八百屋で再会した同級生
「あれ? 有名大学に進学したのに、八百屋で働いているの?」
声をかけてきたのは、高校時代の同級生・Y子でした。久しぶりに会ったにもかかわらず、あいさつもなく、驚いたように店内を見回しています。言い方に引っかかりを覚えましたが、私は気にしないようにして「久しぶり。ここは両親の店なの。今は私も一緒に働いているんだ」と答えました。
するとY子は、待っていましたとばかりに自分の話を始めました。
「私は今、大手企業の本社で働いているの。毎日忙しくて、買い物をする暇もないくらい。食事もほとんど外食かテイクアウトよ。商店街の八百屋とは縁がない生活なの」
そこまで言うなら、なぜ店に立ち寄ったのだろうと思っていると、奥で野菜を仕分けていた母が顔を出しました。母が「それなら、今日はどうしたの? うちは野菜を買いたい人が来る店だけど」と淡々と尋ねると、Y子はむっとした表情になりました。
「たまたま通りかかっただけよ。それにしても、親子そろって八百屋だなんて。有名大学まで出たのに、学費がもったいなかったんじゃない?」
私だけでなく両親の仕事まで見下す言葉に、さすがに腹が立ちました。しかしY子は、私たちが何も言い返さないのをいいことに、「古い店で大変そうね」と言い残し、笑いながら立ち去っていったのです。
繰り返される心ない言葉
Y子の勤務先は商店街の近くにあり、店の前が通勤経路になっているようでした。最初に母から言い返されたことが気に入らなかったのか、その後は私を見かけるたびに、聞こえよがしに嫌みを言うようになったのです。
「有名大学を出たのに、結局は親の八百屋なのね」
「せっかく勉強したことが無駄になったんじゃない?」
そんな言葉にも、最初は相手にしないようにしていました。しかし、店内にいるお客さまが戸惑った様子で振り返ることもあり、営業にも支障が出かねません。私は店の外へ出て、Y子に伝えました。
「私たちに言いたいことがあるなら、ほかのお客さまに聞こえないように話して。買い物の用事がないのに、店先で大声を出されるのは困るよ」
するとY子は、悪びれる様子もなく笑いながらこう言いました。
「私は事実を言っているだけ。私みたいに大きな会社で働いている人間から見たら、八百屋なんて地味な仕事でしょ?」
その日は午後から、取引先が自社で運営する社員食堂への納品契約について、総務担当者と打ち合わせをする予定でした。ちょうどそのとき、スーツ姿の男性が店へ入ってきたのです。男性の顔を見た途端、Y子の表情が固まりました。
「S山課長……。どうしてここに?」
男性は、Y子が勤務する大手企業の総務部で、自社運営の社員食堂を担当する課長でした。
取引先として現れた人物
S山課長は、店先にいるY子を見て「Y子さんこそ、ここで何をしているんですか?」と、静かに聞きました。後で聞いたところ、Y子も同じ総務部で、別の上司の下で働いていたのだそうです。
Y子は慌てて、「昔の同級生と話していただけです」と答えました。しかし、S山課長は険しい表情を浮かべました。店に入る直前、Y子が「八百屋なんて地味な仕事」と話しているのを聞いていたのです。
S山課長は困った表情を浮かべました。
「こちらのお店には、当社の社員食堂へ長年野菜を納品していただいています。地域で信頼されている、大切な取引先ですよ」
この会社との取引は両親の代から続いており、私も注文管理の見直しや新しい取引先の開拓に携わっていました。
Y子は顔を赤くして「そんなこと、知らなかったし……。でも、私が大手企業の本社で働いているのは本当よ!」と、私たちに言いました。
すると母が、きっぱりと言いました。
「どこの会社で働いているかは、今の話には関係ないよ。どんな仕事であっても、誠実に取り組んでいる人は立派だと思っている。問題なのは、自分の勤務先を持ち出して、別の仕事を見下したことじゃないの?」
S山課長も、「今の発言は、取引先に対するものとして見過ごせません。これまでの経緯も含めて上司に共有し、事実関係を確認します」と、静かに続けました。それまで「大手企業で働いている」と繰り返していたY子は、何も言い返せなくなりました。
数日後、S山課長から、社内で事実関係を確認し、今後同じことが起きないよう対応したとの連絡がありました。
それからしばらくして、Y子がひとりで店を訪れました。私とはほとんど目を合わせないまま、「この前は、仕事を見下すようなことを言ってごめん」と小さな声で謝りました。私は、「私だけでなく、ほかの人にも同じようなことを言わないでほしい」と伝えました。Y子は黙ってうなずき、そのまま帰っていきました。
仕事の価値は知名度では決まらない
今回の出来事を通して、大学で学んだことの価値は、就職先の知名度ではなく、今いる場所でどう生かすかによって決まるのだと気付きました。仕入れや売り上げの管理、取引先との交渉、店の情報発信など、学んだ知識が役立つ場面は日々あります。
常連のお客さまからいただく「この店の野菜はおいしい」「これからも続けてね」という言葉も、私にとって大きな励みです。自分の仕事に誇りを持つことと同じくらい、異なる仕事や働き方を尊重することも大切なのだと感じました。これからも両親と一緒に、この店を大切に育てていきたいと思います。
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勤務先の規模や肩書きだけで、仕事の価値を決めることはできません。主人公が大学で学んだ知識を生かしながら、両親の店を支える姿からは、自分の仕事に誇りを持つことの大切さが伝わってきます。どこで働いているかよりも、仕事にどう向き合い、周囲の人にどう接するかに、その人らしさが表れるのかもしれません。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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