父が選んだ跡継ぎ
僕の実家は、祖父の代から続く会社を経営しています。
高校の勉強についていけず中退した僕は、そのまま実家の会社で働き始めました。学歴がないことへの引け目はありましたが、そのぶん仕事で認められたい一心で、誰よりも早く出勤し、現場の仕事を一から覚えていったのです。
そんな僕を認めてくれたのが祖父でした。
「仕事に学歴は関係ない。会社は人を大切にしてこそ続く」。祖父のその言葉を胸に、僕は会社のために働き続けました。
祖父が亡くなると…
一方、兄は有名大学を卒業後、大手企業へ就職。それからしばらくして祖父が亡くなると、父は兄を実家へ呼び戻し、後継者にすると発表しました。
兄は現場の仕事をほとんど知りません。それでも長男で学歴もある兄のほうが、父には立派に見えたのでしょう。
僕は跡継ぎになれないことより、これまでの働きまで無かったことにされたようで、悔しくてたまりませんでした。納得できずにいると、父はあきれたように僕を見て言いました。
「学歴もない出来損ないのお前は、兄を支えていればいい。それが嫌なら会社を出ていけ」
その瞬間、祖父と過ごした日々も、必死で働いてきた時間も、父にとっては何の価値もなかったのだと悟りました。
僕は会社を辞め、そのまま実家を離れました。「もう二度と、この家には戻らない」。そう心に決め、両親との縁を切ったのです。
A子の言葉で独立を決意
当時、僕には学生時代から付き合っていた幼なじみのA子がいました。会社を辞めたことを伝えると、A子は何も口を挟まず、最後まで話を聞いてくれました。
しかし、これからどうすればいいのかは見当がつきません。高校中退で、実家以外の会社に勤めた経験もない僕を、どこかが雇ってくれるとは思えなかったのです。
「こんな僕が、ほかの会社で働けるのかな……」
思わず弱音をこぼすと、A子は少し考えたあと、まっすぐ僕を見ました。
「自分で新しい会社を立ち上げればいいじゃない。私も支えるから」
最初は冗談かと思いました。しかしA子は、僕の力を信じてくれていたのです。A子の言葉に背中を押され、僕は独立を決意しました。
会社を立ち上げた当初は苦労しましたが、祖父の教えを守り、一つひとつの仕事へ誠実に向き合いました。目の前の仕事へ誠実に向き合い続けるうちに、少しずつ取引先や仲間が増え、会社は軌道に乗っていったのです。
その後、僕はA子と結婚。しばらくして、A子のおなかに男の子がいることがわかりました。
母からの一本の電話
そんなある日、母から久しぶりに電話がかかってきました。大事な話があるから、実家へ来てほしいといいます。
理由を尋ねても、母は「お父さんが……」と言葉を濁すばかり。父に何かあったのかと思い、僕はA子と一緒に久しぶりに実家を訪ねました。
家の前では、父と母が待っていました。久しぶりの再会に、二人は以前とは別人のように穏やかな表情で僕たちを迎えます。
しかし、二人の視線はA子のおなかへ向いていました。その様子に、何とも言えない違和感を覚えていると、父が突然、僕に会社を継がせたいと切り出したのです。
なぜ今さら――。戸惑っていると、母が笑顔で口を開きました。
「A子さんのご両親から聞いたの。男の子なんですってね」
母の話によると、兄は結婚するつもりがなく、このままでは跡継ぎが望めないそうです。だからこそ僕に会社を継がせ、生まれてくる子どもを将来の跡継ぎにしたいというのでした。
二人が求めていたのは僕ではありません。生まれてくる子どもを跡継ぎにすること。そのために僕を実家へ呼び戻そうとしていたのです。
「二人とも、何も変わっていませんね」
僕はそう告げ、その場をあとにしました。
祖父の教えは、実家の会社ではなく、僕が仲間と築いた会社の中で生きています。これからも僕は、A子や生まれてくる子ども、そして僕を信じてくれた社員たちを大切にしながら、自分の会社を守っていこうと思います。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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