記事サムネイル画像

夫「外で頭冷やせ」台風の夜、高熱の娘と私を締め出し「妻が勝手に家出した」→後日、夫と義母がなぜか顔面蒼白!

私と夫が出会ったのは、職場の共通の友人を介した食事会でした。当時の彼はとても優しく、私の話を笑顔で聞いてくれる思いやりのある人だと思っていたのです。しかし、結婚して義母との同居が始まると、彼の態度は徐々に冷たく、そして威圧的なものへと変わっていきました。

娘の寝顔だけが心の支えだった、息苦しい日常

私は時短勤務で働きながら家事と育児のほぼすべてを担っていましたが、夫は「俺の稼ぎで食わせている」という態度を崩しません。それに輪をかけて、義母は「今の若いお母さんは本当に楽でいいわね」「お弁当のおかずが冷凍食品だなんて、息子がかわいそう」と、毎日のように嫌味をぶつけてくるような状況でした。


言い返せば倍になって返ってくるため、私はただじっと耐えるしかありません。それでも、3歳になる娘の無邪気な笑顔を見ている時だけは、心がふっと軽くなるのを感じていました。「この子が元気で育ってくれさえすれば、それでいい」。いつか夫も親としての自覚を持ち、義母とも適度な距離が保てる日が来るかもしれない。そんなほのかな期待を胸に、私は日々の息苦しい生活を必死に乗り越えようとしていたのです。

 

台風が吹き荒れる夜の悲劇と、冷酷すぎる家族

事件が起きたのは、大型の台風が私たちの住む地域に接近し、激しい風雨が窓ガラスを打ち付けていた夜のことでした。
夕方から少し様子がおかしかった娘が、夜中になって突然激しく泣き出したのです。慌てて体温を測ると、体温計の数字は39度を超えていました。熱さにうなされ、苦しそうに息をする娘を抱きしめながら、私は急いで夫を叩き起こしました。「お願い、娘がすごく熱を出しているの。救急病院へ車を出して!」と頼み込んだのですが、夫の口から出たのは信じられない言葉でした。

 

「はあ? こんな土砂降りの中で車なんか出せるかよ。明日も朝から大事な会議なんだ。勝手に寝かせとけ!」
騒ぎを聞きつけた義母も寝室から出てきましたが、心配するどころか眉間にしわを寄せて言い放ちました。
「こんな夜中にギャーギャー泣かせて、近所迷惑でしょう! 母親ならさっさと泣き止ませなさいよ。こっちはうるさくて寝られやしない!」


娘の苦しむ姿を目の前にしても、自分たちの睡眠を優先する二人の姿に、私は背筋が凍るような思いでした。必死になだめようとするものの、高熱で苦しむ娘の泣き声は止まりません。すると、苛立ちを爆発させた夫が私の腕を強く引っ張り、玄関に向かって荒々しく引きずっていったのです。
「そんなに泣き止まないなら、頭でも冷やしてこい! 静かになるまで家に入るな!」
ガチャリと冷たい金属音が響き、鍵をかけられる音。私はパジャマ姿のまま、高熱の娘を抱いた状態で、台風が吹き荒れる真っ暗な外へと放り出されてしまったのです。

 

絶望のどしゃ降りの中、差し伸べられた温かい手

激しい雨粒が容赦なく顔を打ち付け、強風で息をするのも苦しいほどの天候でした。傘を持たされる余裕もなく、私は着ていたカーディガンを娘の頭から被せ、ただただ強く抱きしめることしかできません。

 

タクシーを呼ぼうにもスマートフォンを取り上げるようにして追い出されたため、連絡手段すらありませんでした。近くの夜間救急病院までは大人の足でも歩いて数十分はかかります。ぐったりと熱い息を吐く娘の重みを背中に感じながら、私は雨水なのか涙なのかわからないもので顔をぐしゃぐしゃにして、家の前でしゃがみ込みました。「どうしよう…娘が…!」と声に出しても、誰にも届きません。


もうダメかもしれないと膝から崩れ落ちそうになったその時です。
「大丈夫ですか!?」
前方から、大きな傘を差した青年が駆け寄ってきました。その後ろから、カーディガンを羽織った年配の女性も足早に近づいてきます。

「こんなひどい雨の中で、どうしたの!? お子さん、熱があるんじゃない? おうちまで送ろうか? それとも病院へ行く?」


女性が心配そうに声をかけてくれました。しかし、私は事情があって家には帰れず、病院へ行く手段もないことを伝えました。

すると女性は、「それなら、とにかくうちにおいで! ここにいたら危ないわ」と言い、私たちを自宅へ招き入れてくれたのです。

 

女性は手早く清潔なタオルと着替えを用意してくれました。実は、一緒にいた青年は病院に勤務する医師だったのです。
「お子さん、つらそうですね。念のため、病院で診てもらいましょう」

青年はすぐに夜間救急への受診を手配してくれました。診察を終えた私たちは、再び女性たちの家に戻り、その夜は泊めてもらうことになったのです。

 

 

嘘で固めた夫たちを絶望に突き落とす反撃の瞬間

その夜は青年のお宅に避難させていただき、翌朝、熱が下がり始めた娘と共に実家へと身を寄せました。

 

数日後、夫から何通ものメッセージが届きました。

「お前が勝手に娘を連れて出て行ったんだろ!」「精神的に不安定になって家出したくせに、俺たちのせいにするな!」


さらには「子どもを連れ去ったとして訴えるぞ!」とまで言い出したのです。
あまりにも身勝手な言い分にあきれましたが、私は感情的に言い返すことはせず、届いたメッセージをすべて保存。弁護士に相談し、離婚に向けて動き始めました。

その後、離婚調停の場でも、夫は相変わらず自分の非を認めようとせず、「妻が勝手に子どもを連れて出て行った」と主張し続けていました。

 

私は冷静に弁護士に相談し、離婚調停を申し立てることにしました。しかし、調停でも夫は相変わらず「妻がヒステリーを起こして、止める間もなく子どもを連れて出て行ったんです。本当に困ったもので」と、被害者ぶった作り話を繰り返していたそうです。

そこで、私の弁護士は証拠となる資料を提出しました。
それは、あの日私を助けてくれた青年宅の防犯カメラの映像でした。そこには、土砂降りの中で夫が玄関のドアを乱暴に閉め、私が外に締め出されて呆然と立ち尽くす姿が鮮明に映っていたのです。

さらに、医師である青年が記録してくれた、保護当時の娘の体温や状態、衣服の濡れ具合などをまとめた書面も提出しました。
これらの証拠を示されると、夫はそれまでの主張を続けられなくなったそうです。義母も後に証拠の存在を知り、自分たちの言い分が通用しないことに顔面蒼白になったのでした。

 

さらに、私が密かに日記につけていた日々の暴言の記録や、威圧的な態度の録音データも次々と突きつけました。証拠の山を前にして、先ほどまでの強気な態度は完全に崩れ去り、二人はただ下を向いて震えることしかできなくなっていたのです。

 

平穏な日常を取り戻し、新たな一歩を踏み出す

決定的な証拠を前に言い逃れができなくなった夫は、こちらの要求をすべて呑むしかありませんでした。結果として、親権は当然私が持ち、相場よりも高い慰謝料と、成人するまでの十分な養育費の支払いが約束される形で離婚が成立しました。

 

後から風の噂で聞いたところによると、調停での情けない様子や義母の冷酷な振る舞いが夫の親族にも知れ渡り、二人は親戚中から大ひんしゅくを買っているそうです。世間体を何よりも気にする義母にとっては、相当な精神的ダメージだったことでしょう。


現在、私は娘と二人で小さなアパートに暮らし、穏やかな日々を送っています。夜中に娘がぐずっても、誰に気兼ねすることもなく抱きしめてあげられる環境が、何よりも幸せです。あの絶望の台風の夜、見ず知らずの私たちを温かく迎え入れてくれた青年とお母様には、今でも心から感謝しています。時折、手作りのお菓子を持ってご挨拶に伺うなど、今でも温かい交流が続いています。あの時踏み出した勇気のおかげで、私たちは本当の笑顔を取り戻すことができました。
 

◇ ◇ ◇

高熱で苦しむ幼い子どもと妻を、台風の夜に家から締め出すという今回の夫の行動。子どもの安全を脅かすだけでなく、DVや児童虐待にあたる可能性もある深刻な行為です。

家族だからといって、暴言や威圧的な態度を我慢する必要はありません。家庭内で暴力や理不尽な扱いを受けている場合は、ひとりで抱え込まず、信頼できる人や専門機関に相談することも大切です。

 

※DV相談ナビ
全国共通の電話番号「#8008」に電話すると、お近くの配偶者暴力相談支援センターにつながります。相談対応の曜日・時間は相談機関によって異なります。

 

※よりそいホットライン(一般社団法人 社会的包摂サポートセンター)
0120-279-338(通話無料)
福島県からは0120-279-226

 

※こころの健康相談統一ダイヤル
0570-064-556
相談対応の曜日・時間は地域によって異なります。

 

 

※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

ベビーカレンダー記事制作の取り組み
\ この記事にいいね!しよう /
シェアする

  • コメントがありません

この記事の著者
著者プロファイル

ライターベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

読者からの体験談をお届けします。

同じ著者の連載

新着記事が配信されたら、メールやプッシュ通知でお知らせ!

気になる記事をまとめ読み

人気連載

新着連載

連載完結

もっと見る

注目記事を探す

人気記事ランキング

アクセスランキング
コメントランキング

お得な無料キャンペーン

エンタメの新着記事

PICKUP