私は出産予定日の1カ月半前まで仕事を続け、毎日の通勤はもっぱら電車を利用していました。つわりもさほどひどくなく、まだおなかも目立たないころは立っているのも全然平気でしたが、いよいよ妊娠後期にさしかかるとおなかも重くなり、片道1時間の通勤もひと仕事になりました。
朝のラッシュに巻き込まれない工夫
満員電車で1時間立ちっぱなしはさすがにつらく、朝の通勤ラッシュに妊婦が乗り込むことで周りに気をつかわせてしまうのも気が引けました。
そのため、一番混雑する時間を避け、なおかつ乗り換えに不便で人の少ない車両にあえて乗るようにするなど、工夫をしながら、なんとか自分なりに負担なく通勤できるよう心がけました。
立っている私を呼ぶおばちゃんの声
しかし、そう毎日うまくいくわけではありません。ある日、いつものように電車に乗ると、制服姿の男子高校生のグループが席を埋め尽くし、ワイワイと談笑していました。「今日は頑張らないとな」と思い、私は車両の一番端で壁に寄りかかるようにして、できるだけ疲れないような体勢で立っていました。
するとどこからともなく、「譲ったってー!」というおばちゃんの声が。私は自分が関係していることだと思いもよらず、ぼんやり聞いていましたが、しばらくすると「おいでー!」という大きな声が聞こえ、ふと見ると周りの人がこちらを見ていることに気が付きました。
おばちゃんのおかげで無事に着席できた私
「こっちやこっちや!」周りの人に促されるように行くと、パワフルなおばちゃんたちが手招きし、座席が1つ空いていました。「この子らが空けてくれたんよ。エライ! かっこええで!」おばちゃんたちは元気な男子高校生に声を掛け、私に席を空けてくれたのです。
譲ってくれた男子高校生はおばちゃんたちに褒められて照れ笑いをし、私に小さく会釈をしました。周りにはどこか和やかでほっこりとした空気が漂い、私も心が温かくなりました。
席を譲るように言われた側もお互いに気を悪くすることなく、解決させてしまうおばちゃんたちのパワーには脱帽です。
妊婦生活はなにかと不便なことも多く、実際に体験するまではそのつらさ、大変さはわからないものです。今まで普通にできていたことが、おなかが大きくなるにつれて困難になり、周りに助けられることもたくさんあります。何気ない親切でも、私にとっては思い出に残るくらい大切なできごとでした。
著者:中川ようこ
一男の母。出産を機に仕事を退職。現在はイラストやコラム執筆など在宅で仕事をしつつ、育児に奮闘中。