同級生「あんたのママ老けてるね」高齢出産の母を笑われた娘…→授業参観でクラスの空気が一変したワケ

私は53歳。社会人になったばかりの23歳と、小学2年生の8歳、2人の年の離れた姉妹を育てています。夫は次女を授かってすぐに病気が見つかり、彼女が1歳のときに他界。以来、女手一つで娘たちを育てるため、昼は工場、夜はファミレスで働く多忙な日々を送っていました。
そんななか、老朽化により住んでいた家を離れ、新しいマンションへ引っ越すことに。そこで出会ったある母娘が、次女の生活に影響を与えることになるとは、そのときは思いもしませんでした。
引っ越して間もないころ、マンションのエントランスで、次女と同じくらいの女の子2人、その母親らしき若い女性2人の4人組とすれ違いました。
引っ越し先で出会った母娘たち
若い女性たちの声が大きく、自然と会話が耳に入ってきます。子どもを家に残して外出する予定の話でした。
通りがかった私たちに気付き、彼女たちは「あら~、こんにちは!」と長女に声を掛けてきました。
「ママさん、若いわねぇ」
よくある勘違いでした。長女が「いえ、こちらが私たちの母です」とほほ笑んで説明すると、2人は驚いた様子で私を見ました。
「やば! ママ老けてるね」「おばあちゃんかと思ったわ」
今までに何度も言われているとはいえ、胸の奥が少しだけ痛みました。「ごめんね」と心の中で娘に謝りながら、軽く会釈をしてその場を離れましたが、背後から笑い声が聞こえてきたのを、私ははっきりと覚えています。
泣きながら帰ってきた次女
それから数週間後のこと――。
学校から帰ってきた次女が、泣きながらリビングに入ってきました。
「どうして他のママは若いのに、うちのママは若くないの?」
そうひと言だけ言って、自分の部屋に閉じこもってしまったのです。
おそらく、同じマンションの子どもたちから何か言われたのでしょう。心当たりはありました。
45歳で次女を出産したとき、いつか年齢について何か言われる日が来るかもしれない……そう覚悟していたはずだったのに……。それでも、実際に娘の口からその言葉を聞いたとき、想像以上に胸にこたえました。
次女の部屋からはまだすすり泣く声が。気付けば、私も涙が止まらなくなっていました。
そのタイミングで帰宅した長女に事情を話すと、「私が話してみるね」と言って、次女の部屋へ向かってくれました。
しばらくして、長女と手をつないで次女が部屋から出てきました。目は真っ赤に腫れています。
なんと声を掛ければいいのか迷っていると、次女は私のもとへ駆け寄ってきました。
「ごめんね……私、ママのこと大好き」
そう言って抱きついてきたのです。
どうやら次女は、学校で同じマンションに住む同級生から私の年齢についてからかわれ、気持ちが揺れてしまっていたようでした。
翌日、私はマンションで例の母親たちに会った際、事情を説明し、子どもたちに注意してもらえないかとお願いしました。しかし返ってきたのは……。
「うちの子たちが悪いって言うの?」
「それって事実でしょう?」
こんな冷たい言葉ばかりで、話し合いにすらなりませんでした。
その後、同じマンションの別の住人から聞いたのですが、私は彼女たちから陰で「初老」などと呼ばれていたそう。私自身よりも、次女への影響のほうが気がかりでした。
授業参観で起きた出来事
数日後、授業参観がありました。
私が行ったら、次女はほかの同級生にまで何か言われるかもしれない……そう思いましたが、担任の先生に相談できるいい機会かもしれないと思い、次女の教室へ向かったのです。
教室に入った瞬間、「あ、あの人でしょ」と小声が聞こえました。やはり来るんじゃなかった……と思いながら、ほかの保護者たちとなるべく距離を取り、教室の隅のほうで次女の様子を見ることにしました。
その日の授業は、作文の発表でした。テーマは「私のお母さん・お父さん」。
やがて、次女の番が来ました。
次女は、私が高齢で次女を出産したことや、医師からリスクを指摘されていたこと、そして当時、闘病中だった夫が生まれてくる命を楽しみにしていたことを、ゆっくりと読み上げていきました。
さらに、体力がなく思うように遊んであげられずに私が悩んでいたことや、「そんな中でも一生懸命育ててくれてありがとう」と感謝も綴られていました。
そして最後に、こう締めくくったのです。
「私はお母さんの子どもに生まれて、とても幸せです」
教室は静まり返り、やがてあちこちからすすり泣きが聞こえてきました。
授業後の懇談会では、保護者の方から「子ども同士の言葉であっても、きちんと指導すべきではないか」と意見が出ました。担任の先生も真摯に受け止めてくださり、その後、クラスの雰囲気は少しずつ落ち着いていったのです。
ちなみに、次女の作文は、学校の代表としてコンクールに提出されることになりました。
◇ ◇ ◇
年齢は変えられません。しかし、子どもとの時間や愛情は、どんな年齢であっても変わらず積み重ねていけるものだと、私はこの出来事を通して実感しました。
誰に何を言われても、「お母さんの子でよかった」と言ってもらえたこと。それだけで、これまでのすべてが報われた気がしています。
これからも、夫が大切に思っていた娘たちを、精いっぱい育てていきたいと思います。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
1つ目のエピソードでは、母親の年齢をからかわれて傷ついた娘が、授業参観の作文で母への思いを伝えました。娘のまっすぐな言葉は、母の心だけでなく、教室の空気まで変えるのでした。
続く2つ目のエピソードでは、家事や育児に向き合わず、朝帰りを繰り返す夫に悩まされていた女性が登場します。そんなある日、娘が安心できるはずの自宅で、見知らぬ女性を目撃してしまい……。
「ママ、家に入れない…」早退した娘からのSOS!⇒妻の不在を狙う夫、やばすぎる秘密とは?

結婚して十数年。看護師として働く私は、娘が中学校へ進学したのを機に、フルタイム勤務へ切り替えることにしました。
早番や遅番、さらには夜勤もこなしながら、家事と育児を両立させる過酷な毎日。それでも夫は「家事は自分には向かない」と言うばかりで、一切協力してくれませんでした。
さらに、娘が成長して自分のことを自分でできるようになるにつれて、夫は何かと理由をつけて家を空けるようになっていったのです。
気付けば、夫の朝帰りはすっかり習慣に……。1カ月に10回以上も、夜明けに鍵の音がしたかと思うと、泥酔してふらりと玄関に倒れ込んでくる日々が続いていました。
ある日の明け方などは、階段で足を踏み外し、大きな音を立てて尻もちをついていました。朝5時過ぎ、驚いて廊下に出た私の前には、床に座り込んだ夫の姿。足には青いあざができていましたが、本人は翌日になるまで気付いていなかったほどの泥酔ぶりでした。
「飲みすぎただけだよ」と笑い飛ばす夫に、私は声を荒らげる気力も失っていました。仕事の付き合いだ、接待だ、と夫は言います。休日さえも家を空けることが続き、家族で食卓を囲む機会はほとんどなくなっていたのです。
親子の間にできた溝
高校生になった娘は、料理も朝の支度も、私がいない日は1人でやってのけます。そんな娘は、酔っ払って朝帰りばかりする夫を白い目で見ていました。何かを言うわけでもなく、ただ静かに目を伏せる。その様子が、私には何よりつらかったのです。
かつて小学生だった娘と笑い合っていた夫の姿はもうなく、今では2人が言葉を交わすことはほとんどありません。
育児に向き合ってこなかった月日は、親子の間にたしかな溝を作っていました。
娘「家に入れない」
ある日、娘は体調が悪かったようで、一度は登校したものの、昼前に早退するとの連絡がありました。私は急いで仕事を切り上げ、「仕事終わったらすぐ帰るから、家で寝ててね」と娘にメッセージを送り帰宅の準備を進めていたのです。
そんな中、私より早く家に着いた娘からメッセージが届きました。「ママ、怖くて家に入れない。玄関を少し開けたら、中に知らない女の人がいる」その文字を読んだ瞬間、全身が冷えました。
リビングの奥に、見知らぬ女性がいたというのです。娘はすでに家から離れ、近くのコンビニへ逃げているとのことでした。
私はまずコンビニへ駆けつけて娘を保護し、警戒しながら一緒に帰宅しました。しかし家の中には不審者はもうおらず、リビングには夫がいました。
夫は「娘の見間違いではないか?」と笑いましたが、私にはある心当たりがありました。
家にいた不審な女性の正体
私がフルタイム勤務を始めてすぐのころ、夫の様子が明らかに変わったため、実は調査会社に素行調査を依頼していました。
そこで発覚したのが、不倫相手の存在です。不倫の事実自体はすでに把握していましたが、まさか私の不在を狙って、自宅にまで不倫相手を連れ込み、密会していたとは思いもしませんでした。
私が問い詰めると、夫は「今はもう別れている。先月自分から終わらせたが、今日は話があるというから家に呼んだだけだ」と釈明。相手の束縛が激しくて嫌気がさしたなどと言い訳を並べますが、何年もの間、家族を裏切って関係を続けていた事実は変わりません。
私は、「これ以上、一緒にはいられません」と、はっきりと自分の意思を伝えました。
娘もまた、夫に対して自分の言葉で気持ちを伝えていました。安心できるはずの家に見知らぬ人が入ってきた恐怖、そして父親としてはもう一切信頼していないという事実を、淡々と、しかしはっきりと……。
その言葉の重さは、夫の耳にも痛いほど届いていたはずです。
拒まれた夫
夫は土下座をして謝罪し、もう一度だけチャンスをくれと繰り返しましたが、娘は首を縦に振りませんでした。私もまた、同じです。
育児にも家事にも向き合わず家族を欺き続けていた、その事実の前では、謝罪の言葉はあまりに軽く感じられたのです。
離婚に向け、慰謝料と毎月の養育費について話し合いが行われ、夫は渋りながらも同意しました。逃げられないよう合意内容は公正証書に残し、離婚届に判を押させ、手続きは粛々と進み、離婚は成立しました。
娘は「パパには会いたくない」というので、その意思を尊重しています。無理もありません。まだ子どもである娘を傷つけた罪を、夫にはしっかりと償ってもらいたいと思っています。
◇ ◇ ◇
親の裏切りは、夫婦間だけの問題ではありません。子どもにとって、安心できるはずの家庭が揺らぐきっかけになることもあります。子どもの信頼を失うことの重さを、改めて考えさせられますね。
失ってから後悔することのないよう、一番身近にいる家族を何よりも大切にしたいものです。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
いかがでしたか?
今回は、娘の言葉や姿を通して、母たちが家族のあり方を見つめ直した体験談をご紹介しました。
母親の年齢をからかわれた娘が、授業参観で母への思いを伝えたり、父親の裏切りによって安心できるはずの家に入れなくなった娘が、自分の気持ちをはっきり伝えたり。どちらの母も、娘のまっすぐな言葉や姿を通して、大切なものに改めて気付かされました。
子どもの言葉には、親が気付かなかった痛みや、本当に守るべきものを教えてくれる力があります。つらい出来事に直面したときこそ、子どもの気持ちを置き去りにせず、安心して過ごせる環境を一緒に守っていきたいですね。