ちょうどそのころ、私は上司から昇格の打診を受けていました。昇格すれば給料は大きく上がり、私の収入だけでも十分生活していけます。
一方、夫は就職活動にあまり身が入っていない様子で「家のことなら自分のほうが向いているかも」とこぼすこともありました。そこで私は、「専業主夫になってみない?」と提案してみたのです。
すると夫はぱっと表情を明るくし、「家族のためならいくらでも頑張れる」と言ってくれました。この人が無理をせず笑って暮らせるなら、それでいい——そう思って下した決断でした。
積もっていく違和感
最初の数カ月、夫は本当によく家事をこなしてくれました。私は管理職になって仕事に打ち込み、家のことは夫に——。良いバランスだと思っていました。
一方で、不妊治療はうまくいきませんでした。初めての移植の結果は陰性。落ち込む私に、夫は「昇格したばかりで大変だろうし、治療は少し休もう」と言いました。私を気づかってくれているのだと、そのときは受け止めていました。
そんな中、夫はスマホを肌身離さず持ち歩くようになり、日中の外出も増えていきます。生活費用に渡していたカードの明細にも、見覚えのない店の名前が目立つようになりました。
さらに義母と電話で話した際には、夫に手続きを任せて毎月送っているはずの仕送りを、受け取っていないと言われてしまったのです。
夫に尋ねても、振込がうまくいっていなかったのかもしれないと、はぐらかされるばかり。確証がないまま、私もそれ以上踏み込めずにいたのです。
届いた一通のLINE
専業主夫生活が始まって1年半ほど経った平日の午後のことです。仕事中に、夫からLINEが届きました。
「病院着いたよ! もう産まれる? ついに俺の子どもが産まれるのか〜!」
画面を見つめたまま、しばらく動けませんでした。何のことかと返すと、友だちに送るつもりだったという言い訳が返ってきます。けれど、たしかに「俺の子ども」とはっきり書いてあるのです。
正直に話してほしいと送ると、既読がついたまま返信が止まりました。
ようやく届いたのは、短い一文。「浮気してました」
相手は行きつけの飲み屋で知り合った女性で、今まさに出産を迎えようとしているところだというのです。
カード明細の違和感も、届いていなかった仕送りも、治療を休もうと言われたことも、一気につながりました。私が授かれなかった子どもを、夫は外でもうけていたのです。
怒りより先に、自分の何がいけなかったのかという思いが押し寄せ、手が震えました。
それでも、ひとつだけははっきりしていました。
「生まれてくる子には何の罪もない。早く彼女のそばに行ってあげて。私たちのことは、弁護士に相談してきちんとします」その夜は一睡もできませんでした。
記録を集め、専門家へ
翌朝、私はカードの利用明細をさかのぼって印刷し、心当たりのない支出を日付と金額ごとに書き出しました。
義母にも改めて連絡し、仕送りが一度も届いていなかったことを確認しています。私の収入から出ていた生活費と仕送りは、長いあいだ相手の女性の生活に回っていたのです。
数日後、まとめた記録を持って弁護士のもとを訪ねました。離婚するかどうか、まだ迷っていたからです。
また、相手の女性が夫を既婚者だと知っていたのなら、相手にも慰謝料を請求できる可能性があるとも教わりました。まずは夫に事情を聞き、そのうえで判断することにしたのです。
話し合いの席で
後日、夫と向き合って話し合いの場を持ちました。私が明細の写しを差し出すと、夫は顔色を変え、相手がつわりで働けなくなって困っていたから、と言い訳を始めます。
「相手の女性はあなたが結婚していることを知っていたのか」と尋ねると、夫は小さくうなずきました。既婚者であることは最初から伝えていて、彼女は「それでもいいから産みたい」と言っていたそうです。
私が黙って記録をめくっていくと、夫はやがてうつむき、ぽつりと漏らしました。
「バレるとは思わなかったから……」
その言葉を聞いた瞬間、「私たちの関係は終わったのだ」と確信しました。治療を続けたいと願っていた日々も、家のことを任せて安心していた時間も、この人にとってはその程度のものだったのだと思えたのです。
「離婚してください」
夫は、離婚になるとは考えてもいなかったようで、しばらく言葉が出ない様子でした。それでも私の気持ちが変わらないとわかると、最後には離婚を受け入れました。
話し合いは弁護士を交えて進められ、協議離婚が成立しました。財産分与は使い込んだ分を踏まえて整理され、慰謝料は元夫が分割で支払うことで合意しました。
相手の女性に対しても、産後の体調が落ち着くのを待って弁護士を通じて慰謝料を請求し、支払いに応じてもらうことで決着しました。
その後
離婚から数カ月後、元夫から一度だけ長いLINEが届きました。相手の女性と再婚し、昼の仕事と夜のアルバイトを掛け持ちしながら慰謝料を支払っていること。実家の両親とも距離ができてしまったこと。そして、今になって後悔していると書かれていました。
私は、ご家族を大切にしてくださいとだけ返し、それ以上関わらないことに決めました。
私はというと、友人の紹介で、5歳の娘さんを育てるシングルファザーの男性と出会いました。今は結婚を前提にお付き合いをしています。照れながら手を握ってくれる娘さんとの時間を大切にしながら、穏やかな毎日を過ごしています。
◇ ◇ ◇
「バレるとは思わなかった」――この言葉の裏には、「隠しとおせば相手を傷つけずに済む」という身勝手な思い込みがあったのかもしれません。妻の信頼を裏切る選択を陰で重ねていた夫の姿には、やりきれなさが残ります。
夫婦関係は、互いに見えない場所でも相手を思いやり、誠実でいられるかどうか——そんな信頼の上に成り立っているものです。
何年もかけて築いた信頼も、失うのは一瞬です。「これくらいなら大丈夫」と誠意を軽く扱った代償は、それまでの穏やかな日常を手放すほど大きなものになるでしょう。相手から寄せられる信頼を当たり前だと思わず、日ごろから誠実に向き合い続けることが大切なのかもしれませんね。
【取材時期:2026年8月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。