学歴を理由に仕事を外されて
新しく着任した部長は有名大学出身で、社員の出身校や学歴をたびたび話題にする人でした。中でも高卒の私は、早々に目を付けられてしまったようです。
「高卒のあなたに、重要な仕事を任せるのは不安だわ」
周囲に聞こえるよう、わざと大声でそう言われ、それまで担当していた取引先やプロジェクトから次々と外されました。代わりに命じられたのは、書類の整理や備品の補充など、これまでの経験をほとんど生かせない仕事ばかりです。
仕事自体に不満があるわけではありません。しかし、学歴を理由に能力を決め付けられ、皆の前で侮辱されることには納得できませんでした。新社長も部長の言動を止めるどころか、同じように社員の学歴を話題にして笑っていました。
やがて、学歴を理由に冷遇されていた社員たちは、少しずつ退職を考えるようになりました。
そのころ、父は親戚が経営していた同業会社の代表を引き継ぎ、人手不足を補うため、経験者を募集していました。退職を決めた仲の良い同僚が転職先について悩んでいたため、私は父の会社が一般公開していた求人を紹介しました。後日、その同僚は自分の意思で応募し、面接などの選考を経て採用されました。
そして、ほかにも転職を考えていた数人がその同僚に続いて、父の会社で働くことになったのです。
父は彼らの働きぶりを見て、「経験もあるし、何より仕事に誠実に向き合っている。来てもらえて本当に助かったよ」と言いました。その言葉を聞き、私はうれしくなりました。前社長も、学歴ではなく、仕事への熱意や人柄を見て社員を採用していたからです。
部長の暴言を機に退職
社員の退職が続き、社内は次第に人手不足になっていきました。ある日、何本もの電話が鳴る中、普段は電話応対をしない部長が、珍しく取引先からの電話に出ました。
部長の話を聞いていると、相手は、翌週に予定しているプロジェクトについて確認するため、以前担当していた私に代わってほしいと求めているようでした。すると、部長の声は次第にいら立ち始めました。
「あの担当者は高卒なので、担当から外しました。今後は私が対応します。あの人でなければ話が通じないというのであれば、こちらも取引を見直します」
近くで別の電話対応を終えた私は、耳を疑いました。電話を切った部長に駆け寄り、思わず「私の学歴を持ち出して、取引先にあんな言い方をするのは失礼です。長年築いてきた信頼関係まで壊れてしまいます」と声を上げました。
すると部長は、険しい表情で私をにらみました。
「上司に逆らうつもり? あなたには、もう会社に来てもらわなくて結構よ」
翌日、私は新社長に呼び出され、こう言われました。
「部長の方針に従えないなら、退職届を出してほしい」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが切れました。これまで前社長が大切にしてきた会社を守りたい一心で耐えてきましたが、社員を学歴で見下す2人の下では、もう安心して働けないと悟ったのです。悔しい気持ちはありましたが、私は退職を決意しました。後日、新社長と退職日について話し合い、必要な引き継ぎを終えて会社を離れました。
父は、私が前社長への恩義から会社に残ろうとしていたことを知っていたため、それまで転職を勧めてきませんでした。退職後、そんな父から「これまでの経験を生かして、うちの会社で働いてくれないか」と声をかけられました。私は迷った末に入社を決めました。
入社後は、前の会社の顧客名簿や社内資料などを持ち出すことなく、父の会社の業務に取り組みました。その後、業界の会合や共通の取引先を通じて、私の転職を知った、前の会社で担当していた取引先の数社から問い合わせがありました。
「今後も、あなたに担当してもらうことはできますか」
「次回の契約更新に向けて、そちらの会社からも提案をいただけませんか」
父の会社にも同じ分野での実績があり、依頼に対応できる体制も整っていたため、見積もりや取引先側の社内審査を経て、契約更新のタイミングで父の会社と取引を始める企業が少しずつ増えていきました。
一方、元の会社では社員の退職がさらに続き、業務が回らなくなっていると聞きました。
元の会社から復職の打診
私が退職してから数カ月後、新社長から「復職について相談したい」と連絡がありました。私は父にも事情を伝え、後日、父の会社で話を聞くことにしました。
約束の日、新社長は部長を伴って会社を訪れました。以前の勢いはなく、2人とも疲れた様子でした。
「取引先から、次回は契約を更新しないと言われているんだ」
「退職者も続いていて、このままでは仕事を引き受けられない。どうか、戻ってきてもらえないだろうか」
新社長は沈んだ声で話しました。部長も頭を下げ、「あなたが、複数の取引先からこれほど信頼されているとは知りませんでした。私が間違っていました」と言いました。
しかし、私は元の会社へ戻るつもりはありませんでした。
「私ひとりが戻っても、社員を学歴で判断する考え方が変わらなければ、また同じことが起きると思います」
新社長と部長からは重ねて復職を頼まれましたが、一度失った社員や取引先からの信頼が、簡単に戻るはずはありません。私は、復職の申し出をきっぱりと断りました。
その後、これまでの経験と入社後の働きを評価され、私は業務全体をまとめる責任者に任命されました。仕事への姿勢や成果を評価してもらえる環境で、以前よりも前向きに働けています。
会社を支えるのは学歴ではない
学歴は、その人が歩んできた背景の一部に過ぎません。それだけで、仕事の能力や人柄まで決められるものではないと、今回の出来事を通して改めて感じました。
新社長と部長が失ったのは、社員からの信頼だけではありませんでした。人を見下す言動を繰り返したことで、取引先や周囲からの信頼まで失ってしまったのだと思います。
一方、前社長が築いてくれたのは、学歴に関係なく、仕事への姿勢や人柄を認め合える職場でした。当時の仲間たちは新しい職場でもそれぞれの経験を生かし、父の会社を支える存在になっています。
私を採用し、一から仕事を教えてくれた前社長への感謝を忘れず、これからは父や仲間たちと力を合わせて、この会社をしっかりと盛り立てていきたいと思っています。
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学歴だけで人の能力を判断し、これまで積み重ねてきた実績まで軽視した新社長と部長。その言動によって失われたのは、社員だけでなく、取引先との信頼でもありました。一方、誠実に仕事へ向き合ってきた主人公や同僚たちは、新しい環境でも経験を生かし、欠かせない存在となっていきます。会社を支えているのは、肩書や経歴ではなく、一人ひとりの働きと、日々築いてきた信頼なのだと感じさせられるエピソードです。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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