ボスママから子ども会の会長を押し付けられたみかんママ。
しかしみかんママは会長になったことを良い機会と捉え、ボスママたちが理不尽に決めていた子ども会のルールを少しずつ変えていきました。
ある日、子ども会の説明をするため新1年生の保護者に集まってもらったときのこと。そこには呼んでいないボスママの姿があり、みかんママに子ども会がお世話になった地域住民の訃報を伝え、「子ども会から香典を出すべき」と言います。
お世話になったとはいえ所属会員ではなく、新一年生の家庭は面識もないのに、会費から香典を出すのはどうなの……?
疑問を呈すると、ボスママたちは「あなたが新一年生のお宅に、納得いく説明をしてちょうだい」と人任せな発言。
さらに、今すぐみかんママへ葬儀へ行けと言い出したのです。
無責任なのはどっち!?






後日、同級生のママ友と香典騒ぎの話題になり……。




みかんママとボスママが香典の件でもめていると、新1年生の保護者のひとりが「僕、行きますよ」と手をあげてくれたので、事態は収束しました。
後日、みかんママはたまたま葬儀の手伝いをしていたママ友にそのときのことを話します。
すると、あれほど「今すぐお礼がしたい」と騒いでいたボスママグループは、誰ひとりとして葬儀に顔を出さなかった様子……。
あの日ボスママの意見を受け入れて香典を急いで用意したみかんママは、この件で引越そうと決意するのでした。
香典の用意をみかんママに丸投げし、挨拶には故人と面識のない新1年生のパパが行くことになった今回の騒動。ボスママの意見を汲んで周囲が動いても、本人が他人任せでは「何のために付き合わされたの?」と思わざるを得ないですよね。せめてボスママが周囲に感謝の姿勢を示していれば、みかんママもまだ許せたのではないでしょうか。
「子どもたちのため」「地域のため」といった言葉は聞こえが良いものですが、その裏で誰か一人に負担が偏ってしまっていては本末転倒です。本当に大切なのは、声だけでなく行動でも支え合うこと。善意や責任感だけで無理を重ねてしまうと、気づかないうちに心がすり減ってしまうもの。自分や家族の生活を守るためにも、ときには距離を取る選択も大切だと感じさせられる出来事でした。
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あべかわ