歩ではないでしょうか。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。