クレーマーの男性に遭遇
休日に家族でショッピングを楽しんだ私たちは、ランチをしようとビルの高層フロアへ向かいました。お目当ては、気になっていたおいしいと評判のレストラン。しかし、お店の前に到着すると、店内は何やら不穏な雰囲気です。入り口を塞ぐように、中年男性が若い女性店員さんに向かって怒号を飛ばしています。
男性は「ちゃんと予約していたのに、4番席だと? 一番いい席を用意してほしいと予約のときに言っただろう! てめぇ、4は『死』に通じて縁起が悪いことくらい知らねえのか! 客にそんな席をすすめるのか! 今すぐ替えろ!」と大騒ぎ。店員さんは青ざめながら「も、申し訳ございません! ですが、そちらのお席は当店で一番景色のよろしい特等席でして……」と必死に説明しようとします。しかし男性は「言い訳すんじゃねぇ! 客をバカにしやがって! 今すぐ別の席に替えろ!」と怒鳴り散らし、説明を力づくで遮ってしまいました。
店員さんは半泣き状態で頭を下げながら、「大変失礼しました。では、お席を変更します。6番席へご案内しますので」と誘導すると、男性は「ふん、最初からそうしろ。ふざけやがって!」と捨て台詞を吐いて、ドカドカと店内へ消えていきました。周囲の客たちも、あまりに傲慢な男性の態度にドン引きです。
嵐のような騒動の直後、困り果てた様子の店員さんが、待っていた私たちの元へ申し訳なさそうに歩み寄ってきて「お客様、大変お待たせいたしました。……実は、あいにく現在すぐにご案内できるのが、先ほど空きました『4番席』しかございません。もし、番号が気にならなければご案内させていただきますが……」と言いました。
直前の怒鳴り声が耳に残っていたため、私たちは一瞬ドキッと顔を見合わせました。しかし、私も夫も迷信などを気にするタイプではありません。何より、おなかをすかせた子どもを待たせずに食事ができるほうがうれしいため、私たちは「私たちは数字なんて全然気にしませんよ。喜んでその席に座らせていただきます!」と快諾しました。
店員さんは心底ホッとしたように「ありがとうございます。ご案内しますね」と私たちを案内してくれました。途中、先ほどの男性の座る6番席の横を通り過ぎると、私たちのやり取りが耳に入っていたのか、男性は、私たちを見て小馬鹿にしたように「へっ、あーあ。縁起の悪い席にホイホイ座るなんてな。家族揃って不幸になるのに、かわいそうに」と吐き捨てました。
思わず眉をひそめたくなるような嫌味でしたが、私たちは気にせず、店長さんの案内に従って奥へと進みました。そして案内された「4番席」の前に立った瞬間、私たちは思わず「うわぁ……!」と息をのみました。
そこはフロアの最奥にあるガラス張りの角席。眼下には街並みがミニチュアのように広がり、遠くの青空と山々まで一望できる、息をのむような大パノラマの特等席だったのです。
店員さんは「こちらの4番席、数週間先まで予約で埋まっている当店で一番人気の席なんです。本日急なキャンセルが出ましたので、快く座っていただけて本当に救われました」と笑顔で言いました。娘は「パパ、ママ、見て! 雲が近くてお空を飛んでるみたい!」と大はしゃぎ。夫も「これは最高の当たり席だね」と満面の笑みです。
一方、当の男性が案内された席は柱の後ろで景色はまったく見られません。私たちの席のあまりの絶景と盛り上がりを見て、自分がとんでもないミスをしたことに気づいたようでした。周囲の客からも「あの人、あんな特等席を自分から断ったんだ……」とヒソヒソささやかれ、居心地が悪かったのか、後悔しているのかわかりませんが、バツの悪そうな顔をしていました。その後、男性は突然ドカドカと足音を荒らげて私たちのテーブルまで詰め寄ってきました。
「おい! さっきからガキがキャアキャアうるせえんだよ! だいたい縁起の悪い不吉な席のくせに、浮かれて騒いでんじゃねえぞ!」と怒鳴り込んで来たのです。理不尽な言いがかりに夫が立ち上がろうとしたその瞬間、娘がパッと立ち上がりました。
そして満面の笑みで男性を見上げ「おじさん、ありがとう!」と言ったのです。
怒鳴り散らそうとしていた男性は、予想外の言葉に「は……? なんだと……?」と虚を突かれたように固まりました。娘は無邪気な瞳をキラキラ輝かせながら、「この前ね、幼稚園で四つ葉のクローバーを見つけたの! 先生が『四つ葉は幸せのしるしだよ』って教えてくれたんだよ。だから、4は『幸せの4』なんだよ!」と言葉を続けます。
そして娘は、窓の外の素晴らしい景色を指でさし「こんなにきれいなお空が見える席をくれて、本当にありがとう、おじさん!」と純真無垢な表情で言ったのです。私と夫も、思わぬ特等席に座れたことに内心感謝していました。
娘の純粋なお礼の言葉にほっこりしたのか、周囲の客席からは「いい子ねぇ」という感心の声が。同時に「ぷっ……」「おじさん、あの子のおかげで席を譲る親切な人認定だ」と、クスクスと堪えきれない笑い声も漏れ聞こえてきます。
男性は、耳の先まで真っ赤になりました。男性は耳の先まで真っ赤になり、何か言い返そうとしたのか口をパクパクさせたものの、言葉は出てこないようでした。そして、そのまま店を出て行きました。
その後、店員さんから一部始終を聞いた店長さんが「お嬢ちゃん、素敵な言葉をありがとうね」とかわいいデザートをサービスしてくれて、私たちは極上の景色とおいしいランチを心ゆくまで堪能しました。
他人に悪意をぶつけて手放した幸運は、素直で前向きな心を持った人の元へめぐってくるのかもしれないと、娘の無邪気な笑顔を見ながら思いました。
自分の凝り固まった常識や価値観にとらわれ不機嫌をまき散らすのではなく、目の前の状況を柔軟に楽しむ心の余裕こそが、幸運を引き寄せる鍵なのだと感じた出来事です。
著者:松原櫻子/40代・ライター。3歳の娘を育てる母。イヤイヤの地雷を踏まないように、日々忍者のごとくそろりそろりと歩いている。
作画:Pappayappa
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年4月)