嫌悪感すら抱いていた母親が突然、死んだ。40歳の珠美子は母親・園枝の死の謎を追うなかで、仲睦まじかったはずの両親の秘密や園枝と親密な関係の25歳の青年の存在を知っていく。母親として妻として、完璧な役割を果たしてきたはずの園枝が人生の最後に望んだものとは――。
現代を生きる女性たちの孤独と光を描いた『主婦病』で多くの読者の心をつかんだ森美樹さんは、最新刊『母親病』で家族や母親のあり方に真正面から斬り込んでいます。インタビュー1回目は、ご自身の複雑な家庭環境を含めた『母親病』の成り立ちについてお聞きしました。
母親の見舞いをきっかけに物語のテーマが生まれた
ー最新刊の『母親病』は4つの作品からなる連作集です。1話目の「やわらかい棘」は、食品会社勤務の40歳の珠美子が不倫相手と過ごしている最中に、66歳の母親・園枝の訃報を知るところから始まります。園枝の死因は自殺なのか他殺なのか、胃の内容物に含まれていた有毒植物のドクウツギは園枝が自ら食したのか、彼女の死に動揺する25歳の雪仁と園枝は一体どんな関係なのか。1つの家族の崩壊と再生の物語でもあり、いくつもの謎が生じるミステリータッチの作品であるとも感じました。
森さん:この作品を書く前に、私の母が股関節の手術をして入院していたことがあったんです。母は6人部屋に入院しており、私と姉は頻繁にお見舞いに行っていたんですね。同じようにご家族が病院にいらっしゃる方もいれば、誰もお見舞いに来られない方もいて、たった6人の小さなコミュニティの中でもいろいろな家族像があることを実感しました。そのときに生まれた感覚や想いが「やわらかい棘」の執筆につながりました。
私は2013年に「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞してデビューしたのですが、受賞時のインタビューで「ミステリーを書いてみたい」と発言したんです。ミステリーの執筆にはずっと憧れがあり、今回、ほんのさわり程度なのですが挑戦してみました。
物語のきっかけの1つは自身の複雑な家庭
ー「やわらかい棘」は、園枝の娘の珠美子の視点でお話が進んでいきます。
森さん:私は女姉妹で育ち、父は亡くなっていて母と娘だけの家族なんです。母とは女対女として言い合いになったこともありますし、息子と母親よりも、娘と母親のほうがドラマになりやすいかもしれないと思いました。
ーちなみに、言い合いになることもあるというお母様とはどんな関係なのでしょうか。
森さん:実母は私が10歳のときに亡くなっているんです。今の母は実母が他界した1年後に父が再婚した相手なので、ちょっと複雑なところはあるかもしれないですね。
ー物語の中の園枝は、仕事に励む珠美子を「女は、旦那様に一生愛されるのが幸せなのよ」と誇らしげに諭し、「女であること以外の仕事なんて」と娘の生き方をうっすらと笑いながら否定する、いわゆる“毒親”ですよね。
森さん:そうです。園枝は美人ですし、男の人が抗えないような雰囲気のある女性です。もし私と同世代だったら、友だちにはなりたくないタイプですね。その娘の珠美子は母親に対するコンプレックスを跳ね返すような形で、今風の合理的な生き方をしているように思います。不倫はしていますが相手に貢ぐようなことはないですし、堅い会社に勤めて生活の基盤もしっかりしていますから。
母となった女性は“母親としてのポリシー”を持っている
ー園枝が「家と身なりを整えて、常に子どもの自慢でいることよ」と母親としての役割を堂々と語る場面では、自分の価値観に固執するしかない女性の怖さや悲しみのようなものが垣間見えたような気がします。
森さん:「家と身なりを整えて、常に子どもの自慢でいること」は、園枝の母親としてのポリシーだと思うんです。
ー母親としてのポリシーというのは、森さん自身の体感や経験から生まれたものなのでしょうか?
森さん:私の今の母が父と結婚したとき、母は初婚で出産が可能な年齢だったんですね。でも、姉と私のために子どもを産まなかったと聞いたことがあるんです。まぁ、聞かされた方としては複雑な心境ではあるのですが……。振り返ってみると、それが母のポリシーというか覚悟だったのかもしれません。私は残念ながら母になったことがないのですが、母親になると自分の中に芯のようなものができるのかもしれないですね。
ー園枝の死因とされるドクウツギという植物の存在も強烈です。
森さん:園枝の死には毒物を使おうと思い、身近にある毒物を調べまくり、その中から一番、ビジュアルが良くて毒素が強いものを選びました。その時期は図書館で毒物のことをずっと調べていたので、何か事件が発生したら疑われるだろうなと冷や冷やしていました(苦笑)。
次回は複雑な家庭環境で育った森さんのお話をうかがいます。
『母親病』森美樹著 新潮社 1850円(税別)
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森美樹さん
1970年埼玉県生まれ。1995年、少女小説家としてデビュー。その後、5年間の休筆期間を経て、2013年「朝凪」(「まばたきがスイッチ」と改題)で、女による女のためのR-18文学賞を受賞。主な著書に受賞作を収録した『主婦病』、『私の裸』など、参加アンソロジーに『黒い結婚 白い結婚』がある。