入院した姉に代わり4歳のめいを育てる俺
俺は26歳の会社員です。高校生のころに両親を亡くして以来、4歳上の姉・ユウヒと支え合って生きてきました。
姉は大学を優秀な成績で卒業し、大手企業へ就職。両親を亡くした後も気丈に振る舞い、俺のことまで気にかけてくれる自慢の姉でした。
ところが5年前、姉は突然会社を辞めました。
理由を尋ねると、「おなかに赤ちゃんがいるの」と打ち明けられたのです。
相手の男性について詳しいことは話さず、ひとりで育てると言う姉。俺はそんな姉を放っておくことができず、「俺も一緒に育てるよ」と伝えました。
その後、めいのスバルが誕生しました。
姉は在宅で仕事をしながら、家事や育児にも懸命に取り組んでいました。しかし無理が重なったのか、数カ月前から食事が十分にとれなくなるほど体調を崩し、入院することになったのです。
それ以来、俺がスバルの世話をしています。
毎日のように一緒に過ごしているうちに、スバルは俺を「パパ」と呼ぶようになっていました。
ある日、姉のお見舞いを終えて病室を出たところ、見知らぬ女性に声をかけられました。七沢マイさんという、姉の以前の職場の後輩でした。
姉は会社を辞めてから以前の職場の人たちとはほとんど連絡を取らなくなっていましたが、マイさんは姉のことをずっと気にかけていたそうです。最近になって再び連絡を取るようになり、何度か病院へも来ていたと知りました。
今でも姉を慕ってくれる人がいることを、俺はうれしく思いました。
上司の責任を押し付けられ会社を解雇
勤務先には家庭の事情を説明し、なるべく定時で帰れるよう配慮してもらっていました。俺もその分、限られた時間で結果を出そうと努力し、新しい契約を取るなど仕事には真剣に取り組んでいました。
しかし、直属の部長だけは俺の働き方を快く思っていないようでした。
ある日の夜、帰ろうとしたところ、部長から急に来社した大口取引先のためにコーヒーを買ってくるよう頼まれました。
スバルのお迎えの時間が気になりましたが、俺は急いでカフェへ向かい、会議室までコーヒーを届けました。
ところが参加者へ配っている最中、高級そうなスーツを着た男性が突然立ち上がり、その拍子にコーヒーがかかってしまったのです。俺は慌てて謝罪しました。
その男性と一緒に会議へ参加していたのが、以前病院で会ったマイさんでした。マイさんは「こちらにも非があります」と俺を気づかい、スーツについても心配しなくていいと言ってくれました。
しかし翌日、部長から突然、
「お前のせいで契約が打ち切りになった!」
と責められました。
同僚に事情を聞くと、契約はもともと部長自身の不手際によって難航していたことが判明しました。それにもかかわらず、部長は前日の出来事を利用して俺に責任を押し付けようとしていたようです。
俺は納得できないと訴えましたが、部長が社長の親族だったことも影響したのか、数週間後、会社から解雇を言い渡されました。
姉は入院中で、スバルの生活もあります。
急いで次の仕事を探さなければならないと思っていたころ、元同僚から「七沢さんが連絡を取りたがっているけれど、番号を教えてもいいか」と連絡がありました。
俺が了承すると、マイさんから電話がかかってきました。
解雇された事情を知った彼女から、「もしまだ次の仕事が決まっていなければ、うちの会社を受けてみませんか」と誘われたのです。
俺はありがたく、その話を受けることにしました。
4歳のめいを連れて面接を受けることに
ところが面接当日の朝、スバルがどうしても俺から離れようとしませんでした。俺が仕事を辞めてから一緒に過ごす時間が増えたせいか、「保育園に行かない」と泣いてしまったのです。
なだめても落ち着かず、預けるのに時間がかかってしまい、このままでは面接に間に合いそうにありません。
困ってマイさんへ事情を連絡すると、「一緒に来ても大丈夫ですよ」と言ってもらえました。そこで俺は、スバルを連れて面接へ向かいました。
面接では、前職で担当していた仕事や契約を取った経験、姉が入院しているため現在はめいを育てながら働いていることなどを説明しました。
子どもを連れて面接を受けることになった申し訳なさと、早く仕事を決めなければという焦りもあり、かなり緊張していたと思います。
緊張と焦りで頭が真っ白になった俺は、最後には思わず
「何でもします。どうか雇ってください!」
と頭を下げていました。
面接を終えたときは、正直「これは難しいかもしれない」と感じていました。
ところが数日後、会社から採用の連絡をもらったのです。
入社初日には、面接に関わった人から「採用は満場一致だった」と聞かされ、驚きました。
そして、さらに驚いたことがありました。社内で役員を紹介された際、以前俺がコーヒーをかけてしまった男性と再会したのです。
彼は七沢CEO。マイさんの兄であり、会社を率いる人物でした。
俺は改めてコーヒーの件を謝りましたが、CEOは自分が急に立ち上がったことも原因だったとして、まったく気にしていないと言ってくれました。
新しい職場では俺の家庭事情にも理解を示してもらえました。会社へ相談した結果、スバルも社内の保育室を利用できることになり、仕事にも集中しやすくなりました。
その後、姉は無事に退院しましたが、しばらくは自宅で療養が必要な状態でした。
マイさんとも仕事で顔を合わせる機会が増えました。
ある日、保育室を案内してもらっている途中、マイさんが床にあったミニカーを踏んで転びそうになり、俺がとっさに抱き留めたこともありました。
最初に会ったときからきれいで気づかいのできる人だと思っていましたが、一緒に働くうちに、俺は少しずつマイさんを意識するようになりました。
一方、七沢CEOについて気になる出来事もありました。
ある日、俺がスバルを迎えに行ったときのことです。俺を見つけたスバルがいつものように「パパ!」と呼びながら駆け寄ってきました。
すると近くにいたCEOの目から、突然涙がこぼれたのです。どうしたのだろうと思いましたが、プライベートなことを俺から尋ねることはできませんでした。
CEOから明かされためいの父親
転職から半年ほどたったころ、仕事の関係で以前の会社の人たちと顔を合わせる機会がありました。そこには、俺を解雇へ追い込んだ元部長もいました。
俺を見るなり嫌みを口にした部長でしたが、その場にいた七沢CEOが、「彼はうちで非常によく頑張ってくれています」と俺をかばってくれました。
さらに後から聞いた話では、以前の契約が破棄された本当の原因は、部長が契約内容を別会社の社員に話し、機密情報が漏れかねない事態を招いたことだったそうです。
つまり、俺がコーヒーをこぼしたことが原因ではありませんでした。自分が責められ続けていた理由が事実とは違っていたと知り、ようやく胸のつかえが取れた気がしました。
それからしばらくして、マイさんから「兄から話したいことがある」と言われ、3人で会うことになりました。
そこでCEOから告げられたのは、思いもしなかった事実でした。
「スバルの父親は、私なんだ」
6年前、マイさんの紹介で姉と知り合ったCEOは、やがて姉と交際するようになったそうです。
しかしある日、姉はCEOが別の女性と食事をしているところを目撃しました。
その女性は家同士に付き合いがあり、両親から結婚を勧められていた相手だったそうです。CEO自身には結婚する意思はなかったものの、事情を知らない姉は別れを決意。その後、会社を辞めてCEOとも連絡を絶ちました。
姉は妊娠していることも告げなかったため、CEOは長い間、スバルの存在を知らなかったといいます。
今回、マイさんが久しぶりに姉と連絡を取るようになり、病院でスバルの存在を知ったことから状況が変わりました。
マイさんからその話を聞いたCEOが姉と連絡を取り、そこで初めてスバルが自分の娘だと知ったのです。ただ、姉との間でまだ話し合うべきことが残っていたため、俺にはすぐに打ち明けられなかったそうです。
スバルが俺を「パパ」と呼んだとき、CEOが涙を流した理由もようやくわかりました。
その後、姉とCEOは何度も話し合い、少しずつ過去の誤解を解いていきました。
姉の体調が回復するにつれ、笑顔が増えていったのも、CEOとの関係を修復できたことがひとつのきっかけだったようです。
やがて二人は復縁し、その後結婚しました。
俺とマイさんの関係にも変化がありました。
マイさんは以前から姉に俺の話を聞いており、「真面目で頑張り屋の弟がいる」と聞いていたそうです。解雇されたと知って声をかけてくれたのも、困っているなら力になりたいと思ってくれたからでした。
一緒に働く中で俺のほうもマイさんへの気持ちが強くなり、俺から思いを伝えました。
今では、俺たちも交際しています。
スバルは長い間俺を「パパ」と呼んできたため、今でもその呼び方が出ることがあります。そんなとき、本当の父親であるCEOが少し複雑そうな顔をすることもありますが、今ではそれも家族の笑い話になっています。
まとめ
仕事を失ったときは、この先どうやって姉とめいを支えていけばいいのか不安でいっぱいでした。しかし、人との縁をきっかけに環境は大きく変わりました。思い込みやすれ違いをそのままにせず、きちんと言葉を交わすことの大切さも感じた出来事です。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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