家ではゴロゴロしていることが多く、家事や育児にもほとんど関わろうとしない夫。「家事や育児は妻がやるもの」という考えが強かったようで、娘が泣いていてもあやそうとはせず、「うるさいなあ、早く泣き止ませてよ」と言うだけでした。
そんな態度が積み重なるうちに、私は夫への尊敬や信頼を少しずつ失っていきました。
さらに、休日になると夫は会社の同僚を急に自宅へ招き、飲み会を開くことも。そのたびに食事やおつまみを用意し、散らかった部屋を片付けるのは私。幼い娘がいるにもかかわらず、遅い時間まで笑い声が響くこともありました。
後片付けをしながら、私は何度も「この人、本当に父親の自覚があるのかな……」と思ったものです。それでも当時の私は、娘のためにもなるべく家庭を穏やかに保ちたいと思い、不満を飲み込んでいました。
臨月の妻を宴会の手伝いに呼びつける夫
そんな生活が続いていたころ、私は第2子を妊娠。年末が近づいてきたある日、夫から「今年も年末年始は一緒にうちの実家へ帰ろうよ。母さんも楽しみにしてるし」と言われました。
義両親との関係は良好だったため、普段の私なら喜んで帰省していたと思います。しかし、その年の年末には臨月を迎える予定でした。
義実家までは車で数時間かかります。出産予定日も近かったため、健診の際には医師から遠出を控えるよう言われていました。
そこで私は、「そのころには臨月だし、今年は娘と一緒に家で過ごすね」と夫に伝えました。夫もそのときは「わかった」と納得し、年末になるとひとりで義実家へ帰省していきました。
夫が帰省して数日後の夜、私は万が一に備えて来てくれていた両親と、自宅で夕食を食べていました。すると、夫から突然電話がかかってきたのです。
「母さんひとりじゃ準備に時間がかかるから、今からこっちに来て、宴会の準備を手伝ってよ!」
私は一瞬、何を言われたのか理解できませんでした。
話を聞くと、夫は地元の友人たちを義実家に招き、飲み会を開いていたようです。人数が多く、義母だけでは料理や片付けが大変だったのでしょう。それでも夫は自分で手伝うのではなく、私を呼んで手伝わせようと考えたようです。
しかし、私は臨月。しかも義実家までは数時間かかります。これまで積み重なっていた不満もあり、その一言で私の中の何かが切れてしまいました。
「なんで? 私、今臨月だよ。いつ陣痛が始まってもおかしくないの、わかってる?」
夫は黙りましたが、私は続けます。
「そんな私に、数時間かけて宴会の手伝いに来いって言ってるんだよね? 私やおなかの子のこと、少しでも考えた?」
言葉にしているうちに、これまで我慢してきたことまで一気にあふれてきました。
「もう限界。家事も育児もずっと私任せだったよね」
「これから子どもがもう1人増えるのに、このままのあなたと一緒にやっていけるとは思えない。本気で離婚も考えるから」
そう告げ、私は電話を切りました。
義両親に叱られた夫
翌朝、今度は義母から電話がありました。
「本当にごめんなさい。あの子があなたにそんなことを言ったなんて知らなかったの」
「臨月のあなたを何時間も移動させたうえに、宴会を手伝わせようとするなんて、とんでもないことだってきつく叱っておいたからね。またそんなことをしたら、いつでも私に言ってちょうだい」
義母も義父も、私を呼ぶよう夫に言ったわけではなかったそうです。夫が勝手に私なら手伝ってくれるだろうと考え、電話してきたのでした。
夫は義父からも「家族の体調より自分の飲み会を優先するようでは、夫としても父親としても無責任だ」と厳しく注意されたそうです。さらに義両親は、夫がこれまで家事や育児をほとんど私任せにしていたことも知り、かなり厳しく叱ったと聞きました。
夫はそこで初めて、自分の言動がどれほど無神経だったのかに気づいたようでした。
その日の昼ごろから夫から何度か電話がありましたが、私は夫と話す気持ちになれず、出ませんでした。
夕方、義実家での滞在予定を切り上げて帰宅した夫は、私の顔を見るなり頭を下げました。
「本当に悪かった。自分がどれだけ自分勝手だったのかわかった」
「これからは家事も育児もやる。離婚したくない。もう一度だけ考えてほしい」
しかし、私はすぐに許すことはできませんでした。
「言葉じゃなくて、行動で見せてほしい」
「私はこれまで家事も育児もほとんどひとりでやってきた。もうすぐ子どもが増えるのに、あなたが変わらないなら一緒にはいられない。離婚を考え直せるかどうかは、これからの行動を見て決めるから」
夫は黙ってうなずき、何度も謝りました。
第2子の誕生と、夫の変化
その後、私は無事に第2子を出産。夫も出産に立ち会い、生まれたばかりのわが子を見ながら涙を流していました。
退院後、夫は以前の言葉どおり、少しずつ家事や育児をするように。最初は洗濯物の干し方ひとつにも戸惑っていましたし、娘の送り迎えでも忘れ物をするなど、慣れない様子でした。
それでも途中で私に丸投げすることはなく、「今まで任せっぱなしだったんだから、ちゃんとできるようになるまでやるよ」と言って根気よく続けていました。
しばらくしたある日のこと、私が出先から帰ってくると、娘がうれしそうに私のところへ走ってきました。
「ママ! パパがごはん作ってるよ!」
キッチンを見ると、慣れない手つきで夕食を作っている夫の姿が……。決して手際がいいとは言えませんでしたが、その姿を見たとき、私の中に残っていたわだかまりが少しだけ薄れた気がしました。
夫が本当に変わったと感じられるようになるまでには、時間がかかりました。それでも、仕事から帰ったあとに赤ちゃんのおむつを替えたり、ミルクをあげたり、娘に絵本を読んだりと、夫は「自分も親なのだ」という意識を少しずつ行動で示してくれるようになったのです。
以前の夫の態度をなかったことにはできません。ただ、あの一件をきっかけに自分の身勝手さに気づき、家族との向き合い方を変えようとしてくれたことは、私にとって大きな変化でした。
私自身も、我慢し続けるのではなく、嫌なことや苦しいことはきちんと言葉にする必要があると実感しました。
これからも夫婦で話し合い、家事も育児もどちら一方に押しつけることなく、家族4人で助け合っていけたらと思っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。