「俺のほうが上」と喜ぶ上司
私が27歳のころ、システムエンジニア(SE)としてある会社に中途入社したときのことです。
社内でSEを担当しているのは私だけでしたが、組織上は総務部に所属していたため、総務部のO川主任が私の上司という立場でした。
私の勤務は会社との取り決めで基本的に定時まで。しかし、O川主任は毎日定時で帰る私が気に入らない様子でした。
「今日も定時上がりか? 少しは周りを見ろよ」
そんな嫌みを言われることも珍しくありませんでした。
入社して間もないある日、自宅マンションのエントランスでO川主任とばったり会いました。
私がそこに住んでいることを知ると、O川主任は驚き、すぐに「何階だ?」と尋ねてきました。
「1階です」と答えると、なぜかホッとしたような表情に。
「俺は2階だから。俺のほうが上だな!」
とうれしそうに言ったのです。
私は建物の管理をするうえで便利だから1階を選んでいただけだったので、階数で優劣をつけるO川主任の考えがよくわからず、戸惑いました。
作業着姿を見て「底辺」と決めつけ
数日後の夜、私は作業着姿でマンションのロビーを清掃していました。
そこへ帰宅したO川主任が通りかかりました。
私の姿を見るなり、会社を定時で帰るのは清掃の仕事をするためなのだと決めつけたようです。
私は会社にも別の仕事をしていることを説明しており、了承を得ていました。そう伝えたものの、O川主任は話を聞こうとしません。
「そんな底辺仕事、よくやってられるな」
さらに、私のような清掃員が高級マンションに住んでいるのはおかしいとまで言い始めました。
そして、
「俺を見かけても声をかけるなよ。知り合いだと思われたくない」
と言い残して去っていったのです。
それ以来、O川主任は私を何かにつけて「底辺」と呼び、見下すようになりました。
そんなある日の夜のことです。
O川主任が帰宅すると、マンションの前に同じ会社で働くS島N子さんがいました。N子は企画部で活躍しており、社長の娘でもあります。
実は私たちは私がこの会社へ入社する前から交際しており、すでに婚約していました。しかし、まだ会社には報告していませんでした。
O川主任はN子が誰かを訪ねてきたと知ると、自分の部屋へ招こうとしながら、一緒にエントランスへ入ってきました。
そのとき、ロビーを清掃していた私と鉢合わせしたのです。
「資産価値が下がるから出ていけ」
作業着姿の私を見るなり、O川主任の表情が一変しました。
「エントランスを作業着で歩くな!」
さらに、
「お前みたいな底辺がいると資産価値が下がる。今すぐ出ていけ!」
とまで言い放ったのです。
ところが次の瞬間、N子が私のところへやって来ました。
O川主任が驚く中、N子は私に会いに来たこと、そして私たちが婚約していることを明かしました。それだけでもかなり驚いた様子でしたが、話はそこで終わりません。
私が「出ていけと言われたけれど、出ていっていいのかな」と口にすると、S島さんは「何言ってるの。ダメでしょ」と即座に否定しました。
私が日ごろからこのマンションの管理や清掃に携わっていることを知っていたからです。
それでもO川主任は、
「清掃員が掃除するのは当たり前だろ。高級感があるのはマンションそのものが立派だからだ」
と主張しました。
すると、ちょうどそこへ住民の方が通りかかりました。
「いつもきれいにしてくれてありがとう。何かあるとすぐ対応してくれるから助かっています」
そう声をかけられ、O川主任は不思議そうな顔をしていました。
実は、私はこのマンションを管理している会社を経営しているのです。
親が病気になったことをきっかけに、それまで勤めていた会社を退職し、家族が営んでいた不動産管理会社の経営を引き継ぎました。
最初は経営や管理を中心にしていましたが、以前、マンションの管理人が急に勤務できなくなった際、私自身が代わりに清掃や管理をしたことがありました。
実際にやってみると、住民の方から直接話を聞けたり、建物の状態を自分の目で確認できたりすることに大きなやりがいを感じました。
それ以来、必要に応じて自分でも現場に入り、管理や清掃をするようになったのです。
私が1階に住んでいるのも、設備トラブルなどがあったときにすぐ対応しやすいからでした。
会社でSEをしていた理由も判明
それでもO川主任は納得できない様子でした。
「管理会社を経営しているなら、なんでわざわざ清掃なんてするんだ」
と言われましたが、私にとって清掃は誰かに押し付けられて仕方なくしている仕事ではありませんでした。
さらに、もう1つO川主任が知らないことがありました。
私が勤めている会社が入っているオフィスビルも、私が所有している物件だったのです。
私はもともと別の会社でSEとして働いていました。その後、不動産管理の仕事を引き継ぎましたが、SEとしての経験を生かす機会がなくなったわけではありません。
ある日、会社が入るビルの管理をしていた際、N子たちがパソコンのトラブルで困っている場面に遭遇しました。
私はSEとしての実務経験があり、IT関連の資格も持っていたため、状況を確認して対応を手伝いました。
無事に問題が解決すると、N子だけでなく、社長からも感謝されました。
その会社では当時、システム関連の業務を主に外部へ依頼していましたが、いざというときに社内でも対応できる人が必要だということで、私にSEとして働いてほしいと声がかかったのです。
私は不動産管理の仕事を優先したかったため、定時退社を条件に入社しました。
つまり、O川主任が毎日のように不満をぶつけていた私の働き方も、会社側が事情を理解したうえで認めていたものでした。
エントランスでのやりとりを聞いた住民も、次第に集まってきました。
「清掃の仕事だからって、何が悪いの?」
「いつもきれいにしてもらって助かっているよ」
そんな声が上がり、O川主任は言葉を失っていました。
さらにN子からも、私を職業だけで「底辺」と決めつけたことについて厳しく指摘されました。
その後、今回の出来事は会社にも伝わりました。
O川主任は以前から差別的な発言を問題視されていたこともあり、会社の判断で地方支社へ異動することに。そして、その異動を機にマンションからも引っ越していきました。
一方、私はその後も変わらず1階の部屋で暮らしながら、マンションの管理や清掃に携わっています。
まとめ
今回の出来事で、職業や肩書き、住む場所だけで人の価値を決めつけることの危うさを強く感じました。実際にやってみなければわからない仕事の魅力もあります。立場ではなく、その人がどのような思いで仕事や周囲の人と向き合っているのかを大切にしたいと思った出来事です。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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