夫「子どもが小さいうちは家にいて」里帰り中の妻「家に戻る♡」→夫「お願いだから帰ってくるな!」一体何が?

結婚した当初、子どもが小さいうちは家にいてほしいという夫の希望もあり、私は仕事を辞めて専業主婦になりました。夫が外で働き、私が家事をするという分担でうまくいっていたのですが、私の妊娠をきっかけに私たちの関係性は崩れてしまったのです。
想像以上につわりが重かった私は、起き上がれず家事ができない日もしばしばありました。そんな私を見て、夫は不機嫌になるばかり。体調が悪い上に夫に冷たくされて、私はすっかり落ち込んでしまいました。
「妊娠は病気じゃない」思いやりのない夫
おなかが大きくなるとますます体はつらくなり、少し家事をするだけでぐったりしてしまいました。横になって休む私に、夫は「妊娠は病気じゃない」「専業主婦のくせに怠けるな!」と、暴言を吐くようになりました。
一向に動けない私に、ついに夫は「こんなにくつろげない家に帰りたいと思えない。目障りだからさっさと実家に帰れば?」ととどめを刺してきたのです。
あまりにもひどい物言いに私が絶句していると、「テキパキと動く姿が好きだったのに、何もしないで寝ていて、俺だけ働いているなんて納得できない」と、さらに追い打ちをかけられました。
予定より早い里帰りと、無関心な夫
このまま夫に責められ続けるのは、私にとっても大きな負担でした。私は夫の言う通り、予定より早く実家に里帰りすることにしました。しばらく距離を置けば、夫もパパになる心の準備ができると思ったからです。
しかし実家に帰っている間、夫は一度も私に会いに来ませんでした。赤ちゃんの様子を聞く連絡すらなく、さすがの私の両親もけげんそうな表情を浮かべていました。そのまま、私は出産を迎えました。
予定日よりも早い出産になったため立ち会いには間に合いませんでしたが、夫は出産後すぐに病院へ来てくれました。しかし、赤ちゃんを見せても反応はいまいち。「まだ父親という実感が湧かない」と言い、早々に帰っていきました。
あまりにも短い滞在に両親も驚いていました。退院時も夫は迎えに来ず、私は両親とともに実家へ戻りました。
里帰りから帰ろうとすると…まさかの拒絶!
あっという間に1カ月が経過。その間、夫から何度か事務的な連絡はありましたが、会いに来ることは一度もありませんでした。このままでは夫は父親としての自覚を持てないかもしれないと思い、私は自宅に戻ることに。
「来週帰るね!」と電話で伝えると、夫は激しく動揺し、「何言ってるんだよ? 俺、すごく忙しいんだ! お願いだから帰ってくるな!」と叫び、そのまま電話を切られてしまったのです。
ただごとではないと直感した私は、両親に事情を話し、父が運転する車で急いで自宅へ向かいました。
「帰ってくるな!」と言った呆れた理由
自宅に着くと、赤ちゃんを両親に預け、私だけ家に入りました。すると、リビングから楽しそうな笑い声が聞こえてきました。どうやら夫は友人を招いて飲み会をしているよう。こっそり近づくと、育児経験者である友人の声が聞こえてきました。
「赤ちゃんが小さいうちは昼夜問わず泣かれてずっと寝不足だったわ」「どうせ女なんて、抱き方が雑だとか文句ばかり言うくせに、世話をしないとキレるんだよ」「これまで通り遊べないし、子どもはお金がかかる」「子どもがある程度大きくなるまで、ずっと実家に置いておくのが一番賢いぞ」
それを聞いてすべてが理解できました。夫は友人から育児のネガティブなことばかり吹き込まれ、それを鵜呑みにして私と子どもを遠ざけようとしていたのです。
私は静かにスマホを取り出し、彼らの無責任な会話をしっかりと録音しました。そして、満を持してリビングのドアを勢いよく開けたのです。
最低な夫たちへの反撃と、私の新しい人生
私がリビングに入ると、友人は気まずそうに顔を伏せ、夫は驚きで顔面蒼白になっていました。
「全部聞かせてもらいました。録音もバッチリです」と私がスマホを見せると、夫は慌てて言い訳を始めましたが、時すでに遅し。私は車で待機していた両親を家の中に呼び入れ、事の顛末をすべて説明しました。
激怒した父と母を前に、夫は平謝り。しかし、妊娠中から散々暴言を吐き、育児から逃げようとした夫と、これ以上一緒に生きていくことはできないと確信した私は、その場で離婚を宣言しました。
さらに、無責任な吹き込みをした友人に対しても、「あなたの奥さんにも、今の素晴らしい育児論を聞かせましょうか?」と告げると、友人は泣きそうな顔で逃げ帰っていきました。
その後、両家を交えた話し合いの末、無事に離婚が成立。夫とは、慰謝料と養育費の支払いについて公正証書を作成しました。風の噂によると、あの友人も、日ごろの言動が原因で奥さんに愛想を尽かされ、家庭崩壊の危機に陥っているそうです。元夫は毎月高い養育費を払いながら、1人寂しく家賃の安いアパートで暮らしています。
私はというと、無事に再就職を果たし、両親の温かいサポートを受けながらシングルマザーとして充実した毎日を送っています。愛しいわが子の笑顔を見るたび、あの時きっぱりと決断して本当によかったと心から思っています。
◇ ◇ ◇
妊娠中のつらい時期に寄り添うどころか暴言を吐き、あろうことか育児から逃げようとした元夫。心身ともに大変な時期に、パートナーからの裏切りは本当に許せない行為ですよね。
子育ては決して1人でするものではありません。だからこそ、困ったときに支え合えない相手とはきっぱりと関係を見直し、自分と大切な子どもの未来を守る勇気を持って、これからは心穏やかに笑い合える温かい家族の時間を、大切に築いていってほしいです。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
1つ目のエピソードでは、産後の妻子を実家に置いたまま、育児から逃げようとした夫が登場します。帰宅を拒まれた母親は、夫の本音を知り、離婚を決意するのでした。
続く2つ目のエピソードでは、産後の里帰り中、上の娘を夫に任せた母親が登場します。夫のもとで元気に過ごしているはずの娘は、実は義実家でつらい思いをしていて……。
里帰り中の私に娘から電話「パパとおばあちゃん、旅行に行ったよ」→夫が放った衝撃の言い訳とは?

2人目の妊娠が分かって以降、小学校3年生の上の娘がずいぶんと頼もしくなっていました。それまでは甘えん坊で、私に注意されることが多かった娘でしたが、おなかに赤ちゃんがいると知ってから、自ら進んでお手伝いをしてくれるようになったのです。
学校から帰るとまず洗濯物を畳み、お風呂掃除も毎日欠かさず続けていました。ある晩にはハンバーグとポテトサラダを、ほとんど娘が1人で作ってくれたこともあります。
娘自身も、これから生まれてくるきょうだいをとても楽しみにしているようでした。そんな娘の変化に、私は穏やかな幸福感を覚えていたのです。
新生児のお世話は体力的にも精神的にもきつく、自宅では十分に休養できないと考えていた私。上の子のときに里帰りをしてとても助かった経験から、今回も産後は実家に帰ろうと考えていました。
1カ月ほど実家に身を寄せたいと伝えると、夫はそれなら自分と娘も義実家へ行くと言い出しました。家事が苦手で娘の食事に自信がない、義実家なら出勤時間も大きく変わらず義両親が助けてくれる、というのが夫の言い分です。
娘の学校の送り迎えも義両親がしてくれるとのことで、義両親には申し訳ないけれど、それが一番安心かもしれないと私も同意しました。こうして、産後の1カ月間はそれぞれの実家で過ごすことが決まったのです。
産後、娘と離れて生活
出産を終え、実家での生活が始まりました。生まれたばかりの赤ちゃんはとても元気で、よく飲みよく泣き、私にとって癒しのような存在でした。
しかし、頭の片隅では常に娘のことが気になっていました。こんなに長く離れたことはありません。夫は、娘も元気で毎日楽しそうにしていると言っていました。寂しがっていないかと聞いても、泣いたりわがままを言ったりはしていないとのことでした。
そんな話を聞いて安心しながらも、どこか腑に落ちない気持ちが残りました。あんなに甘えん坊だった娘が、そんなにケロッと過ごせているとは、なかなか想像しにくかったのです。
夫の許せない行動
翌週の午後、娘から電話がかかってきました。最初は義実家での様子を聞こうと軽い気持ちで会話をしていたのですが、娘の口から出てきたのは、私の想像をはるかに超えた内容でした。
私が「寂しくない? パパとおばあちゃんの言うこと聞いてね」と伝えると、娘が「パパとおばあちゃんは旅行中だよ」と言うのです。詳しく聞いてみると、なんと義母と近くに住む義姉が旅行を計画し、夫もそれに同行したというのです。娘は「他人の子は留守番だ」と義母に突き放されたそうです。「旅行に連れていってもらえなかった」と泣きそうな声で話しました。
今、義実家には義父と娘しかいないとのこと。義父は自分の身の回りのことすら十分にできない人なので、娘は十分な世話をしてもらえず、心細い思いをしているに違いありません。
さらに、義母は日常的に娘に嫌みを言い、私のことも口汚く罵っていたといいます。義父はそれを黙って聞くばかりで、夫も笑いながら見ているだけだったとのことでした。
娘がそっとつぶやいたひと言が、今でも耳に残っています。「悲しかったけど、私泣かなかったよ。私が泣いたらおばあちゃんが喜びそうだから」
その言葉に、私は絶句しました。ずっと1人で耐えていたのかと問うと、赤ちゃんが生まれて大変だったから心配させたくなかったのだと、娘は答えたのです。娘の健気さと、それを見過ごした夫への怒りが、一度に押し寄せてきました。
夫の言い訳
すぐに実父へ連絡し、義実家へ娘を迎えに行ってもらいました。実父が義実家に到着したとき、娘は走り寄ってきて泣きながら抱きついたといいます。
「おじいちゃん、寂しかったよ」と言いながら、ずっと我慢していたものをすべて解き放つように泣いていたと聞きました。私と電話しているときはずっと気丈に振る舞っていた娘が、本当は深く傷ついていたのだと、改めて思い知ったのです。
翌日、旅行から戻った夫は、娘がいないことに気付いて大慌て! 事情を知っていた義父もそのときは不在だったようで、慌てて私に電話をかけてきました。
私は「なぜ娘を置いていったのか?」「あなたは私の味方ではないのか?」と問い詰めました。
夫は娘を置いて旅行に行ったことに対し「親孝行に専念したいから置いていった」「そもそも娘も行かないと言った」と主張しました。私に対する義母の悪口に関しても「言わせておけば気が済むからそうした」「他人なのだから不満があっても仕方がない」と言います。
いずれももっともらしく話しますが、私には到底受け入れられません。「娘がお義母さんに悪く言われても、あなたはかばってあげなかったみたいね」と告げると、夫は何も言い返せませんでした。
離婚を決意
反省しているという言葉を繰り返す夫に、私の心は動きませんでした。娘が置き去りにされた事実も、義両親に傷つけられた事実も、消えることはないのです。
義両親にも謝罪してほしいと伝えると、夫は「母さんたちにも悪気はなかったんだし、そこまでしなくても……」と、なおも親をかばう言葉を口にしました。
私が「離婚しようかと思ってる」と告げると、夫は待ってくれと繰り返します。それでも決意は揺らぎませんでした。自分の親をかばうために娘を傷つける側に回る人に、もう家族を任せることはできないと感じたのです。
「これからは弁護士を通して話し合いましょう」と告げ、以降の話し合いは弁護士を介して進めることにしました。
夫の末路
その後、夫は1人で私の実家を訪ねてきましたが、義両親が謝罪に来ることはありません。
夫は当初、離婚を拒んでいましたが、弁護士を介して私の固い決意を伝え、これまでの経緯について話し合いを重ねた結果、最終的には条件を受け入れ、離婚が成立しました。
慣れない独り身での生活や、慰謝料・養育費の支払いが重なった夫は、やがて心身ともに余裕をなくし仕事にも支障をきたすようになったそうです。最後は義実家へ転がり込み、年金暮らしの義両親に頼る生活を送っていると聞きました。
一方、私と娘、そして赤ちゃんは実家でゆっくりと新しい生活をスタートしています。娘は下の子の世話をよくしてくれて、毎日のように話しかけたり、あやしてくれたりしています。娘がこんなにも優しく成長している姿を見ると、胸がいっぱいになります。
2人とも、これからも元気に育ってほしいと、毎日願っています。
◇ ◇ ◇
子どもは、大人が思う以上に状況をしっかりと把握しています。ママに心配をかけたくないと1人で耐えていた今回の体験談のように、子どもは時に自分を犠牲にして親を守ろうとするのです。
だからこそ、子どもが安心して本音を話せる関係を日ごろから育てておくことが大切です。特に下の子の妊娠中や産後は後回しにしてしまいがちですが、意識的に一緒にのんびり過ごしたりたわいもない話を笑って聞いたりする時間を作れるといいですね。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
いかがでしたか?
今回は、里帰り中に夫の本性を知った母親たちが下した決断のエピソードをご紹介しました。
産後の妻子を実家に置いたまま育児から逃げようとしたり、上の娘を任されていたにもかかわらず、義実家でつらい思いをさせていたり。里帰り中に明らかになった夫の身勝手さに、母親たちは大きなショックを受けました。
産後は、母親にとって心身ともに負担の大きい時期です。だからこそ、夫には家族を支える姿勢が求められます。頼れるはずの相手が子どもを守ろうとしないと分かったときは、無理に関係を続けるのではなく、わが子と自分が安心して過ごせる道を選ぶことも大切ですね。