「必ず参加してください」と言われた懇親会
独立して数年。わが社はゲーム開発を専門とする会社として、複数の販売会社と取引していました。その中でも売上の大きな割合を占めていたのがA社です。
ただ、A社との仕事は決して楽ではありませんでした。開発終盤になって仕様変更が入ることは珍しくなく、「来週までに対応してください」と急な依頼がくることもしばしば。それでも長年の取引先ということもあり、社員たちは何とか対応してくれていました。
そんなある日、A社の担当者から「新作発表会と懇親会を開催するので、ぜひ参加してほしい」と連絡が入りました。
A社の新作に触れられる貴重な機会でもあります。忙しい時期ではありましたが、仕事を調整し、社員数名とともに参加することにしました。
うちの会社だけ料理が違う!?
会場には、協力会社やゲーム業界の関係者が数多く集まっていました。見覚えのある顔も多く、新作発表会らしい華やかな雰囲気です。
しかし、懇親会が始まり席に着いた瞬間、違和感を覚えました。ほかのテーブルには豪華なコース料理が並んでいるのに、僕たちのテーブルだけは簡単なおつまみ程度しか用意されていなかったのです。
思わず社員たちと顔を見合わせていると、A社の担当者が笑顔で近づいてきました。
「今日はありがとうございます」
そう言うと、僕たちのテーブルを見ながら小さく笑いました。そして、「御社のテーブルは”特別メニュー”なんですよ。来年は皆さんと同じ料理を用意できるよう、期待していますね」と言い残して去っていったのです。
社員たちは気まずそうにうつむいていました。僕も腹が立ちましたが、その場で感情的になっても社員を困らせるだけだと思い、何も言い返しませんでした。
すると一人の男性が「失礼ですが、先ほどのやり取りが聞こえてしまって……」と声を掛けてきました。その男性は、ゲームの企画・販売を手がけるB社の社長でした。業界イベントで何度か見かけたことはありましたが、言葉を交わすのはこの日が初めてです。
「御社の評判は以前から耳にしています。一度ゆっくりお話しできませんか」
その場で名刺を交換し、仕事のことを少しだけ話しました。短い時間ではありましたが、とても前向きな会話ができ、そのまま懇親会はお開きとなりました。
社員全員が待っていた社長の決断
翌朝、僕は全社員を集めました。
「A社との取引を見直そうと思う」
そう切り出すと、社内は静まり返りました。みんな売上への影響を心配しているのだろうと思っていました。ところが返ってきたのは予想外の反応で……。
「その言葉を待っていました!」
「A社案件だけ毎回仕様変更が多くて、休日出勤ばかりでした」
「このままだと誰か辞めてしまうと思っていたんです」
社員たちは次々と本音を話してくれました。会社を守るためにも、このまま続けるべきではない。そう確信した僕は、A社へ契約終了の意思を伝えました。
すると担当者は、「そうですか。後悔しないといいですね」とだけ言い残し、電話を切りました。
その日の午後、懇親会で知り合ったB社から連絡が入り、正式な打ち合わせが決まったのです。
数か月後、立場は逆転!?
打ち合わせでB社の社長はこう話してくれました。
「実は、以前から御社の技術力には注目していました。ただ、A社とのお付き合いも長いと聞いていたので、これまでお声掛けを控えていたんです」
懇親会での出来事をきっかけに、正式に声を掛ける決心がついたそうです。こうして新しいプロジェクトが始まり、完成したゲームは想定以上の反響を得ました。
一方でA社は、協力会社との契約終了が相次ぎ、開発スケジュールの見直しを余儀なくされていると耳にしました。しばらくして担当者から、「条件を見直しますので、もう一度お願いできませんか」という連絡もありました。
しかし社員全員と話し合った結果、答えは一致しました。
「今の環境を大切にしたいので、お断りします」
会社は売上だけで成り立つものではありません。社員が安心して力を発揮できる環境があってこそ、良いものづくりにつながるのだと、あらためて実感した出来事です。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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