見知らぬ女性からのLINE
スマートフォンが鳴ったのは、夕食の片付けを終えてソファに座った時でした。知らない番号からの通知でしたが、本文に元夫の名前が並んでいて、思わず指が止まりました。
「突然すみません、彼とお付き合いしている者です。元奥さまですよね?」
後から人づてに聞いたところ、彼女は元夫のスマートフォンに残っていた私の連絡先を見つけ、「元妻がまだ彼に未練を持っているのでは」と気にしていたそうです。けれど、送られてきた内容を見る限り、それは確認というより、ただのマウントでした。
元夫とは2年前に離婚しています。理由は、社内不倫と、私名義の貯金400万円の使い込みでした。慰謝料200万円を受け取って以降、私は彼の近況を知ろうとも思っていませんでした。
マウントの応酬
その女性は、こちらが冷静に応じるほど言葉を加速させていきました。
「彼は今や、都内のタワマン最上階に住んでいますし」
「年収3000万円の男を手放しておいて悔しくないの!?」
「あなたって馬鹿な女ですね、本当に」
タワマン最上階、年収3000万円、会社経営者。私の知っている元夫とは別人でした。離婚時の彼は無職寸前で、貯金は底をついていたはずです。その後も彼女は、「悔しいなら悔しいって言えば?」「復縁しようなんて考えないでくださいね」と勝ち誇った言葉を送り続けてきました。
私は短く「おめでとうございます」とだけ返し、画面を伏せました。怒りよりも、疲労感のほうが重く沈んできました。子どもはもう寝ています。明日も朝6時に起きて弁当を作らなければならない。私はスマートフォンを伏せ、リビングの電気を消しました。
眠れない夜
その夜は眠れませんでした。タワマン最上階、年収3000万円。本当だろうか。離婚時、慰謝料を立て替えてくれた義妹の顔が浮かびました。翌朝、家事の合間に元義妹に電話をかけました。離婚後も、彼女とは子どものことで時々連絡を取っていたのです。
「お兄ちゃんが成功? 何それ、聞いたことないよ。成功どころか、いまだに無職らしいよ」
義妹によると、元夫は今も無職。私への慰謝料200万円と使い込んだ貯金400万円、合わせて600万円は義両親が立て替えたものの、元夫は一度も返済せず、古いアパートで居留守を使っているそうです。
社内不倫の相手にも捨てられ、会社を辞めてそれきりだといいます。
「このお兄ちゃんの嘘、彼女に教えてあげるの?」
義妹に聞かれて、私は少し考えてから答えました。「申し訳ないけど、私から連絡する義理はないかな。あの人の自慢が、相当感じ悪くてね」義妹は「そうだよね」と苦笑していました。
入籍報告と「オバサン」
それから数週間、彼女からの連絡はありませんでした。私は仕事と子育てに戻り、あのLINEのことも忘れかけていました。ところがある夜、再び通知が鳴ったのです。
「ご報告があります!! 私、ついに入籍しました!! 都内タワマン最上階の生活いただきました♡」
絵文字とハートが並ぶ画面を、私は黙って眺めました。そして、次の一文で手が止まりました。
「彼も『やっぱり奥さんは若くてかわいい子の方がいい』って大はしゃぎで!あなた、確か彼よりも5歳年上のオバサンでしたっけ」「前の嫁はわがままで、家事も雑で、妻として終わってた」と言っていたとも書かれていました。
元夫は離婚理由まで「前妻が寂しがって迫ってきたせい」と話していたようでした。胃の底が、ぐっと冷たくなりました。5年間、家事も義実家とのやりとりも、私なりに必死でやってきたつもりでした。
「家事が雑」「妻として終わってた」――その言葉を、よりにもよって彼が知らない女性に流していた。彼女は「私は仕事に理解がある妻だから、絶対に彼を手放さない」と続けます。子どもが寝室から「ママー、まだー?」と呼んでいます。
「もう少しで行くね」と返事をして、私は深く息を吐きました。
「とりあえず、もう別れた旦那のことはどうでもいいですから、どうぞご自由にしてください。マウントも今後は結構ですから」
精一杯、平静を装って送りました。それでも彼女は止まりません。
「もっと悔しがってくれないと、こっちもつまらないんですけど」
「未練があるなら、正直に言えばいいのに」
「でも、もう遅いですよ。彼はもう私のものなので」
「2階建てアパートじゃなくて……?」
最後のメッセージは、こうでした。
「彼と離婚したこと後悔しても遅いのよ。しょぼくれた生活を、せいぜい楽しんでください」
「都内タワマン最上階の生活は、この私がいただきましたから♡」
私は画面をしばらく見つめてから、ゆっくりと指を動かしました。
「2階建てアパートの最上階だよね……?」
数秒の沈黙のあと、画面が立て続けに震えました。
「え?」
「アパート? なんの話よ! こっちはタワマン最上階暮らしだって言ってるでしょ!」「無事に入籍できたし、来週からやっと一緒に暮らすんだから。今の部屋は仕事関係で一時的に借りているだけで、入籍後に本宅へ移るって聞いてるし!」
私は続けて打ちました。
「入籍したなら、彼の住所や勤務先をご自分で確認できますよね。引っ越し前に確認したほうがいいですよ」
「彼がタワマン暮らしじゃなくて、実はアパート暮らしでした~とでも言いたいわけ?」
「私の口からは言いません。住民票、収入証明、勤務先。結婚されたなら、ご自分で確認できるはずです」
私は住所も家賃も口にしませんでした。
「でも、タワマンの写真だってたくさん見せてくれたもん! 部屋にも行ったことあるし、夜景だって一緒に見たのよ!」と彼女は食い下がりました。
「その部屋、本当に彼の家でしたか?」
「どういう意味?」
「入籍したなら、住民票や契約書、勤務先をご自分で確認できますよね。引っ越す前に確認したほうがいいと思います」
入籍済みなら、住所を確認する方法はいくらでもあります。少なくとも、彼の言葉だけを信じて引っ越す段階ではありませんでした。
翌日の不在着信
翌日、元夫から不在着信が10件以上残っていました。
折り返す前に、私は通話録音を始めました。元夫は都合が悪くなると、平気で話をすり替える人です。言った、言わないの争いに巻き込まれないためにも、記録を残しておこうと思いました。
「お前のせいで今こっちは大変なんだからな! あいつ、部屋に来て、玄関先で泣いて騒いで、近所の人まで出てきて……!」
再婚相手は住民票を確認後、アパートに乗り込み、玄関先で元夫を問い詰めたそうです。騒ぎは管理会社にも伝わり、元夫は厳重注意を受けたと言います。
「お前のせいでここに住みにくくなったんだからな!」
「会社経営で成功しているようですし、それぐらいすぐ払えるでしょう?」
「ふ、ふざけんな! 全部知ってるくせに、俺の見栄の嘘だって!」
怒りに任せてまくし立てるうちに、元夫は自分から嘘の中身を話し始めました。元夫は、タワマンも年収3000万円も会社経営も全部嘘だと認めました。
彼女に見せていたタワマンは、知人が借りていた部屋や、短期間だけ借りられる部屋だったそうです。夜景の写真や共用ラウンジの写真を使い、まるで自分の家のように見せかけていたのだと言います。
さらに元夫は、再婚相手に貯金があり、仕事も安定していることを知っていました。入籍してしまえば簡単には離れられない。そう考えて、住まいも仕事も、同居直前までごまかし通すつもりだったのでしょう。
実際の元夫は、今も無職で、古い2階建てアパート暮らし。私への慰謝料や使い込んだ貯金を立て替えた義実家への返済からも逃げていました。
そして最後には、「お前のせいで引っ越すしかなくなった。費用を払え」「今からタクシーで向かっている」と一方的に言ってきました。
私は努めて冷静に答えました。
「この通話、録音しています。請求があるなら書面で送って。弁護士に確認するから。それと、こちらに来るのはやめてね。来るようなら、すぐに警察に相談するから」
電話の向こうで、元夫がはっきりと息を呑む音がしました。
「義実家にも、今からこの録音を送るからね。借金から逃げているうえに、自分の引っ越し費用まで私に払わせようとしていることも、ちゃんと聞いてもらうから」
「やめろ、送るな」と声が裏返りました。
通話後、録音を元義妹に送りました。元義妹からは「こっちで対応する。家には行かせない」と返信があり、念のため玄関の鍵を確認し、子どもにも「今夜は誰が来てもドアを開けないでね」と声をかけました。元夫が現れることは、結局ありませんでした。
その後、元義妹から聞いた話では、元夫は義実家に呼び出され、弁護士同席で返済計画書と誓約書にサインしたそうです。
数日後、再びのLINE
数日後、再婚相手から「住民票を確認しました。聞いていた住所と違ったの!」「私、どうすればいいの!?」とLINEが来ました。
私が返信せずにいると、数時間後には「知っていたなら教えてくれてもよかったじゃないですか」「入籍してしまったのに、このタイミングで……!」と、私を責める文面に変わりました。
私はようやく短く返しました。
「あれだけ馬鹿にしてきた相手に、自分なら親切に教えますか?『馬鹿な女ですね』とまで言われたんですよ、私」
「それは……ごめんなさい。でも、入籍してしまったら、離婚するのがどれだけ大変かわかりますか!?」
「もちろん、わかっていますよ。だって、私はあなたよりも先に離婚した経験者ですから」
そして、彼女が自分で言っていた言葉を、そのまま返しました。
「『彼の仕事に理解があるし、妻として支える』って言っていましたよね。これからどうするかは、ご夫婦で話し合ってください。私を責められても困ります」
その後、元義妹から聞いた話では、元夫は義実家に呼び出され、弁護士同席で返済計画書と誓約書にサインしたそうです。逃げれば法的手続きを取ると告げられ、元夫は義実家側の親戚が経営する会社で住み込み勤務をしながら、返済を進めることになりました。再婚相手は離婚を望んでいるそうですが、元夫は遠方で住み込み勤務。話し合いは簡単には進んでいないと聞きました。
あのLINEの夜から数カ月たちました。元夫や再婚相手から連絡が来ることは、もうありません。
タワマン最上階の生活も、年収3000万円の夫も、最初から存在しませんでした。私にあるのは、子どもとのいつもの暮らしです。朝起きて弁当を作り、学校へ送り出す。その毎日を、今は大切にしたいと思っています。
◇ ◇ ◇
見栄や嘘で人の心をつなぎ留めようとしても、いつか必ずほころびが出るものです。また、誰かを見下すことで優位に立とうとしても、その言葉は思わぬ形で自分に返ってくるものなのかもしれません。他人と比べて優劣をつけるのではなく、家族との日々に目を向け、自分にとっての幸せを大切にしていきたいですね。
【取材時期:2026年1月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。