家族にうつさないように隔離
子どもたちの看病なら、私が動きます。でも今回は私だけが発熱しました。夫は子どもにうつらないよう、私を別室へ移しました。判断としては正しいのだと思います。けれど、隔離という処置にどこか寂しさを感じてしまいました。
「早く横になって」と言われ、布団に入る。私はひとり、熱にうなされていました。誰かに背中をさすってほしい。冷たいタオルを替えてほしい。そんな思いが浮かんでは消えます。
でも母親である私は、自分のことは自分でやるしかない。そう思いながら、ただ天井を見つめていました。
無意識の呼び声にはっとした
ぼんやりとした意識の中で、私は何度も「お母さん」と呼んでいました。甘えた響きで、幼い子どものように。
はっとして目が覚めました。母をそんなふうに呼んだのは、何十年ぶりでしょう。ここにはいないのに、どうして口から出たのか。そのとき、私は幼いころの自分に戻っていたのだと気付きました。
認知症の方が遠い昔の記憶を鮮明に思い出すという話を聞いたことがありますが、強い記憶は体の奥に残っているのかもしれません。熱という非常事態が、その扉を開けたのでしょう。
守られていた安心の記憶
私が呼んだ「お母さん」には、きっと安心の記憶が詰まっていました。苦しいとき、そばにいてくれた人。額に手を当ててくれたぬくもり。私は大切に育てられてきたのだと、そのとき思い知りました。
そして同時に、私は子どもたちにとって、そんな存在になれているだろうかと考えました。熱にうなされながらも、胸の奥がじんわりと温かくなりました。弱ったときに思い出す人がいるということは、こんなにも心強いのだと知ったのです。
まとめ
母親になってから、自分が守る側だと思ってきました。でも本当は、私も誰かに守られて育った子どもだったのです。熱の中で呼んだ「お母さん」というひと言が、それを思い出させてくれました。
いつか子どもたちが苦しいとき、無意識に私の名前を呼んでくれるような存在でありたい。そのために今できることを、一つずつ重ねていきたいと思います。あの夜の熱は、静かな気付きを残してくれました。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
※AI生成画像を使用しています
著者:山口彩乃/30代女性・主婦
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年3月)
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