それは一緒に住んでいる、8歳離れた妹でした。
実は妹とは血のつながりがありません。妹が7歳のころ、両親が児童養護施設から迎え入れ、養子として家族になりました。
血のつながりはなくても、私にとって妹はかけがえのない家族です。両親を亡くしたあとも、「私がこの子を守らなければ」という思いだけで毎日を過ごしていました。
妹を育てるために働き始めた私
私は20歳で保険代理店の営業職に就職しました。
営業は歩合制だったため、頑張った分だけ収入につながります。妹を育てるために少しでも多く稼ぎたくて、その仕事を選んだのです。
とはいえ、社会人になったばかりの私にとって営業の仕事は決して簡単ではありませんでした。
私が配属されたのは、23歳という若さで社内トップクラスの営業成績を誇る女性上司のチーム。その上司はお客様との会話がとてもじょうずで、自然な流れで契約につなげていきます。
ある日、上司は私にこう話してくれました。
「保険営業は中途半端な気持ちでは続けられない仕事よ。私たちは保険を売っているだけじゃない。お客様が安心して暮らせるよう支える仕事なの」
厳しい指導でしたが、その言葉にはいつも相手を思いやる気持ちがありました。上司と一緒に働くうちに、私は「この人のように、お客様から信頼される営業になりたい」と思うようになっていったのです。
必死に働いた結果
妹の生活を守りたい一心で、仕事に打ち込んだ私。休日も勉強を重ね、営業先を回り続ける毎日を送っていたある日のこと、ついに体調を崩してしまったのです。
病院で診察を受けた結果、疲労の蓄積による体調不良と診断され、そのまま1週間ほど入院することに……。
入院したことを知った上司は、激務の合間を縫って病室までお見舞いに来てくれました。
「本当に心配したんだからね」
その言葉を聞いた私は、自分が無理をしすぎていたことをようやく実感しました。
思いがけない再会
ちょうどそのとき、学校帰りの妹が私の病室に顔を出しました。その妹の姿を見た瞬間、上司は驚いた表情でしばらく固まってしまったのです。
そしてようやく、「まさか……うそ……あなたなの!?」と言ってから、絞り出すような声で妹の名前を呼んだのです。妹も上司の顔をじっと見つめ、ハッとしたように「もしかして……◯◯お姉ちゃん?」と声を上げました。
話を聞くと、上司も幼いころに児童養護施設で生活していたそう。妹と同じ施設で過ごしていた時期があったというのです。
2人は施設で一緒に過ごした日々を懐かしみながら、再会を喜び合っていました。その姿を見て、私はこんな偶然があるなんて、と胸がいっぱいに……。
妹が席を外した後、静かにこう話してくれた上司。
「私も施設で育ったから、不安を抱えて生きる人の気持ちが少しだけわかるの」
「だからこそ、万が一のときに支えになれる仕事がしたくて、この仕事を選んだのよ」
その言葉を聞き、私は改めて上司を尊敬しました。
そして退院後、私は無理をしすぎないよう、体調にも気を配りながら仕事を再開することに。上司の指導のおかげで少しずつ営業として成長し、努力を重ねた結果、トップクラスの営業成績を残せるまでになりました。
今では休日に上司と妹と3人で一緒に食事へ行くこともあります。両親を亡くしたときは先の見えない毎日でしたが、家族を支えたいという一心で働き続けたからこそ、素敵な出会いにも恵まれたのだろうと思っています。
あの日の偶然の再会は、私たち3人にとって一生忘れられない出来事になりました。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。