しばらくして、夫がぽつりと言いました。「いっそ専業主夫になっちゃダメかな? 家のことは全部やるから」
私の収入で生活は成り立ちますし、何より夫に元気を取り戻してほしい——私はその提案を受け入れました。
料理教室に通い始めた夫は見違えるように明るくなり、毎朝お弁当を持たせてくれるように……。主夫になってよかったと、本気で思っていました。
義母への仕送り
主夫になって半年ほどたったころ、夫が神妙な顔で言いました。
「母さんが投資で貯金のほとんどを失ったらしい。月10万くらい仕送りしてやりたいんだ」
あの慎重な義母が……と驚きましたが、義母は結婚のあいさつのとき、私の仕事を真っ先に応援してくれた人。困っているなら助けたいと思い、毎月その分を家計用の口座に入れ、振り込みは夫に任せることにしました。
「母さん、プライドが高いだろ? 嫁に知られたと分かったら傷つくから、絶対にこの話はしないで」
義母の気持ちを思えばもっともだと、私はその言葉どおり、本人の前では一切この話をしないと決めました。
仕送りを始めて半年ほどたつと「物価も上がってるから」と15万円への増額を頼まれ、夫はスマホを伏せて置くようになりました。義母に会いに行こうと言うと、話をそらされることも。違和感はあったのに、私は忙しさにかまけて見過ごしていたのです。
「絶対に来るな!」
仕送りを始めて10か月ほどたった夜、夫から「母さんが倒れて救急搬送された」と連絡がありました。
私も向かうと返すと――
「いいって言ってるだろ! 絶対に来るな! 俺の母親のことなんだから、黙って従ってくれ!」
普段は声を荒げる人ではありません。なぜあそこまで拒むのか――眠れない夜を過ごした私は、翌日、同僚に外来を代わってもらい、義母の病院へ向かいました。
病室で知った真実
義母は脱水と不整脈で倒れたものの、数日の検査入院で済むとのこと。義母は「お仕事を休ませてしまって、ごめんなさいね。最近、節約しようと思ってちょっと頑張りすぎちゃったみたいで……」と、申し訳なさそうに呟きました。
「お互いさまですから気にしないでください」そう答えつつも、私はふと胸に引っかかるものを感じて「もしかして、仕送りが足りていませんでしたか?」と尋ねました。
すると義母は首をかしげて「仕送り……? 何のこと? 」と言います。
その言葉に、全身からすっと血の気が引いていくのが分かりました。これまでの経緯を話すと、義母の表情はみるみる険しくなり、その場で夫に電話をかけて病室へ呼び出したのです。
病室に現れた夫を二人で問い詰め、スマホの振込履歴を見せるよう求めると、振込先は見知らぬ女性の名前でした。観念した夫が打ち明けたのは、料理教室で知り合った女性と関係を持ち、妊娠までさせていたという事実。
一瞬、何を言われているのか理解できませんでした。「払わないと奥さんに関係をバラす」と言われ、仕送りと偽って、私が入れたお金をその女性に渡していたといいます。
夫の話では、相手の女性も夫が既婚者だと知っていたそうです。
「正直、子どもを養うなんて俺には無理だよ……」と呟く夫……。私は「子どもには何の罪もないの。父親として責任を果たして」と強く言いました。
義母は私に深く頭を下げ、「育て方を間違えました」と謝ってくれました。そして夫には「あなたとは縁を切ります」と告げたのです。
夫を心配し、信じてきたこの10か月が、すべてうその上に成り立っていた——そう思うと、怒りよりもむなしさがこみ上げてきました。
「離婚します。今後は弁護士を通してお話しします」
その後
弁護士に相談しながら話し合いを進め、仕送り名目で使われたお金は、財産分与の中で考慮してもらう形で離婚が成立しました。相手の女性にも弁護士を通じて慰謝料を請求し、支払いを受けています。
元夫はその女性と再婚し、慣れない仕事で余裕のない毎日を送っていると義母から聞きました。義母は「孫に罪はないから」と相手方のご両親と連絡を取っていて、お子さんは近くに住む祖父母にかわいがられているそうです。
今振り返ると、小さな違和感をそのままにせず、一度でも立ち止まってたしかめていれば……。家族だからこそ、気になることは言葉にして向き合うことが大切なのだと、今は感じています。
◇ ◇ ◇
親を大切に思う気持ちは、決して悪いことではありません。けれど「親のため」という言葉を口実に家族からお金を引き出すのは、相手のやさしさや信頼を裏切る行為です。
夫婦で収入を補い合ったり、困りごとを一緒に支えたりするのは、ごく自然で大切なこと。ただ、まとまったお金が動くときは、「何に、いくら使うのか」を夫婦で明らかにしておくことも大切です。使い道をきちんと共有してこそ、気持ちよく助け合える関係が築けるのではないでしょうか。
【取材時期:2026年8月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。