30分以内に届く義母のLINE
義母からのLINEは、私がSNSを更新すると、いつも30分以内に届きます。この日は、納車したばかりの外国の高級車の写真でした。仕事で移動が多く、数年前から買い替え資金を貯めて、ようやく手に入れた1台です。
「また新しい車なんて買って! うちの息子が年収800万もあるからって、贅沢しすぎよ」
「この車は、私の稼ぎで買ったものです」と返すと、すぐに次の返信が来ました。
「嘘おっしゃい! たかが年収300万程度の事務員が外国の高級車なんて買えるわけないでしょう。分不相応な車に乗るのは、みっともないわよ」
私が年収300万円の事務員だという話を、義母はどこで聞いたのでしょうか。尋ねると、義母は「息子から聞いたに決まってるでしょう」と即答しました。夫が毎日遅くまで働いて疲れて帰ってくること、それなのに嫁は新車だ旅行だと遊び歩いていることが、延々と綴られていきます。最後の一文は、こうでした。
「寄生虫って言葉は、あなたのような人のことを言うのよ!」
画面を閉じても、その言葉だけが胃のあたりに残っていました。
夫が隠している退職と、半年の約束
義母が夫について「毎日遅くまで働いている」と信じているのは、夫がそう伝えているからです。夫は9カ月ほど前、仕事で大きな失敗をして会社での居場所を失い、退職しました。当時、夫から事情を聞いた私は、気持ちを切り替えて再就職してほしいと思い、支えることにしたのです。
それ以来、夫は義母に以前の勤務先と収入を伝え続け、私の年収まで300万円と偽っています。妻のほうが稼いでいると、母親に知られたくなかったのです。
夫が退職したと知った当時、私は夫と約束を交わしていました。半年間だけ、義母には黙っておく。そのあいだに転職活動を進め、決まったら自分の口から母親に話す。応募状況は、私にも共有する。そういう約束でした。
ところが、半年が過ぎても状況は変わりませんでした。夫は毎朝「転職活動に行ってくる」と言って家を出ますが、実際はネットカフェやパチンコ店で時間をつぶしていたと、後でわかりました。応募を促しても「今はタイミングじゃない」と先延ばしにされ、面接の日程さえ決まりません。
期限を延ばしてほしいと頼まれるたびに、私は離婚を避けたい一心で、もう少しだけ、と待ってしまいました。
その夜、帰宅した夫に義母のLINEを見せました。
「半年は、とっくに過ぎてるよね。私は夫のお金を使い込む嫁にされているんだけど」
「わかってる。転職が決まったら、ちゃんと話すから。頼むから、母さんには余計なことを言わないでくれ」
目を合わせないまま頭を下げる夫を前に、私はこの日も黙るしかありませんでした。
出張先の電話で言われた、学歴と結婚の話
数カ月後、私は仕事でハワイに出張していました。現地の風景を何枚かSNSに載せると、案の定、義母から電話が鳴りました。
「また勝手に旅行して! 夫を置いて1人で遊ぶなんて、嫁としてどうなの?」
「遊びではありません。仕事で来ているんです。私は外資系企業でシニアマネージャーをしていて、日本の会社でいうと部長に近い立場なんです。海外の仕事も担当しています」
返ってきたのは、笑い声でした。
「あなたが部長? 馬鹿なことを言わないの。海外出張なんて、うちの息子でもしたことがないのよ。息子は地元で有名な大学を出ているの。あなたは確か、あまり名前も知られていない大学だったわよね? そんなあなたが息子より活躍できるわけがないじゃない。実はね、私はあなたとの結婚に反対していたのよ。息子が『好きなんだ』と言うから、仕方なく許しただけ」
結婚に反対されていたとは、初めて聞く話でした。第一志望の大学には合格できませんでしたが、進学先では自分なりに努力を重ねてきました。それでも義母は、何かにつけて私と夫の学歴を比較し、見下すような発言を繰り返してきたのです。電話を切った後、夕食のルームサービスを頼みましたが、ほとんど手がつけられません。夜中には何度も目が覚めて、そのたびに義母の声が耳の奥で再生されました。
出発前、自宅に消費者金融からの郵便物が届いていたことも、頭の隅に引っかかっていました。「これ、何?」と尋ねた私に、夫は「ただの広告だ」と答えましたが、封筒を見たときの目つきは、広告に向けるものではなかったのです。
「離婚させます」と言い渡された日
その数日後、義母から再び電話が入りました。
「私、息子にあなたと離婚するよう言いますから!」
私がまだハワイにいること、旦那の金で贅沢旅行をしていること、そして「自分を大きく見せようとする女は息子にふさわしくない」ということが理由だそうです。義母は昔から、息子の進学も就職も、結婚生活の細部にまで口を出してきた人でした。自分が息子の人生まで決めてあげれば、すべてうまくいくと本気で信じているように見えました。
「うちの息子は年収800万円の立派な課長なの。もうすぐ部長に昇進して、年収も1000万円を超えるそうよ。それなのに、あなたは安月給の事務員のくせに、旦那のお金で好き放題して……。もう息子とは離婚してちょうだい。あの子にはもっとふさわしい人がいるはずよ」
そして、最後にこう言い放ちました。
「うちの息子の稼ぎで生活してるくせに、生意気なのよ! 少しは感謝したらどうなの!」
「「息子の年収800万に甘えて、散財するなんて!」
その瞬間、私は大きく息を吸い込みました。
義母の前で、初めて明かした事実
「息子さん、無職ですけど?」
「……え? どういうこと?」
義母の声から、先ほどまでの勢いが消えました。
「息子さんは1年前に会社を辞めています。それからずっと無職なんです」
「な、何を言ってるの。来月には部長に昇進するって、あの子が言っていたのよ」
「昇進の話は嘘です。仕事で大きな失敗をして、自分から退職したんです」
電話の向こうで、義母が息をのむ気配がしました。
「嘘よ。あの子が私に嘘をつくわけがないでしょう?」
「夫本人から退職したと聞いています。この1年、転職活動をしていると言いながら、実際はネットカフェやパチンコ店で時間をつぶしていました。生活費も入れていません」
「そんな……。本当にあの子が?」
先ほどまで私を責め立てていた義母が、明らかに動揺していました。それでも、息子が嘘をついていたとは信じられないようです。
「私は再就職するまで待つつもりでした。でも、もう限界です。お義母さんのおっしゃるとおり、離婚させていただきます。帰国したら手続きを始めます」
「ちょっと待って。あの子がずっと無職だったなんて、信じられないわ……」
「そうですよね。ただ、お義母さんは毎月、息子さんの口座へ10万円を振り込んでいますよね。どうして毎月そんな大金を送っていたんですか?」
沈黙が、数秒続きました。
「……どうして、それを」
「夫の通帳が目に入ったんです。夫は『母さんが勝手に送ってくる』としか言わず、私はその10万円の使い道を聞かされていません」
義母の声が、震え始めました。
「あの子が、部下との付き合いにお金がかかるって……。出世のために必要だと言うから、私も応援したくて……。年金と、亡くなった夫が残してくれた貯金から出していたのよ。老後は私だって、海外旅行に行こうと思っていたのに……」
私を責める口調は消え、「本当に、本当なの?」と何度も聞き返してきます。私は「ご自分で、息子さんに確認してください」とだけ答えました。
電話を切ろうとしたとき、義母が慌てた声で叫びました。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! もし本当に無職だったら、離婚なんて困るわよ! 息子はこれからどうやって生活するの?」
「お義母さんが、見てあげたらいいじゃないですか」
「こっちは年金暮らしなのよ! 離婚は、せめて息子が仕事を見つけてからにしてちょうだい。だいたい、あなたが寄り添って立ち直らせるべきだったでしょう。妻の務めじゃないの?」
その言葉を聞いて、私は気づきました。義母にとって私は、最後まで「息子の世話係」でしかなかったのです。思わず、笑ってしまいました。
「私にはもう、息子さんの面倒を見る立場はありませんので。お義母さんが見てあげてください」
義母が何か言いかけましたが、私はその前に通話を切りました。
翌日の夫の失言、そして手のひら返し
翌日、夫から電話が来ました。実家に呼び出されて、義母にこっぴどく叱られているというのです。
「頼む、これ以上余計なことは言わないでくれ。どうせ、消費者金融のことも、もう知ってるんだろ?」
私はスマホを握ったまま、言葉を失いました。出発前の郵便物は、やはり広告ではなかったのです。借金の金額も借入先の数も、そのときの私は何も知りませんでした。
「……そうなのね。何に使ったの?」
「ゲームの課金と、パチンコと……。いや、俺個人の問題だから」
私は淡々と告げました。
「今ちょうど、成田に着いたところ。マンションに戻って、必要な荷物をまとめて出ていくわね」
「待ってくれ、ローンはどうなるんだよ。俺は無職なんだぞ」
「ローンはあなたの名義でしょう。私は保証人にもなっていないから。マンションのことも借金のことも、弁護士さんに相談して決めます」
夫は「今度こそ真面目に仕事を探すから」と繰り返しましたが、応募ゼロの1年を見てきた私に、その言葉を信じる理由は残っていませんでした。
さらにその翌日、義母から長いLINEが届きました。夫を問い詰めたところ、1年前に退職して今も無職であることに加え、消費者金融から借金をしていることまで本人が認めたそうです。そして「寄生虫なんて言って、本当にごめんなさい」という謝罪でした。私は、短く事実だけを返しました。外資系IT企業でシニアマネージャーを務めていること。昨年の年収は1200万円ほどだったこと。
すると、返信の調子が変わりました。
「そんなにお仕事を頑張っていたのね……。私、あなたのことを誤解していたみたい。ねえ、離婚のこと、もう一度考え直してもらえないかしら? あの子も今は大変な時期だし、あなたがそばにいてくれたら、きっと立ち直れると思うの。私からも、ちゃんと働くように言い聞かせるから」
謝罪の言葉は、あっという間に打算に変わっていました。「寄生虫」と呼んだ嫁ですよ、と書き返すと、義母は「息子から聞いた話を信じてしまっただけで」と弁解し、「実の娘だと思って大切にする」「息子と私を見捨てないで」と繰り返しました。けれど私は、この家で一度も娘として扱われたことがありません。反省したのではなく、息子の生活を守るために態度を変えただけだと、文面からわかりました。
「謝らなくて結構です。もう他人になるのですから。優秀な息子さんなら、きっと一人でも立ち直れますよ」
荷物を運び出した日
引っ越しの日、脱衣所の洗濯かごには、出張前に夫が「洗濯くらいやっておく」と言っていた洗濯物が、そのまま溜まっていました。1年間、家事をほとんど私に任せきりにしていた夫は、最後の約束さえ守っていなかったのです。
私は自分の衣類と仕事の道具だけをまとめ、夫の洗濯物には手をつけずに部屋を出ました。鍵は、後日、弁護士を通じて返却しました。
離婚協議では、住宅ローンとマンションの扱いも弁護士を通して整理しました。マンションは夫がそのまま所有し、住宅ローンも夫が自分で返済していくことになりました。それまで私の収入で返済を支えていた分については、弁護士を通して精算の条件を取り決めました。ところが離婚後、夫は返済を続けることができず、結局マンションを売却したそうです。売却代金は、ほとんどが住宅ローンの残債に消えたと聞いています。
共通の知人から、夫が実家に戻ったと教えてもらいました。それでも「条件に合う仕事がない」と言って、働いていないそうです。義母は以前ほど、息子の自慢話をしなくなったようです。
離婚の手続きが終わった日、私は新しい部屋の台所で、1人分の夕食を作りました。出張中はほとんど喉を通らなかった食事が、その夜は最後まで食べられました。振り返ると、義母に責められた時間よりも、夫に「黙っていてくれ」と頭を下げられるたびに黙り続けた時間のほうが、ずっと苦しかったのだと思います。待てば夫が変わるかもしれないと、私は半年の約束を何度も延ばしてしまいました。でも、もう待つ必要はありません。今は自分の生活を大切にしながら、穏やかな毎日を過ごしています。
◇ ◇ ◇
再就職を信じて夫を支え続けてきたのに、夫はその思いに甘え、義母からの理不尽な言葉にも向き合おうとはしませんでした。大切な人を支えることと、自分ばかりが我慢することは、決して同じではありません。相手を思いやるのと同じくらい、自分自身の気持ちにも目を向けることが大切なのかもしれませんね。
【取材時期:2026年10月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。