出産を目前に控えたある日、夫が申し訳なさそうな表情で「やっぱり里帰りしてもらえない?」と言い出しました。新しいプロジェクトを任され、急に仕事が忙しくなったというのです。
私は「それならワンオペで頑張るよ」と伝えましたが、夫は「初産なんだから、絶対に里帰りしたほうがいい」「話し相手がいるだけでも全然違うそうだから」と何度も勧めてきます。そこまで言うのは、私と赤ちゃんを心配してくれているからだと思い、私は最終的に里帰りを決心しました。
実家では、繁忙期で忙しい合間を縫って両親がサポートしてくれることになり、さらに子育て経験のある姉も帰省してくれて、赤ちゃんを迎える準備は万全でした。
立ち会い出産に現れなかった夫
里帰りから1週間ほど経った夜中、突然陣痛が始まりました。
立ち会い出産を約束していた夫へ何度も電話をかけましたが、まったくつながりません。家族も何度も連絡を試みてくれましたが、結局夫は現れず、私はひとりで娘を出産しました。
翌日の昼過ぎになってようやく病院へ来た夫は、「会社で大きなトラブルがあって泊まり込みだった」と説明。さらに夫は、「しばらく俺は忙しいから、実家でゆっくり過ごしたら?」と勧めてきました。
初めての育児に不安もあった私は、その言葉に甘え、しばらく実家に留まることにしたのです。
思いがけず早まった帰宅
退院後は、娘との新しい生活がスタート。家族みんなが仕事の合間に育児を手伝ってくれ、忙しいながらも充実した毎日を送っていました。
娘は比較的よく眠る子で、生後1カ月を過ぎるころには、心身ともに少し余裕が生まれてきた私。ちょうど姉も自宅へ戻る予定だったため、私も合わせて自宅へ帰ることに。
夫は「忙しい」と言って連絡もほとんど返してくれなかったため、負担にならないように姉に車で自宅まで送ってもらうことになりました。
そのときの私は、「何も告げずにサプライズで帰ったら、きっと驚くだろうなぁ」とのんきなことを考えていたのです。
耳を疑った夫の本音
久しぶりに自宅へ戻り、玄関のドアを開けて――私は「ただいま」の声を飲み込みました。
そこには仕事で忙しいはずの夫の靴が。さらに、見覚えのない女性物のハイヒールまで置かれていたのです。
胸騒ぎがした私は、いったん姉の車へ戻りました。そして娘を姉に預けたあと、再び静かに家の中へ……。
リビングのほうからは、夫と女性の楽しそうな話し声。とっさにスマートフォンで録音を開始しました。
その直後、信じられない会話が耳に飛び込んできたのです。
「本当は1年くらい里帰りしてほしいんだけどね〜」
「ホテル代が浮くから助かるよ」
「また嫁を実家に追い払えるように、何か適当な口実考えなきゃな」
頭が真っ白になりました。夫が急に里帰りを勧めた理由も、立ち会い出産に来なかった理由も、実家でゆっくりしていていいと言った理由も、すべて不倫相手を自宅へ招き入れるためだったのです。
母になった私が選んだ道
私はそれ以上家の中に入ることなく、姉に事情を話して実家に戻りました。そして、家族の協力のもと、離婚を前提に行動開始。調査会社にも依頼して、必要な証拠を冷静に、そして丁寧に集めていきました。
証拠が十分にそろってから、夫に離婚の意思を伝えた私。夫は何度も謝罪してきましたが、私の気持ちは変わりません。弁護士に間に入ってもらい、慰謝料や養育費を取り決めたあと、離婚は成立しました。
夫の不倫相手は、会社の後輩でした。2人はそれぞれリモート勤務を申請し、わが家で頻繁に会っていたそうです。しかし、勤務時間中にもかかわらず業務の進捗が思わしくなく、上司から注意を受けることも増えていたと、弁護士を通したやり取りの中で知りました。
その後、離婚協議や生活環境の変化が重なったことで、夫は遅刻や欠勤を繰り返すようになっていったそう。勤務を続けることが難しくなり、最終的には自ら退職する道を選んだと弁護士から聞きました。
今回の出来事を経験し、「母は強し」という言葉は本当なのだと心から実感しています。以前の私だったら、突然の裏切りを前に冷静な判断はできなかったかもしれません。離婚に向けて着実に行動できたのは、娘の将来を守りたいという一心からです。
今は実家で両親に支えられながら娘を育てています。あのときは人生のどん底だと思いましたが、娘の笑顔に囲まれた今の暮らしは、あのころよりずっと穏やかで幸せです。あの日、勇気を出して前へ進む決断をして、本当によかったと心から思っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。