お客さまによって接客態度を変える店長
A田さんは、お客さまの服装や持ち物によって接客態度を変える人でした。若いお客さまやラフな服装で来店されたお客さまには「あなたが対応して」と私たちに任せる一方、ブランド物の服やバッグを身に着けたお客さまが現れると、すぐに売り場へ出てきます。
それどころか、私たちがすでに接客していたお客さままで、自分の担当にしてしまうのです。
ある日、私が「店長、私がご案内していたお客さまなのですが……」と伝えると、「高額商品をお求めのお客さまは、店長の私が担当したほうが安心でしょう? 接客はチームワークなの! 誰が売ったかなんて関係ないのよ」と言われ、それ以上は反論できませんでした。
私たちは、店長の言う「チームワーク」に疑問を抱いていました。しかし、私たちが何か言うたびに、店長は「悔しかったら、あなたも1千万円くらい売ってみなさいよ!」と言い放つばかり。私は、そんな店長の接客態度に不信感を募らせていました。
店長が追い返した女性
そんなある日のことです。外は朝から雨が降っていました。私が売り場の整理をしていると、1人の高齢女性が店に入ってきました。女性は古びたコートを着ており、靴は雨で濡れ、コートの裾には泥がついていました。
私は「いらっしゃいませ。大丈夫ですか?」と声をかけました。すると、女性は「さっき外で転んでしまってね。少し休ませてもらえないかしら」と申し訳なさそうに答えました。「おけがはありませんか?」と尋ねると、女性は「大丈夫よ。少し驚いただけだから」とのこと。私は女性を店内のソファへ案内し、温かいお茶を差し出しました。
ところが、そのときです。事務室から出てきたA田店長が、ソファに座る女性を見つけ、険しい表情で近づいてきました。
「ちょっと! 何をしているの!? ここは高級ジュエリーショップなのよ! 買う気もない人を勝手に店に入れないでちょうだい!」
私は慌てて「店長、こちらのお客さまは外で転んでしまったそうで、少し休んでいただいていたんです」と説明しました。しかし、A田店長は「だったら、ほかの場所で休んでもらえばいいでしょう! お店の雰囲気が悪くなるじゃない!」と聞く耳を持ちません。
さらに、女性の服装を見ながら、信じられない言葉を口にしたのです。
「あなた、どうせ高い宝石なんて買えないんでしょう? ここは休憩所じゃありませんから、お帰りください!」
私は思わず「店長! お客さまに対して失礼です! 困っている方を少し休ませて差し上げるくらい、いいじゃないですか!」と言い返しました。
すると、女性は静かに立ち上がり、「もう大丈夫よ。お嬢さん、親切にしてくれてありがとうね」と私に声をかけました。私は申し訳ない気持ちでいっぱいになり、女性に頭を下げました。すると、女性は穏やかな笑顔で「あなたが謝ることはないわ。また来るわね」と言い残し、店を出ていったのです。
その後、A田店長は「次からは、ちゃんとお客さまを見て対応してちょうだい!」と私を叱りました。私はこれ以上言い争っても仕方がないと思い、その場では黙って仕事に戻りました。しかし、お客さまの服装だけで判断し、あんな言葉を投げかける店長の姿が、どうしても頭から離れませんでした。
再来店した女性の正体
翌日、開店してしばらくすると、昨日の女性が再び来店されました。昨日とは違い、服も靴も雨に濡れておらず、落ち着いた様子でした。
私はすぐに「昨日は大丈夫でしたか? おけがはありませんでしたか?」と声をかけました。すると女性は「ええ、おかげさまで。昨日はありがとう。今日は指輪を見せていただける?」と笑顔で答えました。
私は女性の好みやご予算を伺いながら、いくつかの指輪をご紹介しました。すると、「以前から、記念になるような特別な指輪を探していたの」とおっしゃり、大きなダイヤモンドがあしらわれた指輪を気に入られたのです。
「これにするわ。サイズを合わせていただける?」
その指輪は、約1千万円もする高額商品でした。私は驚きながらも、サイズ調整やお渡しまでの流れをご説明し、購入手続きを進めようとしました。
ところが、そこへA田店長が現れたのです。
「まあ! こちらの指輪をお気に召したんですね! それでしたら、私が詳しくご案内いたしますわ!」
昨日とは打って変わった態度で私と女性の間に割って入り、「あなたはほかの仕事をしていてちょうだい」と、私にその場を離れるよう指示しました。
すると、女性が静かに口を開きました。
「いえ、私はこの方に最後まで接客していただきたいの。昨日、雨で濡れていた私に親切にしてくださったのよ。あなたには帰るように言われたけれどね」
A田店長は一瞬言葉に詰まり、「そ、それは……」と困惑した様子でした。そこへ、オーナーが店に入ってきました。女性の姿を見つけると、「母さん、今の話、どういうこと?」と声をかけました。
「えっ……お母さま!?」
私もA田店長も、思わず声を上げました。なんとその女性は、オーナーのお母さまだったのです。話を聞くと、オーナーはこの日、母親の買い物に付き添う約束をしていたそうです。
母親から前日の出来事を聞いたオーナーは表情を曇らせ、A田店長に「今の話は本当なのかい?」と確認しました。すると、A田店長は慌てて「い、いえ! お母さまだとは知らなくて……!」と弁解しました。
しかし、オーナーの母親は「私が誰の母親かなんて、関係ないでしょう? 昨日は私の服装を見て、宝石なんて買えないだろうと言ったわよね」と、静かに言い返したのです。A田店長はみるみる顔を青ざめさせ、何も言い返せず、うつむいてしまいました。
オーナーは私にも昨日の状況を確認したうえで、「お客さまの服装や肩書で態度を変えるような接客を、私は従業員に求めていない」とA田店長に告げました。さらに、私には「母が世話になったね。ありがとう」と感謝の言葉をかけてくれたのです。
私は、ようやく昨日の出来事を理解してもらえたことに、少しほっとしました。
店長の接客態度が問題となり、思わぬ展開に
その後、オーナーはほかの従業員にも話を聞き、A田店長が以前からお客さまの服装や持ち物によって接客態度を変えていたことを確認しました。A田店長本人にも事情を聞いたうえで、オーナーは店舗運営を見直すことを決定。A田店長は店長の職を解かれ、別の部署へ異動することになったのです。
その後、私は店長代理として店舗運営を任されました。慣れない業務に戸惑うこともありましたが、オーナーや同僚たちに支えられながら、接客だけでなく、売り上げや在庫の管理、スタッフの指導などにも取り組みました。そして数カ月後、正式に店長へ昇格したのです。
現在は、従業員同士で協力しながら、どのようなお客さまにも気持ちよくお買い物を楽しんでいただける店づくりを心がけています。
あの日、女性がオーナーのお母さまだとは知らず、私はただ、目の前で困っている方の力になりたいと思っていました。結果的に、それが信頼につながったことは、販売員として忘れられない経験になりました。
店長となった今も、目先の売り上げやお客さまの肩書きにとらわれず、一人ひとりと誠実に向き合う気持ちを大切にしたいと思っています。
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店長の接客態度に疑問を抱いていても、立場の違いから意見を伝えにくかった主人公たち。今回の出来事をきっかけに、ほかの従業員の声もオーナーに届き、店舗運営を見直すことにつながりました。職場で感じる違和感を個人の不満として片付けず、複数の視点から状況を確認することが、働く環境を改善するきっかけになるのだと感じさせるエピソードでした。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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