参観日に「貧乏人は発表しなくていいでしょ!」と母子家庭を見下すママ→先生「育て方が分かります」スカッと成敗!

娘が4年生になったころのことです。夫を病気で亡くしてから、私は娘と2人で古いアパートに暮らしています。決して裕福とは言えませんが、娘と穏やかに過ごせる毎日が、私にとっては何よりの幸せでした。ですが、そんな私たちの暮らしを見下すような親子がいたのです。
貧乏をからかうクラスメイトと、その母親
ある日、娘と激安スーパーで買い物をした帰り道、同じクラスの子とその母親に偶然会いました。
私が激安スーパーの袋を持っているのを見て、その子が「ねぇママ、ほら見て。やっぱり貧乏だったでしょ」とわざと聞こえるように言い、母親も「かわいそうに〜。あなたは将来、ああいう生活をしなくて済むように、ちゃんと勉強しなさいよ」などと、私たちを見下すような目で見てきたのです。
さらにその母親は私に向かって、「来週の参観日で、作文コンクールの結果が発表されるんですって! うちの娘は受賞するだろうから心配ないですけど。お宅の環境じゃ、お子さんに十分手をかけてあげられないだろうから、厳しいんじゃないかしら?」と、鼻で笑いながら言ってきました。
こちらが言い返す隙もなく一方的に話し終えると、勝ち誇ったようにその場を立ち去っていく親子。
娘は下を向き、小さな声で悔しそうに「なんであんなこと言うの……」とつぶやきました。
私は胸が痛みましたが、娘の前で悲しい顔は見せたくなくて、努めて明るく振る舞うことに。
「いいのよ、気にしなくて。うちはうち。他人がどう言おうと、私たちは幸せだし、あなたが頑張ってることはちゃんと私が見てるよ。自信持って」
そう言って娘の手をぎゅっと握り、家まで歩いて帰りました。娘が少しだけほほ笑んでくれたのが、せめてもの救いでした。
参観日で浴びせられた、信じられない暴言
迎えた参観日。子どもたちが1人ずつ「将来なりたい大人」というテーマで作文を発表する時間がありました。
私の娘の番がきたそのとき、例の母親が突然、「先生! 先にうちの子の発表を聞かせてもらえません? 正直、他の子は参考にならないというか……」と周りの人に聞こえる声で言い出したのです。
そして、「ほら、家庭によってレベルがあるでしょう? ひとり親だと、やっぱり教育も十分に受けられてないでしょうから……。ちょっとねぇ……貧乏人は発表しなくていいでしょ!」と、信じられない暴言を吐きました。
教室が一瞬凍りついたそのとき、担任の先生が冷静に告げました。
先生から告げられた、まさかの結果発表
「そうですね……。本当は子どもたちの作文を先入観なしに聞いていただきたかったのですが……先に結果を発表します。作文コンクールで優勝したのは……彼女です!」
そう言って、娘の名前が読み上げられた瞬間、教室はざわつきました。
例の母親は「そんなはずない!」と声を荒らげて信じようとせず、大騒ぎ。
すると、担任の先生が落ち着いた声で言いました。
「みなさん、子どもたちは日々、私たち大人の姿をよく見ています。子どもの言葉や行動には、普段どんな言葉をかけられ、どんなふうに育てられているのかが表れるものです。今回の作文を読むと、それぞれのご家庭での育て方が分かります」
そして先生は、私の娘の作文を紹介しながら続けました。
「この作品には、他者を思いやる心や、困難の中でも前向きに生きようとする姿勢が丁寧につづられています。それは、ご家庭で日々どんな言葉をかけられ、どんなふうに育てられているのかが伝わってくる内容でした」
教室には静けさが戻り、あの母親もさすがに言葉を失った様子でした。
私は先生の言葉を聞きながら、娘のこれまでの頑張りと、日々の小さな積み重ねが報われた気がして、胸がいっぱいになりました。
「母のような人になりたい」娘の作文に涙
その後、先生に促されると、娘は前に出て作文を読み上げ始めました。
「私の母は、困っている人を放っておかず、いつも前向きな気持ちで周りを明るくしてくれる人です。私は、そんな母を心から尊敬しています」
「私も将来、母のように強くてやさしい、誰かの支えになれる大人になりたいです」
その言葉を聞いて、思わず涙がこぼれてしまった私。教室中から温かい拍手が響き渡り、娘の表情も、少し誇らしげでした。
参観日が終わり、保護者たちが帰り支度をする中、あの母親が私たちに視線を送ってきたので、声をかけた私。
「あなたの娘さん、本当はやさしい子だと思いますよ。きっと“そうやって生きなきゃいけない”って、誰かから教えられてきただけ。だからこそ、今、あなたがどう接するかが大事なんじゃないでしょうか」
その言葉に、彼女は何も言わず、少しの間うつむいていました。
その後、学校からの帰り道で私は娘に言いました。
「大人だって、子どもと同じように間違えることはあるよ。でも大事なのは、そこに気付いて、どう向き合っていくかなんだよ」
「ごめんね」と言ってきたあの子の変化
その翌日、あのクラスメイトが、娘に近づいてきて「今まで、ひどいことを言ってごめんね」と謝ってくれたそうです。
そして放課後、彼女の両親もそろって私たちの家を訪れ、丁寧に頭を下げてくれました。
娘は「いいよ。仲直りしよう」と伝え、それから2人は少しずつ打ち解けて、今では一緒に遊ぶ姿も見られるようになりました。
◇ ◇ ◇
幸せの価値は、お金の多さや見栄えの良さだけではありません。日々の暮らしの中で、誰かを思いやる気持ちを持つこと。大切な人と支え合って生きること。娘の姿から、私自身が改めて大切なことに気付かされた出来事でした。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
1つ目のエピソードでは、ひとり親家庭や暮らしぶりを理由に、参観日で母娘が見下されてしまいました。けれど、娘の作文をきっかけに、母娘が大切にしてきたものの価値が伝わるのでした。
続く2つ目のエピソードでは、中卒であることや起業の夢を、夫と義母から見下された女性が登場します。離婚後も夢を諦めなかった女性は、数年後、思わぬ場所で元夫と再会して……。
元夫「中卒の貧乏人がオフィスビルに何の用だ?」私「画像送るね」→直後に絶句…私を見下し続けた元夫の末路

家庭の事情で中卒ながらも、起業を夢見ていた私。私のビジネスプランを聞いた翌日、なんと夫は離婚届を持って帰ってきたのです……。
独身時代から起業のための資金を貯め、真剣に準備を進めてきた私。夫にも迷惑をかけず、自分の力だけでやっていくつもりでした。
ただ、夫が以前からたびたび口にしていた言葉が、ふと頭をよぎります。
「同僚の奥さんって、やっぱりしっかりしてる人が多いんだよな。大手勤務とか、資格持ちとかさ」
「お前も、そのうちちゃんと働いてくれたら助かるんだけどね~」と、笑いながら言っていたけれど、あれは、本音だったのかもしれません。そして、私が起業の話を切り出した翌日、夫は険しい顔で帰ってきました。
「……お前、あの話、本気なのか?」
「もちろん。ずっと準備してきたし、ようやく形になりそうで――」
「やめとけよ、中卒で起業なんて。そんなことして、周りになんて説明すんだよ」
夫は明らかに苛立っていました。
「俺だって今、職場で責任あるポジションを任されてるんだぞ? 取引先との食事や紹介も増えてきてる。そんなときに『嫁は中卒で、しかも起業中です』なんて言えるかよ」
「……悪いけど、俺は『普通の家庭』が欲しかった。叶いもしない夢なんか追いかけてる嫁は、俺の人生計画にはなかったんだ。普通のちゃんとした奥さんが隣にいてくれる生活がしたかったんだよ」
「だからお前とはもう無理だわ……。離婚してくれ」
そう言って、夫は離婚届をテーブルに置きました。現実を突きつけられた私は、ただ呆然としてしまいました。それでも、何も言わずに諦めるなんて、あまりにも悔しすぎました。せめて話を聞いてくれる人が欲しかった私は、これまでずっと私の夢を応援してくれていた義母に相談することにしたのです。
味方だと思っていた義母の本心
私の夢が原因で、夫から離婚を切り出されたことを話すと、義母はとても驚いていました。
「ずっと準備してきて、ようやく形が見えてきたところなんです……。できれば夫にも私の夢を応援してもらいたくって……」
「お義母さんも、私の夢を応援してくれてましたよね? だから、お義母さんからも夫に話をしてもらえませんか?」
義母は一度うなずいてから言いました。
「そうね、あなたはいろんな補助金を探したり、勉強会に参加したり……。コツコツ真面目に頑張ってきてたわよね」
そして、「そう……でも……息子がそこまで言うなら、もう離婚したほうがいいのかもしれないわね」と言ったのです。
義母の豹変ぶりに驚き、私は言葉を失ってしまいました。対して義母は、どこか晴れ晴れとしたような口ぶりで続けました。
「正直ね、最初から少し無理してたのよ。うちの子には、もっと釣り合う相手がいたんじゃないかって……」
「息子は昔からまっすぐで、変なところで真面目だから。あの子が『離婚したい』って言うくらいなんだから、よほどあなたとの生活が合わなかったのね」
「あなた、努力してるのは分かるけど、現実って、頑張りだけじゃどうにもならないこともあるのよ」
「ごめんなさいね。でも本音を言えば、私ちょっとほっとしてるの。これでやっと、前に進める気がするのよ」
義母は私の夢を応援するように見せかけながら、内心では息子との離婚を望んでいたのです。理解者だと信じていただけに、私はひどくショックを受けてしまいました。
「……私の夢を応援してくれる人なんていないってことだけはよく分かりました」「それでも私は夢を諦めたくないので……となると、離婚しかないようですね」と言うと、義母はうれしそうに「あの子の人生、これ以上あなたに振り回されたくないのよ」「息子の言うとおり、離婚届にサインしなさい。復縁なんて考えないようにね」と言ってきました。
そして、私たち夫婦は離婚したのでした。
数年後に元夫と再会
数年後――。
「中卒の貧乏人がオフィスビルに何の用だ? 飛び込み営業かなんかだろ」
「さっきお前がうちの取引先の前をうろうろしてたの見かけたぞ」
私を見かけたらしい元夫からメッセージが届きました。どうやら、私のことをばかにしたいようです。相変わらずな元夫にため息をついていると、元夫は続けてメッセージを送ってきます。
「いやあ、うちの取引先がこの中に入っててさ。この地域で注目の成長企業なんだぜ。うちの部署が担当しててさ、俺が部長でまあ忙しくてさ~」と、自慢げに近況を語り出す元夫。
「そういえばさ、離婚後の起業で、借金抱えてるんじゃないのか? あ、今日は転職活動か? そういえば転職エージェントがあのビルに入ってるよな。中卒のお前は、どこも紹介してもらえないだろうけど」
「ちょっと、画像送るね。見てもらえる?」
いちいち説明するのも面倒だったので、私は名刺の写真をそのまま送ることにしました。
「え?」と驚く元夫に私は続けました。
「……私、このビルの上の階で会社を経営してるの。あなたの会社と進めてる共同プロジェクトの、うちの代表者として」
「……は? うそだろ……? お前が、うちの会社の取引先の代表……? 女社長っていうのは聞いてたけど、お前だったなんて……」
どうやら元夫は、離婚後に私が旧姓に戻っていたうえ、これまで代表者本人と直接顔を合わせる機会もなかったため、取引先の代表が私だとは気づいていなかったようです。
「そうよ。まさか、あなたの部署がうちの担当だったなんて、私も思わなかったけど」
離婚後、小さなアパートの一室で始めた事業でした。案件をコツコツこなすうちに信用を得て、1年後には法人化。今では全国展開も視野に入るまでに成長しました。
「『どうせ失敗する』『借金抱えても助けてなんかやるもんか』って、さんざんマイナスなことばかり言われて逆に燃えたわよ。というかその悔しさをバネにしてここまで来れたの。ありがとう」と言うと、元夫はさんざん見下してきた私の近況にショックを受けたのでしょう。しばらく、既読がついたまま何も返ってきません。かまわず、私は続けました。
「ところで、私たちはもう離婚して、今は仕事の場で再会しただけの関係よね」
「だからこそ、今後はお互い、節度ある対応を心がけましょう。午後の打ち合わせでは、取引先の一員として、よろしくお願いします」
翌日――。
「ちょっと! 息子から聞いたわよ! あなた、今社長なんですって!?」と元義母から電話が入りました。
「はい、そうですけど……それが何か?」と淡々と返すと、「あらやだ、そっけないわね~。でもすごいじゃないの、中卒でそんなに成功するなんて。ほんと、びっくりだわ~!」「私ね、あのころから思ってたの。あなた、根性だけはあるって。やっぱり見る目あったのね、私って!」と、調子のいい声が、電話越しに響いてきました。
「だってほら、起業の夢を語ってくれたとき、私、応援してたでしょ? あのときのアドバイス、効いたんじゃない?」「だから……役員席、空いているならひとつまわしてくれないかしら? 名前だけでもいいのよ。アドバイス料ってことで」
私はひと呼吸してから、静かに言いました。
「……私たち、もう他人ですよね。冗談はそのへんにしてください」と言うと、元義母の声色が少し変わりました。
「ちょっと! そんな冷たいこと言わないでよ! 一度は家族だった仲じゃない! 中卒なのは事実なんだし、私だって悪気があって言ったわけじゃないのよ? 息子のためを思って……!」
「この会社は私がゼロから築いたものです。あなたの名前を役員に加えるつもりも、今後関わる意思もありません」
その言葉を最後に、私は一方的に電話を切りました。
それから数週間――。
「なあ、最近お前の会社でポジション空いてるって噂聞いたんだけど……だったら俺を使わないか?」
突然、元夫からそんな連絡が来ました。
「え? 取引先の担当者が、私に直接持ちかけるような話じゃないでしょ」と私が言うと、「いいじゃん、そこはさ。俺だって一応経験あるし、部長までやってたんだぜ? お前の会社なら、すぐ戦力になると思うけどな?」
「……そういうことなら、正式に人事経由で書類を送ってちょうだい」と答えると、「なにその冷たい態度。まあ、いいや。じゃあさ、いっそ、専業主夫ってのもアリかもな。お前、忙しそうだし。俺が家のことやって支えてやるよ。今さらだけど、やり直すってのも……アリなんじゃないか?」と元夫。
私は心底あきれて「……あなたとよりを戻すわけなんてないでしょう?」と言いました。
その後、打ち合わせのたびに元夫の様子はどこかおかしく、話がうまくかみ合わないことが続きました。結果的に、彼はプロジェクトから外されることに。新しい担当者がやってきて、「社内で少し問題がありまして」とだけ言いましたが、それだけで十分でした。
新しい担当者は、打ち合わせの最後にふと漏らしました。
「……詳しい社内事情はお話しできないんですが、どうやら、まだ納得していないみたいで。社内では、『あれは俺の元嫁でさ』って、あちこちで言いふらしているらしくて」「これは独り言ですけど……正直あの人、最近はちょっと浮いてるんですよね。態度も空回ってるし、周りも気付いてるみたいで」
私は「そう」とただ静かにうなずくだけでした。必要なことは、もうすべて、周囲が見てくれているのだと感じたからです。あの日の決断を、私はこれからも誇りにして生きていこうと思います。
◇ ◇ ◇
誰かの何気ない言葉や評価に、自分の夢をあきらめたり、ちゅうちょしたりした経験は誰しもあるのではないでしょうか。けれど、他人のものさしと自分の価値は、本来まったくの別物です。まわりの声に揺れそうになったときこそ、自分がどうありたいかを静かに問い直してみることが大切なのかもしれませんね。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
いかがでしたか?
今回は、“貧乏人”と見下された女性たちが、自分の価値を証明するまでをご紹介しました。
ひとり親家庭や暮らしぶりを理由に参観日で母娘を見下されたり、中卒で起業を目指すことを夫や義母から否定されたり。どちらの女性も、お金や学歴といった表面的なものだけで価値を決めつけられ、深く傷つけられてしまいました。
けれど、人の価値は他人のものさしで決まるものではありません。心ない言葉に揺らぎそうになっても、自分が大切にしてきた思いや努力を信じて歩み続けることで、胸を張れる未来につながっていくのかもしれませんね。