頼まれて毎日お弁当を作っているのに、夫からは感謝どころか不満ばかり。挙げ句の果てに「もういらない。昼は外食にする」と言われてしまいました。
夫は大食いなので、外食が増えるとランチ代がかさんで家計を圧迫してしまいます。「少し量を調整して費用を抑えてほしい」と伝えると、「ケチケチするな!」と逆ギレされる始末です。
お金のことはもちろん、高カロリーなものばかり選ぶ夫の健康面も心配です。文句を言わず、身体のためにもお弁当生活を続けてくれたら一番良いのですが……。
家事ができないダメ主婦と言われて…
ある日、夫は私の家事をすべて批判し、「ダメな主婦だ」とけなしてきました。自分なりにしっかりやっているつもりですし、そこまで言うなら自分も手伝ってくれればいいのにと思ってしまいます。
共働きなのに家事をすべて丸投げし「家事は女の仕事だと昔から決まっている」と言われたときはあ然としました。結婚前に「家事は分担する」と決めたはずなのに、「そんな昔のことは覚えていない」ととぼける夫。
結婚してまだ1年も経っていないのに、呆れるばかりです。
部屋の片付けや掃除、料理の準備などやることは山ほどある上、私も同じように働いているのに、なぜ私ばかり大変な目に遭わなければならないのでしょうか。
そもそも、家を散らかすのは夫自身です。それなのに掃除や片付けを私に押し付け、「歴代の彼女の中で一番役に立たない」「それでも女か?」とまで言われてしまいました。
さらに夫は、週に数時間パートをするだけの義母と、フルタイムで働く私を比べます。「おふくろは家事も完璧だった」と言いますが、働く時間も体力的な負担もまったく違うはず……。
話し合いすら拒み、ただ一方的に私を責める姿を見ていると、都合のいい理屈をつけて日頃のストレスを発散したいだけに思えてなりません。
それでも私は夫の体を気遣い、料理の品数やメインの量を増やすなど、対策を重ねてきました。しかし、夫が満足することはありませんでした。
夫専用のごはんを用意しました!
ある日、仕事で帰宅が遅くなるため朝から夕飯を作り置きして出かけたところ、夫から「メインのおかずがない」「煮物はサイドメニューだし手抜きだ」と文句の連絡が入りました。
夫の言うメインとはハンバーグや唐揚げのことで、いくら肉を使っていても肉じゃがはメインと認めないのだそうです。
「飯もまともに作れないのか。主婦失格だな」と言われ、我慢の限界を迎えた私は、「そんなに不満ならあなた専用のごはんを用意してもらう」と宣言し、義母に相談しました。
元から私に厳しい義母は、私からのヘルプに大喜び!「やっぱり私じゃないとダメなのね!」と張り切り、「息子の食事は私が作る」と言って、連日わが家へ通うようになりました。
これは、何かと義母を引き合いに出していた夫のためにやったことです。しかし、夫は思ったよりも嬉しくない様子……。
それもそのはず、義母が作るのは食べ盛りの男の子が好むような大盛りの茶色い料理ばかり。大食いの夫でも1人では食べきれず私に分けようとしますが、義母から「夫の食事を放棄する嫁にはやらない!」と止められていました。
もちろん義母の料理は私には重いので、分けてもらう必要などありません。自分で野菜中心のヘルシーな料理を作って食べていました。
都合のいいときだけ妻を頼る夫
ボリュームたっぷりの手料理が連日続き、夫は次第に箸が進まなくなっていきました。「嫁が姑に料理を作らせるな」と文句を言っていますが、要するに義母の料理を食べたくないだけでしょう。
若いころは義母のガッツリとした料理が好きだったかもしれませんが、歳を重ねた今の夫にとって、あのボリュームと濃い味付けがキツくなるのは目に見えていました。こうなることを前々から予測していた私は、あえて義母を頼ったのです。
そのうち「やっぱりお前が作ってくれ」と言い出した夫。散々けなしておきながら都合が悪くなると頼ってくる身勝手さに、私の気持ちは完全に冷めています。私は前々から考えていた離婚を切り出しました。
すると夫は「そんなことで離婚なんて」と大慌て。私がどれほど我慢してきたかも知らず、“そんなこと”と軽々しく片付けようとする姿を見て、「この人と夫婦でいるのは無理だ」と確信しました。
ついには「家事は全部やる」と言いましたが、時すでに遅し。話し合いの末に無事離婚が成立し、夫は実家に戻って再び義母と暮らすことになりました。義母の手料理を毎日食べることになる元夫の体が少し心配ですが、もう私には関係のない話です。
独身に戻った私はこれから自分のペースで楽しく、健康に過ごしていきます。
◇ ◇ ◇
義母の食べごたえのある手料理も、息子を思う愛情の形かもしれません。けれど、妻が毎日用意していた料理にも、夫の健康を気遣う大切な思いが込められていたはず。元夫は、離婚してようやくそのことに気付いたのではないでしょうか。
家事は、どちらか一方に任せきりにするものではなく、お互いに感謝し合いながら協力して担っていくもの。当たり前のように受け取っていた日々の支えは、失ってから気付いても取り戻せないのだと、改めて考えさせられますね。
【取材時期:2026年8月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。