「実家でゆっくりしておいで」夫の言葉を信じた私
私は夫と5歳の長男と3人で暮らしていました。第2子を妊娠してからは貧血やおなかの張りが続き、長男の送迎や家事だけで精いっぱいでした。帰宅の遅い夫に代わり、平日はほとんど一人で家のことを回していたのです。
妊娠7カ月に入ったころ、夫が珍しく真剣な顔で「無理して何かあったら大変だろ。予定より少し早いけど、長男と実家へ帰ったら?」と切り出しました。まだ先だと思っていた私は戸惑いましたが、夫は「俺の食事なんてどうにでもなる。今は赤ちゃんを優先しよう」と背中を押してくれました。動けない自分に引け目を感じていた私は、少しほっとしました。夫は駅まで見送り、「何かあったらすぐ連絡して」と笑っていました。
里帰り後も夫とは毎晩のように連絡を取り合い、一人で暮らす夫を心配していました。母と作った総菜を冷凍して送ると、「助かる。やっぱり君の料理が一番だ」と喜んでくれました。
離れていても家族としてつながっている――私は何の疑いもなく、そう信じていたのです。
「ご主人と離婚したって本当なの?」
里帰りから3週間ほどたったころ、自宅近くに住むママ友から電話がありました。彼女は少しためらうように声を落とし、「ねえ……変なことを聞くけど、あなた、ご主人と離婚したって本当なの?」と切り出したのです。
一瞬、何を言われたのかわからず「え?」と返すと、「最近、ご主人と一緒に別の女性があなたたちの家にも出入りしてるでしょう? 近所では、あなたたちが離婚したって噂になっていているから……」と言います。
「え、私、里帰り中なんだけど……」
そう伝えた途端、電話の向こうが静まり返りました。
やがて彼女は「ごめん! 私、何か勘違いしてるかも」と慌てながら話し始めました。聞けば、その女性が朝早く家から出てきたり、夫と買い物をしたりする姿も見かけたといいます。私と長男を見かけなくなったため、近所では「離婚して新しい奥さんと暮らし始めたのでは」と噂になっていたようです。
さらにママ友は申し訳なさそうに、「この前、ご主人に会った人が『奥さんとお子さんは?』と聞いたら、言葉を濁して、はっきり答えなかったみたい」と続けました。
里帰り中だと一言いえば済む話です。それなのに夫が言葉を濁したと聞き、背筋が冷たくなりました。
電話を切ってすぐ夫に連絡しようとしましたが、電話ではごまかされたり、話を切り上げられたりするかもしれません。数日後、書類や長男の衣類を取りに自宅へ戻る予定があったため、両親に事情を話し、父に送ってもらうことにしました。
夫には「今週は健診があるから、実家でゆっくりしているね」と、いつも通り連絡しました。すぐに「了解。無理しないで」と返信が届き、そのやさしい言葉を見た瞬間、胸の奥が冷たくなったのを覚えています。
自宅の玄関にあった、私のものではない靴
自宅へ戻ったのは週末の昼前でした。夫には事前には連絡をしていません。
玄関には、私のものではない女性用のスニーカーと、小さな化粧ポーチが置かれていました。胸が激しく鳴りましたが、それでも声は上げず、長男を父に任せて一人でリビングへ向かいました。
そっと扉を開けると、夫が部屋着姿でソファに座っていました。台所には、見知らぬ女性が立っています。女性は振り返るなり皿を落としかけ、夫も私を見たまま、しばらく動きませんでした。
先に口を開いたのは夫でした。
「どうして……ここに?」
「おかえり」ではなく、その言葉でした。頭のどこかが、すっと冷めていきました。
女性に「どなたですか」と尋ねると、彼女は青ざめ、私と夫を交互に見ながら「奥さん……ですよね?」と声を絞り出しました。「はい。里帰り中ですが」と答えると、彼女の表情が固まりました。
「里帰り……? 別居してるって……」
女性はゆっくりと夫を振り返りました。
「もう夫婦としては終わってるって言ったよね? もうすぐ離婚するって……」
夫は慌てて立ち上がり、「違う。そういう意味で言ったんじゃない」と口を挟みました。
「じゃあ、どういう意味? 奥さんが帰ってくるってどういうこと?」
夫は答えず、「とにかく、2人とも落ち着いてくれ」と言いました。
「落ち着いてって、何を?」
その後、女性の話から、2人が付き合い始めたのは私の里帰り前だったとわかりました。私が体調の悪い中、家事や長男の世話に追われていたころから、関係は始まっていたのです。
妻にも相手の女性にも…夫がついていたうそ
女性は夫にスマホを見せ、「あなた、『妻にはもう気持ちがない』『離婚の話も進んでる』って何度も送ってきたよね」と問い詰めると、夫は急に声を弱め、「それは、その場の流れで……。本気で家族を捨てるつもりなんてなかった」と言い訳を並べました。
押さえていた怒りが込み上げ、「私を実家へ帰して、この家で別の女性と過ごしておいて、家族を捨てる気はなかったって言うの?」と問うと、夫は口を開いたまま言葉を失いました。
彼女には離婚すると言いながら、夫は家庭も彼女も手放さずに済むと思っていたのでしょう。
女性は夫をにらみつけ、声を震わせました。「離婚の準備中だって言ったよね? そのための別居じゃなかったの!? 里帰りって、どういうこと!? 奥さんが妊娠してるなんて、一言も聞いてない!」
夫は目を泳がせるばかりで、何も言い返せません。女性はしばらく夫をにらんでいましたが、やがて私に向き直りました。
「ごめんなさい。私も、奥さんとはもう別居していて、離婚の話も進んでいると信じていました」
そう言って頭を下げました。
「必要なら、これまでのメッセージを全部見せます。私にも確認したいことがあるので、後で連絡してもいいですか」
そして、自分の荷物をまとめ始めました。
夫は明らかに焦り、「待ってくれ」「ちゃんと説明するから」と女性を引き止めましたが、彼女は返事をしません。私にも「体調が落ち着いてから話し合おう。今すぐ結論を出す必要はない」と、震える声で訴えてきました。
けれど、もう夫の都合に合わせるつもりはありませんでした。
「今すぐ結論を出すわけじゃない。でも、私にうそをついて、この人にも別のうそをついていたのはあなたでしょう。もう、あなたの都合には合わせない」
私がそう答えると、夫は何も言えずにうつむきました。
「父親でいること」と「夫に戻ること」は別
その日は必要な荷物だけを持って実家へ戻りました。後日、女性から夫とのメッセージのスクリーンショットが送られてきました。私たちが実家へ帰った翌日、夫は「もう家には俺一人だから」と彼女を自宅へ誘っていました。近所の人に里帰り中だと言わなかったのも、彼女へのうそと話を合わせるためだったのでしょう。
専門家に相談し、出産までは体調を優先することに。数カ月後、無事に次男を出産し、話し合いを重ねて離婚が成立。養育費も書面に残しました。
夫は最後まで「家庭を壊すつもりはなかった。家族を失うなんて考えていなかった」と繰り返しました。相手の女性とは、あの日を境に関係が切れたそうです。
離婚後しばらくすると、夫から「子どもたちのためにも、もう一度やり直せないかな」と連絡が来ました。以前なら「子どもには父親が必要なのでは」と迷ったかもしれませんが、そのときは迷いませんでした。「子どもたちの父親であることと、私と夫婦に戻ることは別だよ」と返信すると、その後、復縁を求められることはなくなりました。
今は両親の助けを借りながら、仕事も少しずつ再開しています。忙しい毎日ですが、誰かの言葉の裏を疑うことはもうありません。最近は、長男が行きたがっていた水族館へ出かける計画を立てています。子どもたちとの暮らしを守りながら、私自身の生活も少しずつ取り戻していきたいと思っています。
◇ ◇ ◇
やさしい言葉を口にしていても、その行動まで誠実とは限りません。「家庭を壊すつもりはなかった」という言葉も、裏切られた側にとっては身勝手な言い訳でしょう。
父親であることと、夫婦としてやり直すことは別。相手の都合ではなく、自分と子どもたちを守る道を選ぶことも大切なのだと感じさせられますね。