大企業への未練を語る同僚
私は中小企業の営業部に勤めています。勤務先は規模こそ大きくありませんが、社内の雰囲気がよく、仕事にもやりがいを感じていました。
ただ、同僚のA男だけは、日ごろから仕事に対する不満ばかり口にしていました。
「本当なら、こんな小さな会社にいるはずじゃなかったんだ」
A男は就職活動をしていたころ、取引先でもある大企業の最終面接まで進んだことが自慢でした。結局採用には至らなかったものの、「本来なら大企業で働くエリートだった」と何度も繰り返していたのです。
仕事への態度も決して真面目とは言えませんでした。見積書に間違いがあっても自分では直さず、面倒な仕事は周囲へ押し付けていました。
その取引先は、私たちの会社にとって売り上げの多くを占める重要な企業でした。しかし、近年は急な値下げや短納期を要求されることが増え、社内では1社に依存することへの不安も出ていました。
そこで私は上司に相談しました。社内でも以前から同じ懸念が出ていたことから、営業部を中心に、新規顧客の開拓へ力を入れる方針が決まりました。
「二度と俺に話しかけるな」
そんなある日、A男が得意げに報告してきました。
「ついに、あの大企業への転職が決まったぞ! これから俺はエリートだ!」
A男は、例の大企業への憧れを強め、求人が出ていることを知って、個人的に中途採用へ応募していたそうです。
A男は上司や同僚を見回して言いました。
「これからは、大企業に勤める俺のほうが立場は上だからな。弱小の下請けは、俺に気軽に口をきくなよ」
上司が「取引先と下請けという関係でも、人を見下していい理由にはならない」と注意しても、A男は聞く耳を持ちません。
私にも、「お前も二度と俺に話しかけるな」と言い放ちました。
「本当に、もう何も言わなくていいのね?」
私がそう言うと、A男は「は? 何だよその言い方。嫉妬か?」と笑いながら言いました。
私は、取引先の担当者とやりとりする中で、厳しい値下げや短納期を求められることが増え、一部の担当者の対応にも不安を感じていました。そのため、会社の知名度だけでなく、働き方や企業風土もよく確認したほうがよいのではないかと、A男に伝えようとしていたのです。
しかし、本人から「二度と話しかけるな」と言われたため、それ以上何も言わずに見送ることにしたのです。
元同僚から突然の連絡
それから数カ月たったころ、A男の転職先で不適切な会計処理が発覚しました。さらに、深刻な業績悪化も明らかになり、経営陣の責任が問われたのです。会社は再建策として事業の大幅な縮小を発表し、私たちの会社にも、主要な発注を停止するとの連絡が入りました。
しかし、私たちは以前から新規顧客の開拓を進めていました。すぐにすべての損失を補えるわけではありませんでしたが、複数の企業との商談が進み、1社に依存していたころよりも取引先は増えていたのです。
取引先や今後の受注について社内で対応を進めていたころ、A男から私のもとへ電話がかかってきました。
「そっちも大口の取引先を失って困っているんだろ? 俺なら前の会社の業務もわかっているし、戻れば役に立てると思うけどな」
そう言うA男に、「厳しい状況ではあるけれど、あなたに戻ってもらわなくても、社内で対応を進めているわ」とだけ伝えました。
私たちはすでに、複数の企業と具体的な商談を進めていました。既存の取引先からも追加発注の相談を受けており、厳しい状況ではあったものの、会社がすぐに立ち行かなくなるほどではありませんでした。
話を聞くうちに、A男は転職先の事業縮小によって今後の雇用に不安を感じ、以前の職場へ戻ろうとしていることがわかりました。やがてA男は、先ほどまでの勢いを失った声で尋ねてきました。
「じゃあ……もう一度あの会社で働けるように、人事へ口利きしてくれないか?」
しかし私は、「退職はあなた自身が決めたことでしょう。それに、私は採用を決める立場ではないから」と言い、A男の要求をきっぱりと断りました。
「でも、俺は大企業にも採用されたんだぞ。頼むから人事部長に話してくれよ」とA男は食い下がりましたが、それでも私は考えを変えませんでした。
「大企業に採用されたことと、以前の勤務態度は別の話よ。それに、採用を判断するのは人事だから、私に頼まれても何もできないわ」
私が改めて断ると、A男はしばらく黙り込みました。最後には「こんなことになるなら、転職しなければよかった」とつぶやき、電話を切りました。
会社の規模だけでは得られないもの
後日、A男と連絡を取っていた別の同僚から、A男が再び仕事を探していると聞きました。
一方、私たちの会社はその後も新規顧客の開拓を続け、時間はかかったものの、徐々に業績を立て直しました。私も営業チームの一員として新規顧客の開拓に取り組んだことを評価され、その後、昇進しました。
私は今回の出来事を通じて、会社の規模や肩書だけで、その人の価値が決まるわけではないと感じました。目の前の仕事へ誠実に向き合い、周囲との信頼を積み重ねることの大切さを忘れず、これからも支えてくれる仲間と仕事に取り組んでいきたいと思います。
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A男は大企業への転職を誇る一方、目の前の仕事や周囲の人を大切にせず、以前の職場で信頼を築いてきませんでした。そのため、窮地に立ってかつての同僚を頼っても、手を差し伸べてもらうことはできませんでした。一方、主人公たちは日ごろから危機に備え、仲間と協力して新たな取引先を開拓していました。仕事へ誠実に向き合い、周囲との信頼を積み重ねることが、予期せぬ変化を乗り越える力になると感じさせられる体験談です。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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