記事サムネイル画像

上司「本当に無責任ね」5歳のめいの迎えで毎日定時退社。会社の打ち上げに連れて行った結果

事情があって5歳のめいと暮らしていた私は、毎日定時で退社していました。そのたび厳しい言葉をかけてきた上司のR子さん。しかし、めいを連れて会社の打ち上げに参加したことで、私たちの関係は思わぬ方向へ動き始めました。

 

定時退社する私に厳しい上司

私はK太、29歳。会社の営業部で働いています。独身ですが、当時は5歳になるめいのA子と2人で暮らしていました。

 

A子の母親である姉は2年前に亡くなり、父親のTさんは海外赴任中。赴任先は治安面に不安があったため、Tさんと話し合い、私が日本でA子の面倒を見ていました。私の両親もすでに亡くなっており、身近に頼れる親族はいませんでした。

 

そのため、私は保育園のお迎えに間に合うよう基本的に定時で退社していました。ところが直属の上司であるR子さんは、

 

「だったら、お姉さんに任せればいいでしょう?」

「本当に無責任ね」

 

と厳しい言葉をかけてきました。

 

そんなある日、部長の退職祝いを兼ねた部署の打ち上げが開かれることに。預け先が見つからず部長に相談すると、「A子ちゃんも連れてくればいい」と言ってもらい、私はA子と参加することにしました。

 

めいを連れて参加すると上司が一変

打ち上げ当日、A子を見たR子さんは驚いた様子でした。そこで私は、姉が2年前に亡くなり、A子の父親も海外赴任中のため、私がA子と暮らしていることを初めてきちんと説明しました。

 

事情を知ったR子さんは、「勝手に判断して、ごめんなさい」と謝ってくれました。さらに、それまでの厳しい態度からは想像できないほどA子をかわいがり、飲み物や食べ物を注文して世話をしてくれたのです。

 

そんなR子さんを見て、A子が「ママみたい」とひと言。R子さんは「今だけなら、ママって呼んでもいいよ」と笑いました。A子はすっかりなつき、持ってきた絵本まで読んでもらっていました。

 

職場では見たことのないR子さんのやさしい表情に、私の印象も少しずつ変わっていきました。

 

 

「ママも一緒がいい」泣き出しためい

午後9時ごろ、そろそろ帰ろうとすると、A子はR子さんのそばで眠っていました。起こして帰ろうとした途端、「ママも一緒じゃないと嫌!」と大泣き。困っていると、R子さんも一緒に家まで来てくれることになりました。

 

A子を寝かせて戻ると、今度はR子さんが壁にもたれて眠っていました。声をかけると、寝ぼけたR子さんが私のほうへ寄りかかり、小さな声で私の名前を呼びました。

 

その日は何事もなく帰宅しましたが、私は翌日からR子さんを意識するように。R子さんも、以前のように定時退社を責めることはなくなり、「もう帰る時間じゃない?」と気づかってくれるようになりました。

 

突然帰国した父から告げられたこと

そんなある日、保育園へ迎えに行くと、海外にいるはずのTさんが来ていました。Tさんは現地で交際している女性がおり、今後も向こうで暮らしながら、A子も一緒に連れていきたいと話しました。

 

治安面が心配で簡単には納得できませんでしたが、A子の父親はTさんです。私の気持ちだけで決められることではありません。

 

TさんがA子に「新しいママができる」と伝えると、A子は「ママいるよ?」と返しました。もちろん、打ち上げ以来「ママ」と呼んでいるR子さんのことです。

 

それでもA子は事情を聞き、父親と一緒に行くことを受け入れました。それから約1カ月後、私は空港で2人を見送りました。頭では理解していても、寂しさは消えませんでした。

 

めいとの別れで変わった上司との関係

見送り後、A子とよく遊んだ公園にいると、私を探していたR子さんが現れました。「泣いたっていいでしょ」と言われた瞬間、こらえていたものがあふれました。

 

その後、R子さんは、過去に卵巣を1つ摘出した経験から、将来自分が子どもを持てるのか不安を抱えていた時期があったと打ち明けました。そのこともあり、私の姉夫婦が育児を押しつけていると誤解し、必要以上に腹を立てていたそうです。

 

さらに、A子のために生活を変えてまで世話をする私を見て、「こんな人が夫や子どもの父親だったらいいな」と思うようになったと言われました。私もR子さんに惹かれていたため、今度2人で出かけようと誘いました。

 

初めて2人で出かけた動物園で、A子からビデオ通話がかかってきました。画面の向こうでA子は「Kちゃんに会いたい。ママにも会いたい」と泣いていました。

 

2週間後、私たちは休暇を取ってA子に会いに行きました。再会したA子は、新しい家族はみんなやさしいけれど、「日本のあの家でKちゃんと暮らしたい」と打ち明けました。A子の気持ちや今後の生活についてTさんと改めて話し合った結果、A子は再び日本で私と暮らすことになりました。

 

それから3年。私とR子さんは結婚し、私たちにも赤ちゃんが生まれました。A子も変わらず私たちと暮らしており、すっかり頼もしいお姉ちゃんになりました。今ではにぎやかな毎日を一緒に過ごしています。

 

まとめ

事情を言葉にしなければ、見えている一面だけで判断され、思わぬ誤解につながるのだと実感しました。そして家族は決まった形ではなく、互いを大切に思い、支え合う時間の中で築かれていくものなのだと感じています。

 

 

※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

 

ウーマンカレンダー編集室ではアンチエイジングやダイエットなどオトナ女子の心と体の不調を解決する記事を配信中。ぜひチェックしてハッピーな毎日になりますように!

ベビーカレンダー記事制作の取り組み
\ この記事にいいね!しよう /
シェアする

  • コメントがありません

この記事の著者
著者プロファイル

ライターベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

読者からの体験談をお届けします。

同じ著者の連載

新着記事が配信されたら、メールやプッシュ通知でお知らせ!

気になる記事をまとめ読み

人気連載

新着連載

連載完結

もっと見る

注目記事を探す

人気記事ランキング

アクセスランキング
コメントランキング

お得な無料キャンペーン

エンタメの新着記事

PICKUP