夫の実家が営む町工場
私は結婚を機に、夫の実家が営む町工場で働き始めました。
結婚前はコンサル会社に勤めていたため、その経験を活かして営業や経理、業務改善などを担当しています。夫や義両親とも相談しながら、工場をよりよくするために力を尽くす毎日に、やりがいを感じていました。
工場の規模は小さいものの、職人たちの技術力は確かなものです。なかでも、とある特殊加工を得意としており、多くの取引先から高く評価されていました。
そんなある日、地元で会社を経営している父から仕事のことで連絡がありました。話を聞くと、父の会社で新製品の開発を進めているとのこと。その部品の加工を任せられる会社を探しているそうです。
父も私も、親子であっても仕事は別だと考えており、普段はあまり仕事の話をしません。それでも父は、何度か工場を訪れるうちに、夫たちの仕事ぶりを高く評価してくれていたようです。
「娘の会社だからではなく、技術があると思ったから紹介する。一度、購買部と話してみないか」
そう言われ、私は商談へ向かうことになりました。
名刺を破り捨てた社員
父は購買部長にだけ私との関係を伝え、ほかの社員には伏せるよう頼んでいました。親子関係ではなく、技術を見て判断してほしかったからです。
私は加工品の見本や資料を持ち、指定された日時に会社を訪れました。
受付で名前を告げると、購買担当のA男が現れました。ところが、私が名刺を差し出すと、A男は露骨に顔をしかめたのです。
従業員数や工場の規模を尋ねられたため正直に答えると、A男は鼻で笑いました。
「こんな町工場と取引するか。うちの仕事ができるわけないだろ」
私はまず資料を見てほしいと伝えましたが、A男は聞く耳を持ちません。それどころか、私の名刺を目の前で破り、そのままゴミ箱へ捨てたのです。
あまりの態度に言葉を失いましたが、無理に話を続けても意味はないと思いました。
「承知しました。失礼いたします」
私は資料を持ったまま、会社をあとにしました。
工場へ戻って夫に事情を話すと、夫は腹を立てていました。しかし私は、会社の規模だけで判断する相手とは、取引を始めてもよい関係を築けないだろうと考えていました。
青ざめた部長が工場へ
それから約30分後、工場の前に一台の車が止まりました。
車から降りてきたのは、先ほどのA男と、その上司である購買部長でした。部長は工場へ入るなり、深々と頭を下げます。
「このたびは、弊社の社員が大変失礼な対応をしてしまい、申し訳ありませんでした」
そして部長は、ここへ来るまでの経緯を説明してくれました。商談の予定があるはずのA男がすぐに自席へ戻ってきたため、部長が「どうしたんだ」と尋ねたそうです。そこで私を追い返したことを知り、急いで工場まで駆けつけてくれたのでした。
「社長にもすでに報告しています。まずは直接お詫びをしなければと思い、すぐに伺いました」
そう話す部長の隣で、A男も青ざめた顔をしていました。
「社長の娘さんとは知らず……申し訳ございませんでした」
その言葉を聞いて、私は少し残念な気持ちになりました。A男は、私が社長の娘だから謝っているだけで、問題の本質にまだ気づいていないように思えたのです。
「父のことは関係ありません。私はただ、私たちの技術を見ていただきたくて伺っただけです。それより、せっかくお越しいただいたので、工場をご覧になりませんか?」
そう伝えると、部長は驚いた表情を浮かべたあと、「ぜひお願いします」と何度もうなずきました。
工場を見学した部長は…
夫が特殊加工の工程を説明し、完成した部品を見せると、部長は何度も感心した様子でうなずきました。
「これほどの精度とは……。ぜひ前向きに取引を検討させてください」
後日、試作品の製作を経て、正式に取引が決まりました。部長からは、A男以外の社員を担当につけると伝えられました。
その後聞いた話では、A男は以前から取引先への態度を注意されていたそうです。今回の件をきっかけに異動となり、しばらくして退職したといいます。
一方、新しい担当者は私たちの話を丁寧に聞き、技術を正当に評価してくれる人でした。取引は順調に続き、工場の経営も以前より安定しました。
会社の規模や外見だけで、その価値を判断することはできません。私たちはこれからも技術に誇りを持ち、誠実に仕事を続けていこうと思います。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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