在宅勤務になってから、夫は変わった
息子が1歳になるころ、私は職場に復帰しました。会社には週に何日か在宅勤務を選べる制度があり、通勤時間が減ればお迎えにも間に合うと考えて、上司と相談しながら戻ることにしたのです。
夫も最初は気にかけるようなことを言っていましたが、それは長く続きませんでした。私が在宅の日になると、夫の帰宅はだんだん遅くなります。最初は急ぎの仕事や打ち合わせが理由で、私も働いている以上、予定通りにいかない日があるのはわかっていました。ただ、回数が増えるにつれ、違和感は大きくなっていったのです。
保育園から帰った息子にごはんを食べさせ、お風呂に入れ、寝かしつけたあと、私はパソコンを開いて残った仕事を片付けます。夜中に洗濯物を干していると、夫が酒のにおいをさせて帰ってくることもありました。そのたびに、接待だから仕方がない、家にいる私のほうがまだラクだ、という空気を出されます。家にいる――その言葉で、私の仕事も育児も軽く扱われた気がしました。
義母も、私の復職には最初からいい顔をしませんでした。小さいうちは母親がそばにいるべき、夫に家事までさせるのはかわいそう――会うたびに遠回しに言われます。夫はかばうどころか、在宅勤務のことを義母にあまり詳しく言わないでほしいと言ってきます。面倒になるから、というのがその理由でした。今思えば、あのころから夫は、都合の悪いことを隠す準備をしていたのです。
義母から届いた“母親失格”のLINE
ある木曜日の夜、私はどうしても外せないオンライン会議を控えていました。海外の取引先に合わせた時間で、開始は午後8時半。息子の寝かしつけと重なるため、夫には何日も前から、その日だけは早く帰ってきてほしいと頼んでいたのです。
夫はわかったと言っていましたが、その日の午後7時を過ぎても帰ってきません。電話にも出ず、メッセージには、「会社を出るのが遅れたから先に寝かせてほしい」とだけ返ってきました。私は息子に夕食を食べさせ、お風呂に入れ、絵本を読んで寝かしつけます。会議の開始5分前、息子はようやく寝息を立て始めました。
ほっとした瞬間、スマホが震えます。義母からでした。開くと、いきなり強い言葉が並んでいます。子どもを他人に預けて夜遊びしているそうだけれど、本当なのか。夫は毎日遅くまで働いているのに、母親として恥ずかしくないのか。そんな内容が続き、最後に、決めつけるような一文が届きました。
「子どもを他人にまかせて夜遊びだなんて、母親としてありえない!」
一瞬、何を言われているのかわかりませんでした。夜遊び、他人に預ける、母親としてありえない――どれも、私には身に覚えのない言葉です。寝室のドアを開けると、薄暗い部屋で、息子はお気に入りのタオルを握ったまま眠っていました。怒りより先に、体の力が抜けていきます。
私は義母に短く返しました。
「息子なら一緒に寝てますが?」
すぐ既読がつき、しばらくして義母から電話がかかってきました。会議まであと数分でしたが、このままにはできず、私は通話に出ることに。義母は夫から、私が友だちと出かけて孫を近所の人に預けている、と聞いたようでした。まだ私を疑っている様子でしたが、声には戸惑いも混じっています。
話すうちに、夫が義母へ伝えていたのはその日だけのことではないとわかりました。私が復職してから家事や育児をほとんどしなくなり、自分が仕事をしながら息子の面倒を見ている。私が遊びに出る日は近所の人に預け、そのお礼を夫が負担している――以前からそう話していたというのです。
さらに義母は、「だからお金が足りないと言うたびに、少しずつ渡していた」と口にしました。
私は言葉を失いました。夫が帰宅を遅らせている間、息子の世話をしていたのは私です。近所の人に預けたことも、夫が託児の費用を負担したこともありませんでした。
私は、今夜は会議があること、夫には前から早く帰るよう頼んでいたこと、息子は私が寝かしつけたこと、夫はまだ帰宅していないことを淡々と説明しました。
電話の向こうで義母が黙り込み、しばらくして思いがけないことを口にしました。義母はその日、用事の帰りに駅前のスーパーへ寄ったそうです。そこで夫を見かけた、と。声をかけようと思ったものの、隣に女性がいたため、邪魔をしてはいけないと思ってそのまま通り過ぎたというのです。私の胸の中で、何かが冷たく固まりました。
夫の“残業”が崩れた夜
会議が終わったのは午後10時前でした。イヤホンを外したあとも、私はしばらく机の前に座ったまま動けませんでした。部屋は静かで、冷蔵庫の音だけがやけに大きく聞こえました。
夫が帰ってきたのは午後11時過ぎ。いつものように小さな声で帰宅を告げます。私はリビングで待っていました。
どこにいたのかを確認すると、夫は会社で残業していたと言い張ります。そこで、義母が駅前で女性と一緒にいるところを見たと話すと、顔色がはっきりと変わりました。女性は同僚で、たまたま帰りが一緒になっただけだと言い訳を始めます。それならなぜ義母に、私が夜遊びをしているような話をしたのか。そう聞くと、夫は言葉を失い、次の言い訳を探すような表情のまま黙り込みました。
その様子を見て、怒鳴る気が失せてしまいました。怒鳴れば、きっと夫は疲れていた、言い方が悪かった、義母が勝手に勘違いしたと話をすり替えるだろう。そう思ったからです。
その夜は、女性との関係、いつから義母に私の悪口を言っていたのか、なぜ自分が育児をしているような嘘をついたのか、義母から受け取ったお金を何に使ったのか、必要なことだけを確認しました。
夫は最初、義母が勝手に心配して渡してきただけだと言いました。しかし、「近所の人に預けて、そのお礼にお金がかかると話したのはあなたでしょう」と問いただした途端、夫は視線をそらして沈黙。女性とのことも、義母から受け取ったお金についても、まともな答えは最後まで返ってきません。もうこれ以上聞いても同じだと、それだけはわかりました。
翌日から、私は記録を残すことにしました。夫の帰宅時間、保育園の送迎、家事育児の分担、義母とのLINE、夫とのやり取り。感情を書きなぐるのではなく、事実だけを淡々とメモにまとめていったのです。
記録を整理するうちに、夫が一度ついた嘘だけでなく、長い間、私を悪者にする話を重ねていたことが見えてきました。私を「育児をしない母親」に仕立てておけば、女性と会う時間も、義母からお金を引き出す口実も、両方が同時に手に入る。夫はそのために、長い間、私を悪者にする話を重ねていたのです。
私は夫に、「今すぐ結論を出すつもりはないけれど、このまま夫婦を続けることはできない。離婚も考えている」と伝えました。
夫は、そんな大げさな話ではない、母さんにも誤解があっただけだと言いましたが、私はもう言い返しませんでした。
数日後、義母からも連絡がありました。夫から、私が離婚まで考えていると聞いたようでした。
義母は、私が育児を放り出していると聞かされていたこと、事実を確かめずに責めたことは、悪かったと書いてきました。謝罪に近い言葉が続いたあと、「でも、離婚まですることはないのでは」という一文が添えられていました。その時、私ははっきりわかったのです。この人たちにわかってもらおうとするほど、私は消耗する。このまま関係を続けるのではなく、離婚に向けて動こう。そう決め、説得ではなく手続きを進めることにしました。
我慢するのをやめた日
弁護士に相談すると、まず言われたのは、焦らず証拠と生活の準備を整えることでした。私はその言葉どおり、保育園の送迎体制や勤務時間、住まいのことを一つずつ整理します。両親にも事情を話し、急な発熱や残業の日には助けてもらえるよう頼みました。
夫は最初、大げさだ、夫婦げんかの範囲だと取り合いませんでした。しかし、確認を進めるうち、夫が義母から繰り返しお金を受け取り、その時期に女性と食事や外出を重ねていたこともわかりました。
私が義母とのLINEや夫の帰宅時間の記録に加え、女性とのメッセージや、義母から受け取ったお金の記録を整理していると知ると、それまで強気だった夫は急に態度を変えました。
息子には会わせてほしい、養育費には限度がある、義母にも悪気はなかった――夫はそんな言葉を繰り返すようになりました。謝るより先に、自分が失うものの話ばかりする姿を見て、私の気持ちはますます固まっていきました。
息子にとって何がいいのかは、私一人で感情的に決めることではありません。そう考え、面会についても条件や連絡方法をきちんと取り決める形にし、養育費も口約束にはせず、支払い方法を文書に残しました。慰謝料についても、弁護士を通して話し合いました。派手な復讐をしたかったわけではありません。ただ、夫がついた嘘と裏切りを、なかったことにはしたくなかったのです。
離婚が決まったあと、義母から一度だけ長いメッセージが届きました。孫に会えなくなるのはつらい、夫を甘やかしすぎたのかもしれない――そんな内容でした。返事は少し迷いましたが、息子の生活を第一に考えること、必要な連絡は決めた方法でお願いしたいことだけを送り、それ以上は書きませんでした。
今は、息子と2人で暮らしています。朝は相変わらず慌ただしく、保育園の帽子が見つからないだけで部屋中を探し回る日もあります。夜、息子が寝たあとに仕事の資料を開くこともありますが、玄関の音にびくっとしたり、誰かの機嫌を読むために息を詰めたりする時間は減りました。
最近は、息子が電車に興味を持ち始めたので、休みの日に少し遠くの駅まで行く計画を立てています。前から気になっていた資格の勉強も再開しました。毎日はまだ整いきっていませんが、少なくとも今の家には、私を母親失格と決めつける声はありません。息子の寝息を聞きながら、明日の保育園の支度をする。その普通の時間が、今の私にはいちばん落ち着きます。
◇ ◇ ◇
身近な人の言葉でも、事実と違う責められ方をされると、自分が悪いのかと揺らいでしまうことがあります。強い言葉を受けたときほど、すぐに自分を責めず、起きたことを一つずつ整理してみてもよいかもしれません。冷静に見直すことで、違和感の正体が少し見えてくることもあるのではないでしょうか。
【取材時期:2026年6月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。