見下される毎日
以前から同僚のC田と後輩のB美は、僕を毎日のように見下してきました。というのもふたりは高学歴を鼻にかけ、僕を勝手に格下だと決めつけていたのです。
「今日は弁当を持ってきたので遠慮します」と昼食の誘いを断るたび、「節約ばかりして寂しい人生だな」「そんな弁当で満足なの?」と笑われる始末。
僕が毎朝お弁当を作っていたのは、将来父の店を継ぐためでもありました。少しでも料理の腕を磨こうと、日々の弁当作りも料理の練習のひとつにしていたのです。そんな事情も知らずにからかうふたりをたしなめてくれたのが、1つ年上の先輩社員であるA子さんでした。
A子さんは「マウンティングするなんておかしいよ」と注意してくれましたが、ふたりは「先輩に守ってもらうなんて情けないですね」とさらに僕をからかうばかり。
そんななか、A子さんは僕の弁当を見て「すごくおいしそう」と笑顔で声をかけてくれました。これをきっかけに一緒に昼食をとることが増え、彼女のやさしさに支えられるうち、いつしか特別な存在になっていったのです。
父との別れ
しかし、穏やかな時間は長く続きませんでした。ある日、以前から持病を患っていた父が入院することになったのです。僕は心配で落ち着かない日々を過ごしていましたが、母は「できるだけ穏やかに過ごしてもらえるようにしよう」と気丈に振る舞い、父を支え続けていました。
その姿を見た僕は、落ち込んでいるだけでは父を安心させられないと考え、これまで以上に仕事に真剣に向き合うように。A子さんも「無理をしすぎないで」と励ましてくれました。
一方、父の見舞いや付き添いなどで定時に帰ったり休みを取ったりすることが増えた僕に対して、C田とB美からは「最近ずいぶん余裕だな」「もう出世は諦めたんですか?」などと嫌味を言われるように。
その後も父は治療を続けていましたが、次第に容体が悪化。そして、家族に見守られながら静かに息を引き取りました。
通夜には会社の上司やA子さんも参列してくれました。その際、父が長年愛され続けた料理店を営んでいたことや、僕がその店を継ぐ立場であることが周囲に伝わったのです。
事情を知ったB美が豹変!?
翌日の葬儀には、参列するとは聞いていなかったB美も姿を見せました。
僕が料理店を継ぐ立場だと知ったB美は、それまでとは打って変わって「先輩、大丈夫ですか? 私にできることがあったら何でも言ってくださいね」と親しげに話しかけてきたのです。
さらには、A子さんへ「先輩が店を継ぐって前から知っていたんですか? 資産目当てで近づいたんじゃないですか?」と言い放ったのです。
すると近くにいた母が「何か勘違いしているみたいだけど、夫は料理一筋の人です。あなたが想像しているような大きな遺産があるわけではありませんよ」と静かに告げました。
そして母はA子さんを見ながら「息子を支えてくださっていると聞きました。あなたのような方がそばにいてくださるなら心強いです」とほほえんだのです。B美は不満そうな顔でその場を離れていきました。
父の店を受け継ぐことに
後日、B美は葬儀に参列していた上司から、非常識な言動について厳しく注意を受けたそうです。
僕は会社を退職し、父が守り続けてきた店を正式に受け継ぎました。料理人として腕を磨きながら、父と同じように愛される店を目指して努力を重ねています。
現在は、A子さんが僕の店を手伝ってくれています。葬儀のあと、しばらくして交際へ発展した僕たち。交際を続けるなかで、A子さんは「同じ夢を追いかけたい」と言ってくれ、会社を辞めて新しい人生を選んでくれたのです。
料理に集中する僕を見守りながら、母は父の遺影に「料理だけじゃなく、人としてもずいぶん頼もしくなったわね。あなたも安心して見守っていてください」と語りかけていました。
父が遺してくれたのは店だけではなく、人を思いやる心と家族の絆でした。僕はこれからも父の思いを胸に、大切な家族とともに、この店と新しい人生を守り続けていきます。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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