2021年1月2日に放送されたTBS「火曜ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』~ガンバレ人類!新春スペシャル!!」。
海野つなみ氏の同名漫画を原作とし、野木亜紀子氏が脚本を手掛けたこの物語。連続ドラマでも、高学歴女性の就職難や、派遣社員の待遇、”高齢童貞“や”高齢処女“、専業主婦の労働対価など、現代女性が抱える問題がたくさん盛り込まれていました。
今回の新春スペシャルでは、妊娠・出産・育児という人生の大きな転機に直面したみくりと平匡の姿が描かれました。そして、これらはコロナ禍の今を生きる私たちに元気を与え、日ごろ声をあげづらかった不満や言葉にしづらかった違和感を解消してくれるものでした。
妊娠・出産で現れる戸惑い、モヤモヤ、テンションの差
契約結婚から恋愛へ、そして本物の結婚生活へと移行したみくり(新垣結衣)と平匡(星野源)。しかし、結婚までは「ムズキュン」で楽しかった二人の生活は、みくりの妊娠・出産によって一変。初めて経験するさまざまな問題に、二人は苦悩・葛藤することとなります。これは原作通りの展開で、実際、原作ファンの間にも「二人がくっつくまでが楽しさのピークだった」「妊娠・出産から暗い展開になる」といった声もあるほど。しかし、それこそが現実だということは、妊娠・出産を経験したことのある人は誰もが思うことではないでしょうか。
例えば、妊娠を伝えたときの平匡の塩対応の不思議(嬉しくないわけではない)。まず、妊娠を知った男性が驚きや戸惑いをどう表現したら良いかわからないのはよくあることで、ドラマなどでしばしば見る「やった~~~!」と全身で喜びを表現する夫なんて、なかなかいません。
また、何でも手伝うという平匡に、みくりは思わず反応して、こんな”ド正論“をぶつけます。
「手伝うって何? 私も出産は初めてなのに、私が一人で勉強して平匡さんに指示しないといけないの? 一緒に勉強して一緒に親になる。夫婦ってそういうものじゃないの?」
思わず口走ってしまった思いに「またやってしまった……」と凹むみくりですが、こうしたモヤモヤを言語化せずに自分の中に溜め込んでいって、後に巨大化し、爆発してしまうのは往々にしてあるもの。平匡の場合は、この指摘から自分が「お手伝い気分」だったことに気づき、自身の意識の低さを反省しましたが、逆ギレする夫も多いですから、ド正論が必ずしも正しい対処法とも言えないのが難しいところです。
論理的かつ合理的なはずの2人。でも思うようにできない
また、妊娠初期の妙な眠気や、ホルモンバランスの乱れによって起こる、わけのわからない不安や悲しさも描かれます。つわりで何も食べられず、欲しいモノを聞かれたみくりが「グレープフルーツゼリー」と言うと、平匡が律儀に近所中を探し回ってくれたものの、ようやく見つけて帰宅したときにはすでに寝ているとか。にもかかわらず、翌日は友人の差し入れのフライドポテトを喜んで食べていたとか。妊娠経験者は共感するものの、当事者以外はおそらくわけがわからない行動でしょう。
その上、みくりは尿漏れや、足のつりなど、小さいけれど、当人には地味につらいトラブルにも悩まされていました。そのため、みくりは宅配便を受け取れず、トイレットペーパーが切れたと言われた平匡が、残業からやっとのことで抜け出して買って帰ると、家にはすでにトイレットペーパーがどっさり……。これは再配達によるものでしたが、「メールくれればいいのに」「元気なら少しぐらい部屋を片付けてくれてもいいのに」と、珍しく愚痴がこぼれる平匡に対し、「つらい」と泣き出すみくりと、「泣きたいのはこっちですよ!」とやはり泣き出す平匡。
本来であれば論理的かつ合理的な二人なのに、頭の中はグチャグチャ、混沌としています。でも、理屈で理解できないことばかり起こるのが、ホルモンの乱れであり、新しい生命を迎え、一緒に生きていくということなのでしょう。
しかも、二人の間だけでも混乱はたくさんあるのに、妊娠・出産をめぐる社会的な問題もいろいろあります。例えば、女性の多い職場ならではの理不尽な「妊娠順番ルール」というマタハラや、夫婦別姓制度、平匡の育休問題などなど……。現代女性が抱える妊娠・出産・育児とはこんなにもハードルが多いのか!という認識を、視聴者に与えたことでしょう。
妊娠・出産・育児の多様性。そこには正解はない
さらにこのドラマの大きな特徴は、「あるある」の共感に終始しないこと。ネット上では、例えば、平匡の育休に対して「簡単に育休がとれて羨ましい」という声があったかと思えば、コロナ禍で結局、育休が返上となったことを疑問視する声もありました。また、みくりが無痛分娩を選んだことに対する賛否がTwitter上で盛り上がったり、妊娠中の家の片づけのために家政婦を雇うことに対して羨む声も出たり。
絶賛の声一辺倒でなく、こうした違和感や、意見の衝突があることこそが、この作品の持つ力ではないかと思います。
何故なら、恋愛、結婚、仕事、家事、妊娠、出産、育児……世の中にはさまざまな「こうあるべき」圧力、ときには「呪い」とも呼ばれるものが常にあるもの。しかも、難しいのは、それらに普遍的な「正解」はなく、時代によって、世代によって、家庭や個人によって、何がいいのかが異なるということです。
これまでも妊娠・出産をテーマとするドラマには『コウノドリ』(TBS)や『透明なゆりかご』(NHK総合)など、秀作がいろいろありました。しかし、ど真ん中のテーマとして妊娠・出産を掲げるのではなく、新垣結衣×星野 源出演、野木亜紀子脚本、『逃げ恥』という幅広いファン層をすでに獲得している超人気コンテンツにおいて、さまざまな問題提起をし、気づきや考えるきっかけを提供したことに、大きな意義があるのではないでしょうか。
とはいえ、さまざまな問題を乗り越えて、二人で子育てをしていく姿は新しい子育てのカタチの模索と言えるでしょう。このドラマが世の中に一石を投じることができ、これから妊娠し子育てをしていく世代にとって希望に繋がるものになることを祈っています。