「良い嫁でいなければ」という焦り
結婚して約10年がたち、私も40代前半を迎えました。子育てや仕事、さらには更年期を迎える年代になり何となく体が重いと感じることも増え、心身ともに余裕がない日々が続いていました。
そんなときでも、義実家へ帰省するときは「良い嫁でいなければ」と、いつも以上に気を張り、無理に笑顔をつくっていたのです。しかし、私がどれだけ気をつかっても、義父との間にはいつも見えない壁がありました。
名前で呼んでくれない義父
実は、私は義父から一度も名前で呼んでもらったことがありません。私はいつまでも「お嫁さん」のままでした。
そのため、帰省した際に義母が作ってくれるごちそうは本当に楽しみな半面、台所ではしっかり手伝おうと常に心がけていました。そうすることで、義父にも家族の一員として受け入れてもらいたいと思っていました。
しかし、私が台所に立ったあるときのことです。それを見た義父が、穏やかな笑顔で
「お嫁さんは座っていてください。うちのことは私たちがやりますから」
と、やさしく線を引いてきたのです。
義母はといえば、義父のその言葉に驚く風でもなく、「そうよ、座っててね〜」といつも通りマイペースにお皿を並べていました。義母にとっても、義父が私にそう声をかけるのはごく自然なことで、私に無理をさせないという義父母共通の無言のやさしさだったのかもしれません。
他人行儀でラクになった生き方
普通なら「お客さま扱い」をされてショックを受ける場面だったのかもしれません。しかし私の場合は、義父に丁寧な態度で線を引かれた瞬間、「そっか、無理をしてまで良い嫁になろうとしなくていいんだ」と、心が軽くなりました。
普通なら「家族として認められていないのかな」とお客さま扱いにショックを受ける場面だったのかもしれません。しかし、当時の私は心身ともにエネルギーが枯渇寸前。これ以上『完璧な嫁』を演じる気力が残っていませんでした。
だからこそ、義父から丁寧な態度で線を引かれた瞬間、「あ、私はこの家の『身内』として無理をしてまで動かなくても、ここにいていいんだ」と、まるで公式に免除を認められたような、大きな安心感に包まれたのです。
この件で、義父の他人行儀にも見える態度は「無理しなくていいんだよ」という大人の配慮だったのかもしれないと思うようになりました。
その後、自分から無理に距離を縮めようとせず、義父がつくってくれた心地良い境界線を守るようになってからは、義実家への帰省が驚くほどつらくなくなりました。今では、あのときやさしく線を引いてくれた義父に対して、逆にありがたいなという感謝の気持ちすら抱いています。
まとめ
義父に「お嫁さん」と線を引かれたことで、私は「良い嫁」という呪縛から解放され、心に大きなゆとりが生まれました。
40代からの人間関係は、無理に距離を縮めることだけが正解ではないのだと思います。あの日、やわらかく境界線を引き、大人の配慮をしてくれた義父には、今では心から感謝しています。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
著者:松本 咲美/40代女性。フルタイムの会社員として働きながら、副業でライティングやデータ入力をおこなっている。小学生の男の子を育てる母でもあり、仕事と育児に奮闘する毎日を過ごしている。趣味は読書や知育、週末に子どもと美術館や博物館を巡ること。慌ただしい日々の中でも、小さな発見や学びを大切にしている。
イラスト:きょこ
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年6月)
関連記事:「将来は同居するものだ」と考える義父母。すでに土地購入を終えた段階で夫が事実を打ち明けた結果
関連記事:「お前の母を施設に入れろ」夫の横暴な要求に絶句!さらに義母の世話まで押し付けられた妻は
ウーマンカレンダー編集室ではアンチエイジングやダイエットなどオトナ女子の心と体の不調を解決する記事を配信中。ぜひチェックしてハッピーな毎日になりますように!