産後3カ月の私を追い詰めた夫の暴言
私は、夜泣きが続いていて眠れていないことや、まだ産後3カ月で心身ともにつらいことを伝えました。けれど夫は、「専業主婦なんだから家のことくらいちゃんとやれ」「もう3カ月経ってるんだから慣れて当然」と言うばかり。
休日くらいは育児を手伝ってほしいと頼んでも、「毎日働いてるのに休みまで自由がないのか」と不満そうでした。
さらに、「母親なら育児をして当たり前」「働いていないのに家事育児の両立ができないなんて甘えだ」とまで言われ、私は追い詰められていきました。お風呂に入る時間さえほとんど取れず、夜泣き対応もすべて私任せ。それでも夫は、自分は十分やっているつもりだったようです。
高熱の私と娘を放置…夫の冷酷なひと言
そんな生活が続いたある日、私も娘も発熱してしまいました。私は39度近い熱があり、娘を抱っこしながらでは横になることすらできません。私は夫に「帰ってきて」「病院に連れて行って」と連絡しました。
ところが夫は、「うつされたくない」「来週大事なプレゼンがあるから帰れない」と拒否。救急病院へ行きたいと頼んでも、「LINEしてないで寝てろ」と冷たく返すだけでした。さらにその日は、「風邪をうつされたくないからホテルに泊まる」とまで言い出したのです。
私はそのとき、この人にはもう頼れないと痛感しました。
義母が駆けつけ入院…届いた夫の鬼LINE
その後、私の連絡を受けた義母が急いで駆けつけ、私と娘を病院へ連れて行ってくれました(私の母は他界しています)。私はそのとき意識が朦朧としていたようで、娘も十分にミルクを飲めていない状態だったため、2人ともそのまま入院になりました。
数日後、「最近見かけないけど、どこにいるんだ?」と、ようやく夫から連絡が来ました。しかし、その内容は私たちの体調を気遣うものではなく、「家事をサボるな」「専業主婦は気楽でいいよな」といった責める言葉ばかりでした。
そのとき返信したのは、私ではなく義母でした。――「奥さんと子どもは亡くなったよ」と。
もちろん、それは夫に自分のしたことの重大さを思い知らせるための言葉でした。夫は驚き、誰だと取り乱したあとで、相手が自分の母だと知って青ざめたそうです。そして慌てて、「亡くなったとはどういうことなのか」と問い詰めました。
義母は、もし病院へ行くのが遅れていたら最悪の事態もあり得たこと、産後で体力が落ちた私が高熱で倒れていたことを伝えたそうです。夫は「ただの風邪だろ」としか思っていなかったのでした。
反省ゼロの夫に、私が決めたことは
退院後、私は義母の家で過ごしました。そして入院から2週間後、夫と話し合い、自分の気持ちをはっきり伝えました。高熱の私と娘を見捨てたことは決定的でしたが、それだけではありません。娘が生まれてからずっと、夫は育児も家事も私に押しつけ、私の訴えに向き合おうとしなかったのです。
夫は謝り、これからは変わる、もう一度チャンスがほしいと言いました。けれど私には、今さらとしか思えませんでした。困っているときに助けてくれない夫や父親と、この先も一緒に子どもを育てていくことはできない。そう感じたのです。
しかも、話し合いに行くと伝えていた日の家は散らかったままでした。少しでも反省しているなら掃除くらいしているはずなのに、結局何も変わっていないのだと、そのときはっきりわかりました。
別居後、豹変した夫。それでも戻れない理由
その後、私たちは何度か話し合い、ひとまず1年間は別居することになりました。夫婦としてやり直す気持ちはありませんが、父親として責任を果たす意思があるのなら、その機会だけは残そうと思いました。
別居後、夫は人が変わったように娘の世話をするようになりました。正直、一緒に暮らしていたころより父親らしく見えるほどです。それでも、言われたことやされたことを許すつもりはありません。
これから先も大変なことはあると思いますが、私は義母や周りの力も借りながら、娘が安心して暮らせる環境を整えていくつもりです。母として、親として、できる限りの愛情を注いでいきたいと思っています。
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産後は想像以上に心身への負担が大きく、特に夜泣きが続くと、慢性的な寝不足や体調不良に悩まされることも少なくありませんよね。本来であれば、パートナーがその大変さを理解し、支え合うことが何より大切な時期。
夫婦のかたちはそれぞれですが、「困っているときにどう向き合ってくれるか」は、関係を続けていくうえで大きな指標になることもありますよね。自分と子どもが安心して過ごせる環境を優先するという選択は、決して間違いではないのかもしれませんね。
【取材時期:2026年3月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています