里帰りを嫌がる義母
妊娠後期に入ったころ、私はおなかの張りが強くなり、医師から「無理をせず、早めに実家で休んだ方がいい」と言われました。
夫に伝えると、夫は「わかった。母さんには俺から言っておく」と言ってくれました。義母は以前から里帰りに否定的で、「今の人はすぐ実家に頼る」とよく口にしていたからです。しかし数日後、義母から電話がかかってきました。
「急に里帰りするんですって? 最近の人は、少し大変だとすぐ実家に帰るのね。私のころは、産む前も産んだ後も家のことをしていたけれど」
医師の指示だと説明しても、義母は「まあ、体のことなら仕方ないけど」と不満そうでした。
その日の夜、夫に確認すると、夫は気まずそうに笑いました。
「ごめん、詳しくは言ってなかったかも。母さん、ああいう言い方するけど悪気はないから」
私はその言葉に引っかかりました。悪気があるかどうかではなく、私が傷ついたことが問題なのに……。けれど出産前で体もつらく、これ以上もめる気力はありませんでした。
夫が育休を取るはずだったのに
それでも、出産後は夫が変わってくれると思っていました。夫は「戻ってくるころに育休を取る。最初の2カ月は一緒に頑張ろう」と言ってくれていたからです。
無事に出産し、私は実家でしばらく体を休めました。夜中の授乳で眠れない日が続き、体はまだ思うように動きません。それでも、夫と一緒に育児を始めるのだと思えば、少し心強く感じていました。
ところが、自宅へ戻った日。玄関を開けた私は、廊下に置かれた見慣れない段ボールに気づきました。
「ただいま。これ、何?」
夫は目をそらしました。
「母さんが、しばらくこっちにいることになってさ」
「どういうこと? 育休は?」
「取ろうとは思ってたんだけど、職場が忙しくて言い出せなくて……。それを母さんに話したら、もう完全に来る気で」
「来る気って、私は何も聞いてないよ」
「母さん、里帰りのことをずっと気にしてたみたいでさ。『嫁の実家ばかり頼られたら、こっちの立場がない』って。親戚にも『産後は私が見る』って言っちゃったらしくて……」
夫は困ったように笑いました。
「今さら断ったら、母さんの顔をつぶすことになるだろ?」
その言葉を聞いて、私は息が詰まりました。夫が守ろうとしているのは、私の体でも赤ちゃんの生活でもありません。義母の顔だったのです。
寝室が義母の部屋に
そのとき、買い物袋を提げた義母が帰ってきました。
「おかえりなさい。やっと戻ってきたのね」
義母は赤ちゃんをのぞき込み、満足そうに目を細めました。
「親戚にも言ってあるのよ。産後は私がそばについて見るから大丈夫ですって。嫁の実家に任せきりだなんて、うちの家として格好がつかないでしょう?」
私は言葉を失いました。義母が気にしているのは、やはり私の体調ではありませんでした。赤ちゃんの生活でもありません。自分が“頼られる姑”に見られるかどうか。それだけだったのです。義母は、私を上から下まで見るようにして続けました。
「それに、里帰りで十分休んできたんでしょう? こっちに戻ったなら、今度は私のやり方も覚えてもらわないと」
嫌な予感がして、私は寝室へ向かいました。扉を開けると、そこには義母の服や荷物が並んでいました。私たち夫婦の寝室だった部屋は、すっかり義母の部屋のようになっていたのです。
「お義母さん、ここは私たちの寝室です」
「だから何? 私が来ている間くらい、部屋を空けるのは当然でしょう」
義母は悪びれもせず、クローゼットの中を整えていました。
「私が産後を見るって言っているのよ。嫁なら、まず迎える側の準備をするものじゃないの?」
「でも、産後の体でリビングに寝るのは……」
「母親になったんだから、自分の寝る場所くらいで騒がないの。赤ちゃんの世話は私が見てあげるんだから、あなたは言われた通りに動けばいいのよ」
夫を見ると、気まずそうに目をそらしていました。
「母さんも、悪気があるわけじゃないんだよ。親戚にも言っちゃったみたいだし、少しの間だけ、な?」
その瞬間、胸の奥がすっと冷めました。
夫は、私と赤ちゃんの味方をする前に、義母の機嫌を取る人なのだとわかったからです。私が産後の体でどこに寝るのか。赤ちゃんをどこで寝かせるのか。夜中の授乳をどうするのか。夫は何ひとつ考えず、義母の都合を優先していました。
私が選んだ答え
義母は、まるで決定事項を伝えるように言いました。
「今日からリビングで寝てちょうだい」「私が寝室を使うから。あなたは若いんだからソファで十分でしょう」
夫を見ると、気まずそうに目をそらすだけでした。その瞬間、私の中で何かが切れました。この家には、産後の私の体を気づかう人も、赤ちゃんが安心して眠れる場所を考える人もいない。夫でさえ、義母の機嫌を損ねないことばかり気にしている。ここで我慢したら、きっとこれからも同じことが続く。
私はそう思いました。
幸い、父が車で送ってくれたばかりで、まだ近くにいました。赤ちゃんの荷物も、玄関に置いたままです。私は赤ちゃんを抱き直し、義母に向かって笑いました。
「どうぞどうぞ!」
義母が目を丸くして「え?」と声を出しました。夫も固まっています。
私は、このまま実家に帰るので、寝室は好きに使ってくださいと伝えました。リビングで生活しなければならない家に、産後の自分と赤ちゃんを置くつもりはありませんでした。
義母は慌てて引き止めました。自分は手伝いに来ただけで、大げさにするような話ではないと言います。けれど私には、そうは思えませんでした。手伝いと言うなら、まず私に確認するべきです。産後の私がどこで休むのか、赤ちゃんをどこで寝かせるのか。それを考えずに寝室を使うなら、手伝いではありません。
夫は小さな声で謝りました。自分がちゃんと話せばよかった、と。でも、問題はそこではありません。私に相談せずに決めたことが問題なのです。育休のことも、義母のことも、全部。さらに義母は、嫁なのに少し言われたくらいで実家に帰るなんて、と不満そうに言いました。
その言葉で、迷いは完全になくなりました。
私は、嫁である前にこの子の母親です。安心して休めない場所で、赤ちゃんを育てることはできません。私は父に電話をし、赤ちゃんを抱いて家を出ました。
夫に出した条件
実家に戻ってから、夫から何度も連絡がありました。しばらく出る気になれませんでしたが、翌日の夜、ようやく電話に出ました。夫は開口一番、謝ってきました。
「母さんには帰ってもらう。俺が間違ってた。だから戻ってきてほしい」
私はすぐには返事をしませんでした。
「戻るかどうかは、あなたの行動を見てから決める。お義母さんを家に泊めないこと。育児の分担を紙に書いて決めること。今後、私に相談せずに親を家に入れないこと。この3つができないなら戻らない」
夫は黙ったあと、「わかった」と答えました。
数日後、夫は実家に来て、私の両親の前でも謝りました。義母は最後まで「私は孫の世話をしようとしただけ」と言っていたそうです。けれど夫が「母さんがいる限り、妻も子どもも戻ってこない。今日は帰ってほしい」と告げると、義母は一瞬言葉を失い、みるみる顔色を変えたといいます。
「そんなつもりじゃなかったのよ」と慌てて言い訳を続けたそうですが、夫は「もう勝手に泊まることはできない」とはっきり伝え、義母に荷物をまとめるよう促しました。義母は青ざめた表情のまま、しばらく立ち尽くしていたそうですが、最後はその日のうちに家を出たと聞きました。
私はすぐには自宅に戻らず、しばらく実家で過ごすことにしました。その間、夫は仕事帰りや週末に実家に通い、おむつ替えや寝かしつけを一から覚えました。
義母とは、今も距離を置いています。孫に会わせるときは、私か夫が必ず同席する。それも夫婦で決めたことです。あの日、「出て行くので大丈夫」と言えたのは、ただ腹が立ったからではありません。母になった以上、私が安心して休めない場所に、わが子をいさせるわけにはいかない。そう思ったからです。
我慢して丸く収めることが、家族を守ることではありません。必要なときに線を引くことも、母親として大切な判断なのだと、今は思っています。
◇ ◇ ◇
産後の不安定な時期に、安心して休める場所を奪われるのは小さな問題ではありません。家族だからこそ、善意や慣れだけで相手の領域に踏み込みすぎないことが大切なのでしょう。我慢してその場を収めるより、必要な距離を取ることが自分と子どもを守る選択になる場合もあるのだと感じさせられます。
【取材時期:2026年6月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。