義姉は子どもたちを学校や幼稚園へ送り出すと、ほぼ毎日のようにわが家へやって来ていました。お茶を飲みながら何時間もくつろぎ、食事まで済ませて帰ることも珍しくありません。
さらに、義兄が休日出勤の日になると「外せない用事があるから」と言って子どもたちを預け、夜まで帰ってこないことも。
義両親は孫かわいさに無理をして面倒を見ていましたが、私はその様子を見ていて複雑な気持ちになることが少なくありませんでした。
やさしい義両親と困った義姉
そんなある日、実家の母から電話がありました。
「おばあちゃんが88歳になるから、みんなでお祝いをしようと思うの」
私の実家は北海道にあり、今住んでいるところからは飛行機で2時間はかかるため、そう簡単に帰れる距離ではありません。悩んだ私が義両親に相談すると、義母は「久しぶりなんだから、ゆっくりしておいで」と笑顔で言ってくれました。
義父も夫も快く賛成してくれ、安心して帰省の準備を始めたのですが……。
数日後、いつものように突然やって来た義姉。ただ居座るだけではなく、こんなことを言い出したのです。
「夏休みの間、夫が長期出張で家にいないから、子どもたちとここで過ごすね」
「やっぱり実家が一番だから♡ みんなよろしく!」
まるで決定事項のような口ぶりに、さすがの義両親もあきれて言葉を失っていました。その様子を見た私は、ある提案をすることにしたのです。
私たちが選んだのは…
そして、夏休み初日――。
宣言通り、子どもたちを連れてやって来た義姉に、大きなスーツケースを手にした私は笑顔でこう伝えました。
「お義姉さんが『やっぱり実家が一番』っておっしゃっていたので、私も実家に帰ることにしました」
すると義父もにこやかに続けます。
「実は私たちも、ご招待いただいてね。一緒に北海道へ行くことになったんだ」
義姉は目を丸くしたあと、大声を上げました。
「えっ!? 私たちが来るって言ってたじゃない!」
「子どもたちの宿題は? 遊び相手はどうするの?」
義母が「あなたの子どもたちは、あなたが責任を持って面倒を見るものよ」と穏やかに答えると、顔を真っ赤にしてうつむいた義姉。
「私たちも連れてってよ……」と言った義姉を、今度は夫が「姉ちゃんは招待されてないだろ」「どうしても来たいなら自費で来て」と一刀両断。そして、そのまま私たちは予定どおり北海道へ向かいました。
北海道で過ごした特別な夏
久しぶりの帰省に、両親も祖母も大喜び。義両親も北海道を訪れるのは初めてだったため、一緒に観光したり、おいしい食事を楽しんだりと、家族みんなで思い出に残る時間を過ごしました。
そうして約2週間、穏やかな夏休みを満喫した私たち。帰宅して間もなく、義兄から義父へこんな連絡が来たのです。
「大事な話があるので、集まってもらえませんか」
指定された日に集まると、義兄は静かに口を開きました。
「僕たちは離婚することにしました」
あまりにも突然の報告に、その場は静まり返りました。
義姉夫妻の離婚理由
義兄によると、離婚の原因は義姉の不倫でした。義兄の出張中、義姉は子どもたちを義兄の両親へ預け、不倫相手と会っていたそうです。
ある日、義姉夫妻の子どもの1人が発熱。義兄の母が何度連絡しても義姉とは連絡が取れず、やむなく出張先の義兄へ連絡したことをきっかけに、義姉の不自然な行動が次々と判明したといいます。
証拠もそろったため、義兄は離婚を決意したとのこと。子どもたちについては、話し合いの結果、義兄が親権を持つことになりました。
「子どもたちが会いたいと言うなら、母親にもあなたたちにも会わせるつもりです。子どもたちを第一に考えて生活していきます」
義兄のその言葉を聞いた義両親は「娘が申し訳ないことをした」と頭を下げ、「私たちにできることがあったら何でも言ってほしい」「ただし、不貞行為の責任は娘自身に必ず取らせる」と言っていました。
その後、義姉は実家へ戻りたいと申し出たそうです。しかし義父は静かに首を振りました。
「自分のしたことには、自分で責任を取りなさい」「責任を取るまで、この家にお前の居場所はない」
義姉は実家へ戻ることを認められず、自分で生活費を稼ぎながらひとり暮らしをすることに。慰謝料の支払いなどもあり、以前のような自由な生活は送れなくなったと聞いています。
私は今回の出来事を通して、子育ては周囲に頼ることも大切ですが、その信頼を裏切るような行動をしてはいけないと改めて感じました。家族だからこそ思いやりを忘れず、お互いを尊重しながら支え合うことが何より大切なのだと思います。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。