夫「父さんの財産目当てだろ?」介護のため仕事を辞めた私を罵倒→義父の一言で崩れ去った夫の思惑とは!?

私は30代の会社員。結婚後、夫と義父との3人で暮らしており、義母はすでに他界していました。
義父はとても気配りができる人で、同居後も料理や掃除などの家事を積極的に担ってくれていました。夫が家事をまったくしなかったこともあり、仕事で帰りが遅くなる私にとって、義父の存在は大きな支えだったのです。
義父は会社を経営し、長年第一線で働いてきた人でした。60歳を過ぎたころからは、引退についても考え始めていたようです。
そんなある日、義父が自宅で突然倒れ、救急搬送されました。命に別状はなかったものの、後遺症で足が不自由になり、退院後は車椅子での生活を余儀なくされました。
そして、それまで家事を担ってくれていた義父が動けなくなり、私の生活は一変したのです……。
夫から突きつけられた要求
義父の退院が近づいたある日、夫からこう言われました。
「これから俺は父さんの会社を継ぐ立場になる」
「だから介護はできない。お前がやるしかない」
あまりに一方的な言い方でしたが、これまで支えてくれた義父に恩返しがしたいという思いもあり、私は仕事を辞めて介護に専念することを決断。
しかし、私の退職をきっかけに、夫の態度は大きく変わっていったのです。
変わってしまった夫
介護生活が始まると、夫は次第に私を見下すようになりました。
「俺は働いてるんだ。家にいるお前とは違う」
そう言われるたびに、胸の奥が冷えていくのを感じていました。たしかに家にはいますが、介護や家事に追われる毎日。夫は仕事を理由に、家事も介護も一切協力してくれませんでした。
そんなある日、夫は義父もいる場で、私にこう言い放ったのです。
「仕事辞めて介護してるから感謝しろって?」
「どうせお前は財産を狙って父さんの介護をやってるんだろ」
「でもな、1円もやらないからな」
最終的に決断したのは自分とはいえ、もともとは夫に頼まれて退職し、介護に専念していた私。言葉を失いました。
義父は何も言いませんでしたが、その表情は険しく曇っていました。
私と義父の決断
数日後――。
私は義父に呼ばれ、先日の夫の暴言について謝られました。私が「どうか頭を上げてください」と言うと、義父は深くため息をつき、静かにこう言いました。
「会社は信頼できる部下に任せることにする。息子には継がせない」
「私は今後、施設で生活するつもりだ」
突然のことに驚きました。呆然とする私の手を取り、義父はにっこりほほ笑んで「今までありがとう」と言いました。
その日の夜、義父は夫と私をリビングに呼び出し、夫に会社を継がせないことを言い渡しました。
「なんでだよ!」
憤る夫に、義父は今まで私が見たこともないような険しい顔でこう言いました。
「……人を思いやれない者に、会社を任せることはできない」
夫は一瞬たじろぎましたが、それでも強く反発しました。しかし、義父の意志は揺らぎません。
私を味方につけようと思ったのか、「お前もなんとか言えよ! 社長夫人になりたくないのか!?」と夫。私は静かに首を横に振りました。
「社長夫人になるために、介護してたわけじゃない」
「あなたとこれからの人生、共に歩んでいこうと思えない。離婚してください」
夫はひどく動揺しました。助けを求めようとしたのか、今度は義父に視線を向けましたが、「すべて自分の行いの結果だ」と諭され、何も言えなくなっていました。
こうして、私たちの関係は終わったのです。
その後、義父は介護施設へ入居。私は離婚後、実家に身を寄せながら仕事探しを始め、数カ月後には無事に再就職することができました。
◇ ◇ ◇
義父とは今も連絡を取り合っており、時間を見つけて面会に行っています。
大変な出来事ではありましたが、あの選択は間違っていなかったと心から思っています。自分自身を見つめ直し、前に進むきっかけにもなりました。
これからは、自分の足でしっかりと人生を歩んでいこうと思っています。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
1つ目のエピソードでは、足が不自由になった義父の介護のために、仕事を辞めた妻。夫に頼まれて支えていたにもかかわらず、「財産目当て」と決めつけられたことで、義父は息子に会社を継がせないと決断するのでした。
続く2つ目のエピソードでは、義母の入院手続きや介護を妻に任せきりにしていた夫が登場します。妻は仕事をセーブして義母を支え続けますが、夫は介護から逃げるだけでなく、不倫までしていたことが発覚。さらに離婚を切り出されても、介護だけは続けさせようとしていて……。
介護のために正社員を辞めたのに……夫の不倫発覚→「介護はこのまま続けて」引き受けた結果…?

義母が入院することになった日のことは、今でもはっきり覚えています。夫は「手続きとか付き添いはよろしく」と言うだけで、その後の説明や相談にはほとんど耳を傾けようとしませんでした。
私は仕事の合間に病院とのやり取りや入院手続き、義母の送迎まですべてを引き受けることになったのです。
最初は、仕方がないと思っていました。私が時間の融通が利く分、やれることはやるつもりでいたのです。
でも、だんだんと違和感が積もっていきました。夫は休日でもスマホばかりいじって過ごすくせに、「男だからトイレの介助はちょっと……」「母親の弱った姿は見たくない」と理由をつけ、一切関わろうとしません。
入院生活が長引いても、夫の対応は変わりませんでした。義母関連の連絡があっても私任せ、お見舞いにすら行きません。仕事と介護の両立が次第に難しくなり、悩んだ末、私は正社員からパートに切り替えて仕事をセーブすることにしました。
夫の裏切り
仕事をセーブしたにもかかわらず私の毎日は大忙し。そんな私を横目に、夫は趣味の時間を増やしていきました。
義母が手術をすることになっても、出張に行くと言って、付き添いは私任せ。心配する気持ちはないのか、と驚いてしまいます。
しかしこの出張、なんだかおかしいと思ってしまったのは、私の女の勘。不自然な点がいくつも重なり、違和感を拭えずに調査を依頼したところ、「出張」という名の浮気旅行であることがわかりました。
夫と不倫相手の関係は、義母が入院した直後から、ずっと続いていたのです。
夫を問いただすと「毎日忙しそうで俺を構わなかったお前にも責任がある」「うちはもう夫婦として終わっていた」と、自分のしたことを正当化。
その瞬間、私の中で何かが切れました。浮気も無責任さも、逃げ回る態度も全部、もう限界だったのです。
離婚しないワケ
「離婚します。介護についても、これ以上私ひとりで背負うことはできません」そう告げた私に、夫はため息混じりに言いました。
「まあ、いいけどさ。俺たち夫婦は終わったけど、母さんのことは今まで通り頼むよ。どうせ俺、仕事忙しいし」その口ぶりに、反省も焦りも感じられません。
さらに夫は続けました。「母さんもお前に世話されてるほうがラクだろ。それにお前、正社員を辞めたし、急に離婚したら金に困るだろ? いくらかやるから頼んだよ!」「遺産が入ったら慰謝料も払うからさ!」まるで「役割分担の変更」程度にしか捉えていない様子でした。
それに、夫の言うことももっともです。介護のために正社員を辞め、収入が減っていたのも事実……。今すぐ離婚するのは現実的ではありません。
「わかった。今まで通りでいい」そう伝えると、夫は心底安心したような顔をしました。離婚についての合意を書面に残し、準備を進めながら義母の介護を続けることにしたのです。
義母の決断
私は義母の生活を支え続けました。義母が「あなたがいなかったら、入院も退院後の生活も成り立たなかった」と言ってくれたのがせめてもの救いです。
そんなある日、義母は言いました。「もう、あの子に財産をそのまま残すつもりはないわ。あなたにあんな思いをさせた人に、この家や財産を任せる気にはなれないもの」
入院中も退院後も、一度も顔を見せなかったこと。連絡があっても、お金の話ばかりだったこと。それらを踏まえた上での、冷静な判断でした。
それに、義母は私たち夫婦がうまくいっていないことを薄々気付いていたよう。私への「申し訳ない」という気持ちもあったのでしょう。
義母は専門家に相談しながら、今後の生活やお金の管理について整理を進めました。
夫の末路
義母が亡くなると、ようやく夫との関係にも区切りをつける時が来ました。夫にとって、私は義母の介護を担う存在でしかなかったのでしょう。
話し合いは驚くほどあっさりと進みました。私は介護をしていた数年間、少しずつ離婚の準備を進めていたからです。
しかし、義母の遺言の内容だけは予想外でした。義母は生前、専門家に相談して遺言書を作成し、夫に残す財産についても慎重に決めたうえで、私にも感謝の気持ちとして財産を遺してくれていたのでした。
慌てたのは夫です。当てにしていたお金が思うように使えず、慰謝料も自分で工面するしかなくなりました。夫の余裕は一気になくなっていったようです。義母の介護をせず、家庭を顧みなかったツケが、形を変えて返ってきたのかもしれません。
義母がいなくなった寂しさはありますが、「やれることはすべてやった」と思えることが、何よりの支えになっています。
◇ ◇ ◇
義母の介護を一手に担わせる一方で、不倫を続けていた夫。さらに、介護のために仕事をセーブし、経済的な不安につけ込み、妻に介護を続けさせようとした夫の態度は、決して軽く見ていいものではありません。
本来は支え合うべき場面で、立場の弱さを利用されてしまうと、心も生活も追い詰められてしまいます。
それでも主人公は、介護と向き合い続けながら、静かに準備を重ねていました。すぐに答えを出せなくても、少しずつ備えることはできる——そんなことを教えてくれる体験談でした。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
いかがでしたか?
今回は、仕事を調整してまで義父母の介護を担った妻たちが、夫の身勝手さに見切りをつけ、自分の人生を取り戻していくエピソードをご紹介しました。
介護のために仕事を辞めたり、働き方を変えたりすることは、生活にも将来にも関わる大きな決断です。それにもかかわらず、自分の親の介護を配偶者任せにしたり、その献身を当たり前だと考えたりすれば、支える側の心が離れていくのも無理はありません。
自分の親の介護を、配偶者ひとりに押しつけていい理由はありません。大切なのは、家族で負担や今後の生活について話し合い、支えてくれる人への感謝を忘れないこと。無理を抱え込んでしまったときは、自分の心や人生まで犠牲にしない選択をしていきたいですね。