母が倒れて病院へ…義母が気にしたのは“夕飯”
そんななか、義母から電話がかかってきたのです。「もうパートは終わっているでしょ? 夕飯の支度はまだ?」
私は事情を説明し、今日は夕食を作れないことを伝えました。すると義母は、最初こそ不満そうな口ぶりでしたが、母が倒れて病院にいることを知ると態度を変え、「容態は大丈夫なの?」「病院に向かいましょうか」と、気遣うような言葉を並べました。
私はその言葉に少し救われる思いがしました。とはいえ、まだ安心できる状況ではありません。母はひとり暮らしで、家も古く、段差の多い住まいです。たとえ退院できたとしても、これまで通りの生活を送るのは難しいかもしれません。
そんな話をしていると、義母は「それなら家は手放すことになるわね」「老人ホームかサービス付き高齢者向け住宅のほうがいいはず」と口にしました。このときは、義母も母のことを思ってくれているのだと感じていたのですが……。
母を心配する私に…夫が放った冷酷なひと言
翌日から、私は数日間実家へ戻り、病院に通うことにしました。自宅からでは往復3時間近くかかってしまい、少しでも長く母のそばにいたかったからです。ところが、その話を夫にすると、返ってきたのは思いやりとはほど遠い言葉でした。
夫は「うちから通えばいいだろ」と言い、私が「倒れたばかりだから、できるだけそばにいてあげたい」と伝えても、「お前がそばにいても治るわけじゃないのに」と突き放したのです。さらに夫は、「嫁っていうのは嫁いだ先で頑張るもんじゃないの?」とまで言い放ち……あまりの冷たさに言葉を失いました。
そもそも、私は結婚前に同居はしないと聞いていました。ところが入籍後、当然のように義母との同居が始まり、結婚生活が始まって以来、私は義母から嫌味を言われ続けてきました。それでも夫は、いつも「母さんははっきりしてる性格なだけ」「悪気はない」と言って、私の訴えをまともに受け止めてくれませんでした。
「家事をするために結婚したわけじゃないのに……」そう口にすると、夫は「俺だってタダ飯を食わせるためにお前と結婚したわけじゃない。養ってやってる分はちゃんと働け」と言ってきたのです。
「家は売るでしょ?」義母のひと言に背筋が凍り…
それから1週間ほどが経ったころ、着替えを取りに一度自宅へ戻ることにしました。母の容態はまだ安心できない状況ではあったものの、ひとまず持ちこたえ、私は必要なものをまとめるために短時間だけ帰宅したのです。
すると家の中には、見慣れない高価な品々がいくつも増えていました。居間にはマッサージチェア、ゴルフ用品、ブランド物の袋まで並んでいます。どう見ても、急に贅沢な買い物をしたとしか思えませんでした。
不思議に思って義母に尋ねると、義母は悪びれる様子もなく笑って言いました。「まとまったお金が入るからね。今まで欲しかったものを好きなだけ買ってみたの」私は最初、宝くじでも当たったのかと思いました。けれど義母が口にしたのは、信じられない言葉でした。「あなたの実家は売ることになるでしょ? だから、そのお金が手に入るじゃない」
耳を疑いました。義母は、まだ母が生きているにもかかわらず、母の家を売ったあとのお金をあてにして、夫と一緒に好き勝手に買い物をしていたのです。しかも義母は、「お母様ってもう長くないんでしょ?」「家の売却金はあなたが2割でいいわよね。あとの手続きは私たちがやってあげるし」と、まるで当然のことのように話を進めてきたのです。
すべてを悟り…義母と夫に突きつけた“決断”
私は怒りで震えながら、「母はまだ生きています」「縁起でもないことを言わないでください」と伝えました。すると義母は、「先のことを考えてるだけよ」と言い、最後には「お金が手に入るからこそ、お見舞いに行ったり家を空けることを許してあげてるの」と笑ったのです。
このとき、ようやく私はすべてを理解しました。義母が急にやさしく見えたのは、私や母を思いやっていたからではありません。母の家と、その先にあるお金を見込んでいただけだったのです。
それから数週間後、私は夫に離婚届を渡しました。突然のことに夫は動揺し、「どういうことだ」と問い詰めてきましたが、私の気持ちはもう決まっていました。
母が倒れた直後から家のことや遺産のような話をしていたこと、私のいないところで母の家をあてにして散財していたこと、そして何より、私がずっと受けてきた義母からの嫌がらせや夫の暴言。そのすべてが積み重なり、もうこの人たちとは暮らせないと確信していたのです。
夫は、「今まで誰が養ってやったと思ってるんだ? 離婚するなら今までの生活費を請求するからな」と逆上しました。私は、これまでしてきた家事や義母の世話、受けてきた嫌がらせの記録を日記に残していたことを伝えました。そして、「慰謝料を請求したいくらい」と告げたのです。
離婚成立…義母と元夫を待っていた結末
すると夫は、ようやく焦り始めました。「母さんには俺がきちんと話しておく」「これからは家事もお前任せにはしない」と、今さらのようにすがってきましたが、私の気持ちが変わることはありませんでした。
私が夫に、母の容態が安定したことを伝えると、夫は「母さん(義母)は50万円もするベッドを買ったんだぞ!? そのお金は誰が払うんだ!」と青ざめます。母の死を待つような人たちの、お金の心配までするつもりはないと伝えました。
その後、離婚の話し合いは大きくこじれ、最終的には調停離婚となりました。しかし、義母からの嫁いびりや夫の暴言などが認められ、私に有利な形で離婚が成立しました。
一方、元夫と義母は、母の家を手に入れるつもりで借金までしていたため、現在は返済に追われ、厳しい生活を送っているそうです。近所の方の話では、離婚の原因を互いになすりつけ合い、頻繁に言い争っているのだとか。
母はその後、半年ほどで無事に退院しました。家は売却し、バリアフリーのマンションへ引っ越しています。現在は私も仕事をしながら母と暮らしていますが、母は驚くほど元気になり、以前よりも明るい表情で過ごしています。母が元気なうちに、これからたくさんの思い出を作っていきたいと思っています。
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身内の体調不良や介護の問題は、家族の本質や価値観が浮き彫りになりやすいものですよね。特にお金や相続が絡むと、相手を思う気持ちよりも、自分の損得を優先してしまうこともあるかもしれません。
今回のように、本人がまだ健在であるにもかかわらず、先の財産をあてにした発言や行動が続くと、信頼関係は大きく損なわれてしまいます。家族だからこそ、相手の状況や気持ちに寄り添い、節度ある距離感と誠実な対応を心がけたいですね。
【取材時期:2026年3月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています