記事サムネイル画像

母の葬儀を無視した弟夫婦「実家には私たちが住むから出てけ」⇒「どうぞ?」義妹が絶望したワケ

私は病気の母と2人で暮らしていました。母は入退院を繰り返しながらも、自宅での療養が増えてきた時期で、介護はすべて私が担っていました。

そんなある日、長年音信不通だった弟から突然連絡がありました。かつて弟は母の結婚指輪を勝手に売ったことを私に叱られ、バツが悪くなって逃げたのです。

父が亡くなったときにも保険金で勝手に車を買うような人だったので、家族にとって昔からのトラブルメーカーでした。

久しぶりに私たちに会いにきた弟は、見知らぬ女性を連れていました。彼女は弟と半年前に結婚したという義妹です。

義妹は初対面から遠慮のない人でした。家を見て「へえ、結構いい家住んでるんですね」と褒めつつも、病気の母とふたりで暮らすには「もったいない」と言い放ちます。


続いて、私が弟夫婦に介護の手伝いを頼めないかと尋ねた際も、「そんな大変そうなこと私にはできない」と即座に拒絶。

 

さらに「お義姉さんは独身なんだし、親の面倒を見るのは当然の役目ですよね。私たちが来たからって変に期待されても困ります」と、突き放すように言われました。

 

私は呆れつつも、母にいつ何があるかわからない状態だったので、せめてたまには母の見舞いに来るよう頼みました。義妹は軽い調子で「来れたら来ます」と答えましたが、弟夫婦が顔を見せることはありませんでした。

母が他界

あの訪問から半年後、母は静かに息を引き取りました。最期くらいは一目会わせてあげたいと、私は何度も弟に電話やメッセージを送りましたが、既読がついたまま返信が来ることはありません。結局、弟夫婦は母の葬儀にすら顔を出しませんでした。

 

母を最期まで看取り、ひとりで葬儀を取り仕切る中、心身ともに限界だった私……。ところが葬儀が済んでしばらくして、義妹から突然メッセージが届いたのです。

 

「私たちがお義母さんの家で暮らします」「荷物送るので受け取りよろしく」あまりに一方的で身勝手な内容に目を疑いました。

家は誰のもの?

義妹の主張はこうでした。母がいなくなった今、独身の私がひとりで住むのはもったいない。家は長男である弟が継ぐのが当たり前で、自分たちが住む権利がある。独身の姉さんは早く出て行け、と無茶苦茶な理屈を並べてきたのです。

 

さらに、すでにアパートは引き払い済みで、引っ越し業者の手配も終わっているそう……。

 

5年間、私と母はここで暮らしてきました。母の療養に適した環境を選び、断熱性が高く、寝室から富士山が見える素敵な家です。

 

その家を、看病も葬儀も放棄した弟夫婦が当然のように奪おうとしているなんて……。義妹は「あんなオシャレな家、お義姉さんには似合わない」「宝の持ち腐れ」とまで言いました。

 

今思えば、半年前の突然の訪問は「家の下見」だったのかもしれません。母が亡くなるのを待って、家を乗っ取る算段だったのです。

 

私はひとつだけ言いました。「わかった。そこまで言うなら、私は身を引くことにする。でも、あなたたちにその家に住む資格はあるのかはわからないけど……」

 

義妹は「勝った」と言わんばかりの下品な笑みを浮かべていました。そんな彼女を、私はどこか冷めた目で見つめていました。

 

怒りを通り越して、哀れみすら感じていたのかもしれません。なぜなら、彼らが根底から「決定的な勘違い」をしていることを知っていたからです。

 

あの家、実は……

しばらくして、義妹から連絡がありました。「知らない男の人が警察を呼ぶって怒鳴り込んできたの! 不法侵入だとか何とか言って……。夫が追い返そうとしたけど、全然引いてくれない!」と。

 

私は落ち着いて事実を伝えました。あの家は母の持ち家ではありません。母を長年精神的にも経済的にも支えてくれた、大切なパートナーだった男性の所有物で、私たちは彼のご厚意で、無償で住まわせてもらっていたに過ぎません。

 

その方は複数の会社を経営し、周辺一帯の不動産も所有している人物です。母が亡くなった後も、私には引き続き住む許可が出ていました。

 

けれど無関係の弟夫婦が勝手に住み着くなど、当然許されるはずがありません。私はその事実を彼に伝えていたのです。

 

「引っ越し頑張って!」と伝えると、義妹の声が震え始めました。

泣きついてきた義妹

義妹はなりふり構わず、必死に助けを求めてきます。「今までのことは謝ります。だからお金を貸してください」「お義母さんの葬式に行かなかったことも悔やんでいる……」と。

 

けれど私の心はもう決まっていました。義妹は最後に「お金がない」「ほぼ無職で家賃も払えなかった」「だから家が必要だった」と、困っていた現状を訴えてきました。

 

けれど、母の闘病を見捨て、葬儀にも来ず、家だけを奪おうとした人たちに、同情する気持ちは湧きませんでした。

 

「荷物をひとつでも残したら容赦しない。とっとと出て行って」私はそう告げました。

 

その後の話

弟夫婦は早々に家から去って行きました。その後の彼らの行方など、知る由もありません。私は以前と変わらずこの家で暮らし、母のパートナーだった男性とも家族のような交流を続けていきました。

 

数年後、ご縁があって結婚することになり、その方には結婚式で父代わりとしてバージンロードを歩いてもらいました。母がつないでくれた絆に、今も心から感謝しています。

 

◇ ◇ ◇

 

家族であっても、日ごろから相手を思いやる行動がなければ、本当の意味での絆は育まれないのではないでしょうか。自分勝手な振る舞いで失った信頼は、二度と取り戻すことはできません。

 

人生には予期せぬ困難がつきものです。だからこそ、いざというときに助け合える誠実な関係を大切にしていきたいですね。

 

【取材時期:2026年2月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

ベビーカレンダー記事制作の取り組み
\ この記事にいいね!しよう /
シェアする

  • コメントがありません

この記事の著者
著者プロファイル

ライターベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

読者からの体験談をお届けします。

同じ著者の連載

新着記事が配信されたら、メールやプッシュ通知でお知らせ!

気になる記事をまとめ読み

人気連載

新着連載

連載完結

もっと見る

注目記事を探す

人気記事ランキング

アクセスランキング
コメントランキング

お得な無料キャンペーン

エンタメの新着記事

PICKUP