下咽頭がんの手術で声を出せなくなった義父
夫が長男のため、いつかは同居を考えていましたが、家を購入するタイミングで義父母と同居することになりました。ちょうどそのころ、義父は会社の健康診断でがんが見つかり、手術を受けることになりました。下咽頭がんの手術後、声を出せなくなりました。
それまで会話で行っていた意思疎通が筆談になり、義父の伝えたいことを理解するまでに時間がかかるようになりました。その変化に困惑していたのは、私だけでなく、小学生の長男と長女も同じでした。一生懸命に義父が伝えたい言葉を理解しようとしていました。
義父ががんの手術をしてから半年後、私は第3子となる次女を出産しました。さらに家族が増え、仕事は育児休業中でしたが、上の子たちの学校や部活、家事などに追われる日々。義父は他の病気も患い、入退院を繰り返していました。
義父への気づかいのつもりが失敗!
そんな日々を送り、義父が退院して落ち着いたころ、義母が「出かけてくるから、お父さんのことよろしくね!」と外出することに。そのころには、義父は喉に当てて言葉を伝える機器を使えるようになっていました。
夫は仕事で不在だったため、私と子どもたちと義父で晩ご飯を食べました。その日は義母がいなかったためか、義父はいつもより多めに焼酎を飲んでいました。
義父はお酒が好きで、術後も飲酒していたため、義母が飲む量を決めていました。
義父は焼酎を飲んだ後にご飯と味噌汁を食べるのですが、病気になる前から熱い食べ物が好きだったため、私は以前と同じように味噌汁を熱めに温めて出しました。
すると、義父はもう一つ器を持ってきて、味噌汁を二つの器に移し替えながら冷まそうとしていました。汗をかきながら喉に当てる機器を使って、「もうフーフーして冷ますことができないから、熱くしないで!」と言いました。私はハッとして謝りました。
まとめ
義父は術後、ジェスチャーや筆談、喉に当てる機器などを使って意思を伝えていました。私は、声を出せなくなったことは理解していたつもりでしたが、その変化が日常のさまざまな動作にも影響していることに気付いていませんでした。味噌汁を熱くしてしまった出来事を通して、目に見えない不便さにも、もっと想像力を働かせられたのではないかと思っています。
今回の出来事を通して、見た目にはわかりにくい変化にも目を向け、義父の不便さやもどかしさをもっと理解したいと思いました。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
著者:松田 みさと/40代女性。長男と次男が15歳差の2男2女の母。仕事をしながら子育てに奮闘中。現在はライターとして、自身の体験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
イラスト:マキノ
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています
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