当たり前の日常と、密かに温めていた未来への計画
年齢的にも、そろそろ彼女との結婚を真剣に考える時期に差し掛かっていました。これからの生活をより安定させるためにも、私は社内で行われる次回の昇進試験に挑戦しようと決意。そのためのアピール材料として、休日の合間を縫っては、新しいプロジェクトの企画案を少しずつ練り上げていました。
それは、現場の細かい課題を解決するための、泥臭いけれど確実に成果が出ると信じているアイデアでした。まだ頭の中の構想を整理するための「目次」や「箇条書きのメモ」の段階でしたが、社内の誰もがアクセスできる一時保存用の共有フォルダにデータを置き、少しずつ形にしていく作業は、未来へ向けてのささやかな希望でもあったのです。この努力が実を結べば、彼女に胸を張ってプロポーズできる。そう信じて疑いませんでした。
突然奪われた手柄と、残酷すぎる裏切り
しかし、そのささやかな希望は、ある日突然、信じられない形で打ち砕かれることになります。
部署全体の定例会議の場でした。同期であり、日頃から調子が良く上司へのアピールが得意な同僚が、自信満々に新規プロジェクトの提案を始めたのです。スクリーンに映し出された資料を見て、私は自分の目を疑いました。タイトルや見栄えこそ綺麗に装飾されていましたが、その骨組みや核となるアイデアは、私が共有フォルダに保存していたあの構想メモと全く同じだったからです。
胸の奥がざわつき、頭に血が上るのを感じました。「それは私が考えていた案だ」と喉まで出かかりましたが、会議室はすでに同僚の「画期的なアイデア」を称賛する空気で満ちており、上司も手放しで彼を褒め称えています。確たる完成品ではなく、あくまでアイデアのメモに過ぎなかったため、私が言い出したところで「嫉妬からの言いがかり」と受け取られかねない状況でした。
釈然としない思いを抱えたまま退社したその日の夜、さらに追い打ちをかけるような出来事が起こります。彼女から突然呼び出され、向かった先のカフェの席には、なんとあの同僚が隣に座っていたのです。
状況が理解できず立ち尽くす私に向かって、彼女は冷たい目で言い放ちました。
「ごめんね。あなたより、出世が確実な人と一緒になりたいの。別れよ」
同僚はすでに次の昇進試験を受ける資格を得ており、今回の企画が上司から高く評価されたことで、社内では昇進の有力候補と見られるようになっていました。
そして同僚は、薄ら笑いを浮かべながらこう言ったのです。
「悪いな。昇進のサポートありがとう!」
二人が裏で繋がっていたこと。そして、私が未来のために少しずつ書き溜めていたアイデアが、彼らの関係を決定づけるための「手柄」として利用されたこと。頭の中が真っ白になると同時に、どうしようもない悔しさと怒りが込み上げてきました。手柄も、信じていた未来も、すべてを同時に奪われた絶望感は、言葉では言い表せないほど苦しいものでした。
怒りの矛先を収め、私が選んだ「別の道」
帰宅してからも、怒りで震えが止まりませんでした。上司にすべてを打ち明け、同僚の不正を訴えるべきか。共有フォルダの履歴を調べれば、私が先にデータを作成していたことは証明できるかもしれない。何度も頭の中でシミュレーションを繰り返しました。
しかし、冷静になって考えてみると、ある事実に気がついたのです。同僚が上司に提出したあの企画書は、表面的な言葉を綺麗に並べただけの、いわば「立派な目次」に過ぎません。そのプロジェクトを実際に動かすためには、複数の部署との泥臭い調整や、協力会社との長年にわたる信頼関係、そして何より、現場の細かい業務フローを熟知している必要がありました。それらはすべて、私が地道に足で稼いできた経験があってこそ実現可能なものだったのです。
調子の良い言葉だけで中身を理解していない彼に、あのプロジェクトを実行できるはずがありません。今ここで私が騒ぎ立てて泥仕合を演じるよりも、彼が自分の実力不足に気づき、勝手に自滅していくのを放っておく方が賢明ではないか。そう思うと、不思議と心の中の霧が少しずつ晴れていくのを感じました。
私は彼らへの執着を捨てる決断をしました。以前から密かに興味を持っていた海外事業部への異動願いを提出したのです。幸いにも、これまでの地道な勤務態度が評価され、数カ月後には念願だった海外赴任の切符を手にすることができました。新しい環境での仕事は刺激に満ちており、忙しくも充実した日々の中で、元カノと同僚の顔はすっかり記憶の彼方へと消え去っていました。
鳴り響く着信音と、崩壊していく虚像
それから一年が過ぎた頃のことです。私は海外出張先の空港で、次のフライトを待つために搭乗ゲート付近のベンチに腰を下ろしていました。
ふと、手元のスマートフォンが震えました。画面を見ると、見覚えのない国際電話の番号が表示されています。嫌な予感がしつつも電話に出ると、受話器の向こうからパニック状態の怒声が響き渡りました。
「お前!騙したな!?」
声の主は、あの同僚でした。ひどく焦燥し、息を切らしているのが電話越しにも伝わってきます。彼の支離滅裂な話を冷静に紐解いていくと、どうやらあのプロジェクトがいよいよ「実行フェーズ」に入り、完全に立ち往生しているようでした。
スケジュールは遅れに遅れ、いざ業者に発注しようにも相手にされず、現場のスタッフからは「具体的な指示がない」と突き上げを食らっているとのこと。追い詰められた彼は、私が故意に「実務に必要な詳細データ」を隠し持っていて、自分を陥れるために罠を仕掛けたのだと思い込んでいるようでした。
「あのメモだけじゃ、プロジェクトなんて動かせないじゃないか! お前が考えた企画なんだから、最後まで責任を持って実行方法を教えろ!」
ヒステリックに叫ぶ彼の声を聞きながら、私は広大な空港の窓越しに青い空を見つめていました。怒りも憎しみも湧いてきません。ただ、あまりにも滑稽な事態に思わず呆れ息が漏れました。
「人のアイデアメモを盗んで、自分の企画として発表したんですよね。だったら、その先をどう実行するのかまで、ご自身で考えるべきではないですか? 昇進したのはあなたです。ご自身で解決してください」
私が静かにそう告げると、電話の向こうからは言葉にならない呻き声が聞こえた後、プツリと通話が切れました。
メッキが剥がれた結末と、澄み渡る私の空
後日、風の噂で聞いた話によると、実務能力が全く伴っていなかった同僚は、当然のようにプロジェクトを頓挫させたそうです。会社に多大な損失と迷惑をかけた結果、彼は昇進を取り消されたばかりか、大幅な降格処分を受け、社内で完全に孤立してしまったとのことでした。
そして、彼の「将来性」に期待して私を捨てた元カノも、メッキが剥がれ落ちて周囲から冷たい目で見られるようになった彼に早々と愛想を尽かし、別れを告げたそうです。
私はというと、現在海外の赴任先で新しい仲間たちに囲まれながら、やりがいのある仕事に全力で打ち込んでいます。あの時、怒りに任せて足を止めるのではなく、自分を信じて新しい環境へ一歩を踏み出して本当に良かった。澄み渡る青空を見上げながら、私は確かな充実感とともに、新しい毎日を力強く歩んでいます。
◇ ◇ ◇
表面的な体裁だけを取り繕っても、その裏にある地道な努力や経験、周囲との信頼関係といった「本当の中身」までは決して真似できないものです。
目先の利益や見栄にとらわれず、日々の小さな積み重ねを大切にすること、自分の足でしっかりと立ち、誠実に仕事や人間関係に向き合っていく意識を持って、前向きに生活していきたいですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
マンネリだし、つまらないよ