義母「タワマンには私たちが住む♡」夫からも離婚宣言→「いいけど…」何も告げず家を出た結果

夫は少し大雑把ですが前向きな性格で、細かいことを気にする私と欠点を補い合える関係だと思っていました。そんな私たちは、結婚を機に、生活費を抑えるために夫の実家で義両親と同居することになりました。
義父は小さな町工場を経営しており、初めのころは義両親との関係も良好でした。しかしある日、義父から「お前の父親に頼んで、うちの工場に仕事を回してもらえないか」と頼まれたのです。
私の父は地元で不動産関連の会社を経営していますが、業種がまったく違うため力にはなれません。事情を伝えて丁重に断ると、義父は「家に住まわせてやっているのに、少しの融通も利かないのか」と激怒し、私をにらみつけました。
義両親の豹変と、楽観的すぎる夫
それ以来、義両親の私に対する態度は一変しました。私だけ夕食のおかずを極端に減らされたり、生活費を必要以上に要求されたり、何かと理由をつけてお金をせびられたり……嫌がらせが始まったのです。義両親が私にやさしかったのは、経営者である私の父のツテや資金援助をあてにしていたからだと気づきました。
限界を感じた私は、夫に愚痴をこぼしましたが、夫は「自分で好きなものを買って食べればいいじゃん」と能天気な返事をするだけでした。夫は楽観的すぎる性格ゆえに、私の気持ちをまったく理解してくれなかったのです。
このまま同居を続けるのは精神的に持たないと考えた私は、家を出ることを提案しました。夫も「通勤がラクになるなら」とあっさり同意し、私たちは駅前にあるセキュリティーのしっかりしたタワーマンションの一室を、夫名義で借りました。
こうして、ようやく夫婦2人での生活が始まったのです。
突然のマンション乗っ取りと離婚宣言
新居で生活し始め、数カ月が過ぎたころ、夫が突然、義両親を連れて帰宅しました。聞けば、工場の経営が悪化し、借金返済のために義実家の土地と建物を売却したとのこと……。
夫は、住む場所がなくなった義両親を、私に何の相談もなくマンションへ連れてきたのです。義母は悪びれる様子もなく、「ここは息子の家なんだから、今日から私たちが住むわ。嫌ならあなたが出てって」と言い放ちました。
夫に助けを求めましたが、夫は「親が困っているんだから一緒に住むくらいいいだろ。親と仲良くやれないなら離婚だな」と言い、私に背を向けたのです。夫婦でいるための条件が「義両親の要求に従うこと」だなんて、到底受け入れられません。
私はその場で離婚に同意し、自分の荷物をまとめ始めました。荷造りをしていると、リビングから義母の楽しげな声が聞こえてきました。
「これで家族水入らずで暮らせるわね」
私が出ていくことを喜んでいるような言い方に、イライラが募りました。夫も義母をたしなめるどころか、「まあ、これで丸く収まるだろ」と笑っています。この状況のどこが「丸く収まった」のか、私には理解できませんでした。
これまでは私も家賃や生活費を負担していました。それなのに、これからは夫ひとりの収入でマンションの家賃を払いながら、義両親の生活まで支えるつもりなのでしょうか。私は「いいけど……ひとりで家賃払えるの?」と言いかけましたが、もう何を言っても無駄だと思い、何も告げずにそのままマンションを出て、実家に戻りました。
その後、夫との離婚手続きを進め、ほどなくして正式に離婚が成立しました。
妻を追い出した元夫一家の末路
それから半年ほどたったある日、元夫から突然電話がかかってきました。
「頼む、少しでいいから金を貸してくれないか」
あまりにも都合のいい言葉に、私は耳を疑いました。事情を聞くと、私が出ていった後、元夫の生活は急速に苦しくなっていったそうです。義父の工場は以前から経営難で、義実家を売却しても借金の問題がすべて解決したわけではありませんでした。
義両親には十分な収入もなく、マンションの家賃だけでなく、食費や光熱費など、3人分の生活費を元夫がひとりで負担することになっていたのです。それまで夫婦2人で負担していた生活費を、元夫ひとりの収入でまかなわなければならなくなったうえ、義両親からは「あれが必要」「これも買ってほしい」と次々に頼まれたとのこと。
最初のうちは「人生なんとかなるさ」と笑っていた元夫も、貯金が減っていくにつれて、ようやく事態の深刻さに気づいたそうです。家賃の支払いにも困るようになり、生活費を補うために借金までしているというのです。
「お前がいたころは、こんなに金がかかってなかったんだ。戻ってきてくれないか?」
思わずあきれてしまいました。私がいたから生活が成り立っていたことに、今さら気づいたのでしょう。しかし、私を追い出したのは、ほかでもない元夫です。私は静かに言いました。
「あなたたちが望んだとおり、親子3人で暮らせているじゃない。私が戻る理由はないよ。それに、あんなにひどい扱いをした私にお金まで借りようとするなんて、お気楽すぎるんじゃない?」
私はそう伝えて電話を切り、そのまま着信拒否に設定しました。後から共通の友人から聞いた話によると、元夫は結局、マンションの家賃を払い続けることが難しくなり、義両親とともに家賃の安い古いアパートへ引っ越したそうです。
一方の私は実家に戻り、父の会社で働き始めました。今では、自分のために時間とお金を使える、穏やかな毎日を送っています。
◇ ◇ ◇
「親が困っているから」という理由で、妻の気持ちを無視して同居を押しつけ、さらには離婚まで迫った夫。家族を助けることは大切ですが、それはパートナーに一方的な我慢や負担を強いていい理由にはなりませんよね。
生活には家賃以外にも、食費や光熱費などさまざまなお金がかかります。「なんとかなる」と楽観視して、将来のことを考えなければ、生活は簡単に崩れてしまうのではないでしょうか。家族間で大きな問題が起きたときこそ、誰かひとりに負担を押しつけるのではなく、状況をきちんと確認し、お互いが納得できる解決策を話し合っていきたいですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
妻に何の相談もなく義両親を連れてきたうえ、同居を拒むなら離婚すると言い放った夫。妻はその言葉どおりに家を出ましたが、半年後、生活に困窮した元夫から助けを求める連絡が届くことに……。
次にご紹介するのは、義母を最優先にする夫のお話です。毎週末アポなしで訪れる義母に疲れ果てていた妻に、夫は「母さんが帰るまで家に戻るな」と言います。
それどころか、夫と義母が妻に隠していたのは、さらに身勝手な計画で……!?
「母さんが帰るまで時間潰して」夫はアポなし義母優先→私「もう戻らないかも!」夫と義母の哀れな末路

夫はいわゆるマザコンで、義母もそれを当然のように受け入れており、毎週末アポなしでわが家に押しかけてきます。
「週末くらいゆっくり休ませてほしい」と訴えても、2人は一切聞き入れてくれません。それどころか夫は、「昨年親父が亡くなって母さんは寂しいんだ」「ろくに遺産も残っていないから、旅行に行って気分転換することも難しい。週末くらい賑やかに過ごしたいっていう母さんの気持ちもわかってくれよ」と言い、私が悪者にされる始末——。
ストレスが限界に達しようとしていたある日、義妹から一本の連絡が入りました。
「お義姉さん、本当に母と同居するつもりですか……?」
同居の話なんて一切聞いていなかった私。正直に伝えると、「やっぱり……」と義妹は何やら合点がいった様子。詳しく話を聞くと、義妹はこう切り出しました。
こっそり進められていた同居話
「この間、母から『これからは兄夫婦と同居するから』と報告があったんです。兄に『お義姉さんは納得してるの?』と聞いたら、『お前には関係ないだろ。口を出すな』って怒られて……」
義妹によると、すでに義実家の荷物はほとんど処分されているとのこと。そういえば最近、夫が「使っていない部屋を書斎にする。仕事のものを置くから絶対に入るな」と言っていたのを思い出しました。
「たぶん、そこに母の私物を運び込んでいるんだと思います。正面から頼んでも断られると思って、なし崩し的に同居に持ち込もうとしたのでしょう。うちの母と兄が本当にすみません……」と申し訳なさそうにする義妹。
親思いなところは夫のいい部分だと思って大目に見てきましたが、毎週末のアポなし訪問に加えて、私に黙っての同居計画――いくら親を大切にするためとはいえ、妻である私を雑に扱っていい理由にはなりません。
「もう本当に限界だわ……」思わずこぼした私に、義妹が尋ねます。「それって……離婚も視野に入れているということですか?」
「むしろ、離婚しか考えられない」そう答えると、義妹は思いがけない提案をしてきました。
「もし本当に離婚するときは、私にも声をかけてくれませんか? 私もそのタイミングで、母や兄とは距離を置こうと思っているので」
義母は昔から長男である夫ばかりを溺愛し、義妹のことは放置してきたそうです。そのため義妹も、以前から母や兄とは距離を置きたいと考えていたようでした。
「お互い協力して、あの2人から逃げましょう!」と言う義妹に、私は強くうなずくのでした。
家を追われた妻
2週間後の週末――。私が買い物に出かけていると、夫からメッセージが入りました。どうやら、また義母がアポなしでやって来たようです。
『いつも母さんが来ると気が休まらないって言ってただろ? だったら今日は、母さんが帰るまで家には帰らないようにしたらいい』
そこは私たち夫婦の家なのに、帰らせてもらえないなんて……。あきれ果てる私に、夫はさらに言葉を重ねてきます。
『俺と母さんとの時間を邪魔するな!』
『母さんが帰るまで家には戻るなよ!』
あまりに身勝手な言い分に、私の中で何かが吹っ切れました。
『オッケー! もう帰らないね! 二度と!』『どうぞ心置きなくお義母さんと楽しい時間を過ごして』と返信した私。
『えっ!? 何言ってるんだ? 二度と帰らないってどういう意味だよ?』状況が飲み込めていない夫に、私ははっきりと宣言しました。
『もちろん、離婚するって意味に決まってるじゃない! あんたたちが勝手に同居計画を立てて、お義母さんの荷物をうちに運び込んでいるのも知っているのよ。私には「部屋に入るな」「帰ってくるな」と言っておきながら、お義母さんはアポなしで家に来てもいいなんておかしいでしょ? 実家に帰って落ち着いたら離婚届を送るから、よろしくね』
マザコン夫の末路
数時間後――夫から電話がかかってきました。
「母さんはいったん家に帰したよ。これでもういいだろ。頼むから帰ってきてくれよ」
「今さらお義母さんを帰しても、もう遅いのよ」
「やりすぎたって反省しているよ。本当にごめん! 頼むから離婚なんて言わないでくれ……」
動揺して謝る夫に、私は冷静に告げました。
「大好きなお義母さんと好きなだけ一緒にいられるようになるじゃない。それに……あなたたちにはたんまりとお義父さんの遺産もあるでしょう?」
義父の遺産について触れた途端、電話の向こうで夫の空気が一変しました。
「お、おい、何を言い出すんだよ。父さんは遺産をほとんど残してないし、俺もろくに相続してないのはお前だって知ってるだろ?」
「へぇ……。お義父さんの口座から、あなた名義の口座に3,000万円が移っていた記録があるそうね。私は口を出すつもりはないけれど……妹さんはどうかしら?」
離婚を決めたあと、私は義妹から、夫と義母が隠していた遺産の存在を明かされました。
義妹は生前、義父から「財産はそれなりに残してある。母さんたちが変な使い方をしないよう見張っておいてくれ」と頼まれていたのだそう。しかし義父が亡くなると、義母から「あなたの取り分はこれだけね」と数十万円を手渡されたきり、詳しい説明は一切なかったと言います。
不審に思った義妹が義父の口座の取引履歴を確認したところ、義父が入院し、容体が悪化したころから不自然な出金や送金が繰り返されていたことが判明。亡くなる直前までに、合計約3,000万円が夫名義の口座へ移されていたこともわかったそうです。
義妹は、そのお金の扱いも含め、相続の内容をきちんと確認する必要があると考えたのでした。
私が離婚準備を進める裏で、義妹も弁護士に相談し、遺産の内容や自分の取り分について確認するための手続きを進めていました。
「これから妹さんとも、きちんと話をしたほうがいいと思うよ。それとは別に、私との離婚手続きも進めてね」それだけ伝えて、私は電話を切りました。
その後――。
最初は離婚を渋っていた夫でしたが、義妹との争いが本格化するにつれて抵抗する気力を失い、最終的には離婚届に署名。必要な手続きを経て、離婚が成立しました。
義妹も相続について納得できる形で話を終え、その後、遠くの街へと引っ越していきました。一方、元夫と義母はお金のことで揉め、すっかり親子仲が冷え切ったとのこと。
ですが、私にとっても元義妹にとっても、今さら知ったことではありません。私も新しい土地へと引っ越し、晴れやかな再スタートを切りました。あの親子から無事に逃げ切ることができ、心底ほっとしています。
◇ ◇ ◇
いくら「家族だから」「親思いだから」と言っても、一番近くにいるパートナーの気持ちや生活を軽視していい理由にはなりませんよね。
大切な人を想うことと、「身内だから」と甘えて相手に我慢を強いることは、まったくの別物です。夫婦や家族であっても適切な距離感を保ち、相手を思いやること――それこそが、穏やかな関係を築いていくために大切なのかもしれません。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
妻に相談することなく義両親との同居を決めたり、義母を優先して妻を家から追い出そうとしたりする夫たち。親を大切にする気持ちは理解できますが、そのためにパートナーの気持ちを無視し、一方的に我慢を強いるのは違うのではないでしょうか。夫婦の生活に関わる大切なことは、どちらかひとりが勝手に決めるのではなく、お互いが納得できるまで話し合う必要があります。親を思いやる気持ちも大切にしながら、夫婦としての生活や価値観を尊重し合い、家族みんなが無理なく過ごせる距離感を築いていきたいですね。