食事会で見えた本性
彼が自分の店をオープンすることが決まり「オープン前にスタッフと食事会をするんだ。君のことも紹介したいし、ご両親にもお礼を言いたいから」と言われました。実は私の両親が彼のために開業資金を援助していたのです。私は「その日、両親は予定があるみたいだから、私が1人で伺うね!」と伝えました。彼のお店で働くスタッフとは、これから先、顔を合わせる機会もあるはず……。そう思うと少し緊張はしましたが、人生の節目のような場に呼んでもらえたことが素直にうれしくもありました。
会場に着くと、感じのいいスタッフたちが笑顔で迎えてくれました。しかし、その中にひとりだけ、明らかに私を値踏みするような目で見てくる女性がいました。その女性は彼の“幼なじみ”でした。彼はどこかうれしそうに、その女性が店の立ち上げ準備のころから相談に乗ってくれていたことや、オープン後のことまで一緒に考えてくれていたことを話し始めました。まるで2人で店を作ってきたかのような空気に、私はなんとも言えない居心地の悪さを覚えました。しかもその女性は彼の隣にぴったりと座り、私のほうをちらちら見ながら意味ありげに笑うのです。嫌な予感がした次の瞬間、彼女が私を見ながら「ねえ、本当に彼と結婚するの?」と問いかけてきたのです。続けて彼女は、面白がるように「あなたからプロポーズしたんでしょ!? がっつき過ぎ!」と言い放ったのです。あまりに失礼な言い方に、私は頭が真っ白になりました。彼のほうを見ると、返ってきたのは私をかばう言葉ではありませんでした。
「俺も正直ドン引きしてたんだよね〜! 女からプロポーズってヤバくない!?」
軽く笑いながら放たれたその一言に、胸の奥がすっと冷えていきました。まわりのスタッフは困ったような顔をしていたのに、2人だけは楽しそうに笑い合っていました。その光景を見た瞬間ーーああ、この人は、私の味方じゃないとわかってしまったのです。気まずい雰囲気に耐えきれず、私は「急用を思い出したので失礼します」とだけ言って席を立ちました。店を出たあとに込み上げてきたのは、怒りよりも失望でした。信じていた相手に、あんなふうに笑われた――その事実が、胸の奥に重く残ったのです。
暴かれた本音
実家に戻った私は、その日の出来事を両親にすべて話しました。父は最後まで黙って聞いていましたが、話し終えたあと、静かに「それが彼の本性かもしれないな」と呟きました。私は心のどこかで、あの場の空気に流されただけかもしれないと思いたかったから言い返すことはできませんでした。幼なじみの女性の言葉も、彼の笑いも、きっと悪い冗談だったのだと……そう思い込もうとしていました。しかし、その願いはすぐに打ち砕かれることになったのです。
あの日を境に、彼の態度は目に見えて変わっていったのです。 それまでこまめにくれていた連絡は減り、こちらから送っても返事は短く、どこか投げやりなものばかりになりました。食事会で私を傷つけたことについても、謝る様子は一度もありません。まるで何もなかったかのように振る舞う彼に、私は少しずつ違和感を覚え始めていました。その一方で、幼なじみの女性とは店の準備を理由に頻繁に一緒にいるようで、店のスタッフのSNSには閉店後も2人だけが残っているような投稿が何度も上がっていました。並んで写る2人の距離は近く、そこに私の居場所はどこにもないように感じられたのです。すると、突然、彼の店で働くスタッフのひとりから、そっと連絡が届きました。 メッセージを開くと「黙っていられなくて……」と一言が。続くメッセージに書かれていた言葉を見た瞬間、私は息が止まりそうになりました。そこには「実家が太いから結婚するだけだろ。開業資金も援助してもらってるしさ。これで俺の店は安泰だ」「ベタ惚れの彼女をちょっと利用してやっただけ。金を引っ張り出すのもちょろかったわ」と彼の発言が綴られていたのです。そして、証拠として音声メッセージも送られてきました。……間違いなく彼の声でした。
その瞬間、胸が痛むどころか、不思議なくらい何も感じなくなりました。 怒りも、悲しみも、悔しさも湧いてこない。ただ、心の奥がすっと冷えていくのがわかりました。私が好きだったのは、夢に向かって頑張る姿でした。支えたいと思ったし、一緒に歩いていきたいとも思っていました。しかし、彼にとって私は、ただ利用できる存在でしかなかったのです。そう思ったとき、迷いは完全に消えました『 この結婚はやめる。 もう、この人とは終わりにしよう』 私は、静かにそう決めたのです。
崩れた信頼の代償
私はその日のうちに、彼との結婚を白紙にすることを決めました。私は両親にすべてを伝え、スタッフから届いたメッセージの内容も、音声も、ひとつ残らず聞いてもらいました。 父は「ここまで言われて、それでも一緒になる理由はないな」と一言。その言葉に、私は小さくうなずきました。
その後、父を通じて、彼に婚約解消の意思を正式に伝えることになりました。あわせて、これまで開業資金として援助していたお金についても、今後の対応をきちんと話し合う必要があることを伝えました。すると数日後――。突然、彼が実家にやってきたのです。 しかも、あの幼なじみの女性まで一緒でした。 玄関のチャイムが鳴り、扉を開けた瞬間、目の前に立っていた2人の姿を見て、私は一瞬だけ息をのみました。けれど、不思議と心は落ち着いていました。すると彼が「婚約解消ってどういうことだよ!」と激怒! その言葉を聞いても、私はもう何も感じませんでした。ただ静かに「急じゃないよ。私は、ちゃんと考えて決めたの」と伝えました。すると横にいた幼なじみの女性が「ちょっと大げさなんじゃない? あれくらいの冗談でさぁ」と笑いながらいうのです。すると、父が2人に向かって「冗談で済む内容ではないだろう! 家族になる前提で支援していたものだからこそ、婚約が解消となった以上、今後については正式に整理しなければならない。これまで援助したお金はしっかりと返してもらう」と開業資金について指摘しました。彼の顔色は、みるみるうちに変わり「いや……それは……ちょっと待ってください!!」と、先ほどまでの勢いは消え、声は明らかに弱くなっていました。隣にいた女性も、さっきまでの余裕はなくなり、何も言えずに黙り込んでいます。私はその様子を見ながら「この人は、私を大切にしていたわけじゃなかったんだ」と思ったとき、もう振り返る気持ちは残っていませんでした。
その後、必要な手続きを進め、婚約は正式に解消されました。彼の店はしばらく営業を続けていたようですが、経営は思うようにはいかなかったと、後から耳にしました。あの出来事からしばらく経った今、私は以前と変わらない日常を取り戻しています。
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信じたい気持ちがあるほど、小さな違和感を見過ごしてしまいがちです。しかし、本当に大切なのは言葉ではなく、その人の行動なのかもしれません。相手の本音は、何気ない態度や日々の変化の中にこそ表れるものなのかもしれません。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。