毎月兄からお金をもらう私に兄嫁が罵倒→秘密を暴くと…!?

私はフリーランスのイラストレーターとして働いています。仕事に没頭すると食事も睡眠も後回しにしてしまう性分で、過去に無理がたたって倒れたことも。そんな私を心配し、兄は頻繁に様子を見に来てくれます。
兄がここまで私を気にかけるのには、家庭環境が影響しています。私と兄は、早くに父を亡くし、母子家庭で育ちました。その母も長年の苦労がたたってか、私がまだ学生のころに病に倒れ、数年の入院生活を経て、私が社会人になったのを見届け、亡くなりました。
それから数年後、兄は結婚したのですが、奥さんのA子さんは生まれつき体が弱いそうで、兄は外で働きながら家事のすべてをこなす生活を送るようになりました。病気で倒れた母や、自分が献身的に支えているA子さんを見ている兄にとって、不規則な生活を送る妹のことも心配で放っておけなかったのでしょう。
大きな波紋を呼んだ勘違い
ある日、これまで一度も訪ねてきたことのなかったA子さんが、ひとりで私の家へやってきました。戸惑う私をよそに、A子さんは部屋に入るなり鋭い口調で私を問い詰めてきたのです。
「あんた、夫から毎月10万円も振り込ませているんですって?」
聞くと、A子さんは私と兄の電話を盗み聞きしていたようです。私は兄が勤める会社と正式に業務委託契約を結んでおり、イラスト制作の対価として報酬を受け取っていました。兄はその確認のために電話をくれていたのですが、A子さんは私が兄から「仕送り」をもらっていると、なぜか決めつけていたのです。
きちんと働いて得たお金だと説明しましたが、A子さんはまともに取り合ってくれず「フリーランスだかなんだか知らないけど、そうやって仕事のフリして夫にお金を振り込ませてるんでしょう?」と。
プロとしてのプライドを傷つけられたことに腹も立ちましたが、突然の理不尽な言いがかりに、心底あきれてしまった私。「それなら、兄の会社との契約は今月で終わりにします」と告げると、A子さんは満足げな顔をして去っていきました。
しかし、病弱なはずのA子さんが見せた、あまりに気力に満ちた態度に違和感を覚えた私は、A子さんの身辺を調べてみることにしたのです。すぐに調査会社に依頼しました。
崩れた「病弱な妻」の仮面
それから3週間ほどが経ったころ、再びA子さんが訪ねてきました。兄から厳しく叱責されたようで、青い顔をして契約の継続を懇願してきたのです。個人的な感情で、兄の仕事や会社へ迷惑をかけることの重大さに、ようやく気づいたのでしょう。
「お願い、夫に捨てられたら生きていけないの!」とすがりつくA子さんに、私は静かに問いかけました。
「病気のフリをして手に入れた悠々自適な生活が惜しいの? それとも、不倫相手に貢ぐお金がなくなるのが困るの?」
その瞬間、A子さんの表情が凍りつきました。調査の結果、A子さんは病弱を装って家事を兄に押しつける一方で、元気に遊び歩き、不倫までしていたことが判明したのです。兄から受け取っていた通院代や薬代、生活費も、その多くが不倫相手との交際費に消えていました。
私の家に押しかけ、「仕送りさせている」と言いがかりをつけてきたのも、兄からもらえるお金が私のせいで減っていると考えたからなのでしょう。
私が調査報告書を突きつけると「夫には内緒にして! お願い!」と泣きついてきたA子さん。そんなA子さんの背後から、兄が姿を現しました。兄はA子さんが訪ねてくる少し前に私の家に来て、部屋の奥に隠れていたのです。
私は事前にすべての証拠を兄に共有していました。「信じて支えてきた結果がこれか……。離婚してくれ。家からもすぐに出て行ってくれ」兄の冷徹な宣告に、A子さんは絶叫して崩れ落ちました。
兄のやさしさを搾取したA子さんの末路
その後、兄とA子さんの離婚は速やかに成立しました。A子さんは慰謝料の支払いと生活費のために、現在は古いアパートでひとり暮らしを始め、昼夜問わず働いているそうです。離婚直後、A子さんは不倫相手を頼ったようですが、A子さんにお金がないとわかったとたん、あっさりと見捨てられてしまったのだとか。
現在、私は兄と2人で生活しています。兄が私の体調をこれでもかというほど気遣ってくれるおかげで、以前よりも安定して創作活動に打ち込めるようになりました。兄にはまた素敵な恋をして、幸せになってほしいなと思っています。
◇ ◇ ◇
人の善意を利用し、平然と嘘を重ねる行為は、いつか必ず自分に返ってくるものなのかもしれません。他人のやさしさに甘えるばかりでなく、自らの足で立ち、周囲への感謝を忘れずに生きることの大切さを、改めて痛感しますね。大切な人を裏切るような行為は決してしないと心に誓って、周囲に感謝してまっすぐに生きていきたいですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
1つ目のエピソードでは、仕送りを受けていると思い込んだことで、相手の思い込みの強さや身勝手さが一気にあらわになっていきます。その結果、自分の都合ばかりを優先していた姿勢が、思いもよらない形で関係を崩していくのでした。 次のエピソードでは、その身勝手さはさらに現実的な形で表れていきます。善意で続けてきた仕送りが当然のように受け取られ、感謝のない言葉や浪費によって、信頼関係そのものが揺らいでいき……。
仕送りをホストに貢ぐ義母の暴言→夫の秘密を突きつけて絶縁した結果

5年前に義父が亡くなり、義母はひとり暮らしになりました。お金もなく、寂しがっているのではないかと心配した私たち夫婦は、毎月10万円の仕送りを決意。決して多くはない給料でしたが節約を続け、5年間欠かさず仕送りを続けていました。
ところが、ある日駅前で見かけた義母の姿に私は目を疑いました。義母は若い男性と親しげに歩いていたのです。
「あの子はお気に入りのホストよ」と悪びれもせず笑う義母。生活の足しにしてほしいと思ってしていた仕送りがホストに注ぎ込まれていたと思うと、複雑な気持ちでした。
義母に貯金はないはずです。ホストクラブに通っているとなれば、年金も私たちの仕送りも、手元に届いたそばから消えているに違いありません。「私はケチケチせずお金を使う主義だから、手元には残さないの」と豪語する義母の先行きが、急に恐ろしくなりました。
私は努めて冷静に「せめてパートを始めてはどうか」「今の生活を改めてほしい」と伝えました。しかし、義母の口から飛び出したのは、感謝の欠片もない言葉……。
「10万ぽっちの仕送りで偉そうにしないで。そんなに口を出したいなら、もっと余裕のある金額を送ってからにしたらどう?」
これまで自分たちの将来を削り、節約して仕送りをしてきました。それを「10万ぽっち」と切り捨てられ、とても悲しい気持ちになったのです。私はその場で、5年続けた仕送りを打ち切ることにしました。
崩壊した家計
仕送りをやめた最初の月。義母から「入金が遅れている」と催促の連絡が入りました。
実は仕送りをやめたのにはもうひとつ理由があります。私は冷静に事実を告げました。「今うちにはお金がないんです。夫が投資に失敗して、多額の損失を出してしまって……」
自分たちの生活すら逼迫したわが家には、義母に仕送りをする余裕など1円もありません。貯金もなく、カードの支払いに追われる義母はパニックに陥りました。
そして態度を一変させ、「どうにか仕送りをしてほしい」とすがり付いてきたのです。もちろん丁重にお断りしました。
その夜、夫から「仕送りを続けてほしい」と相談されました。夫は私に内緒で家計に手を出し大きな損失を出したのに、まったく反省していない様子。
夫は「夫婦なんだから、ここは協力して乗り切ろう。母さんのことも、二人で頑張ればなんとかなるって!」と、楽観的な言葉を並べるばかり。しかし、私には夫と一緒に家計を立て直す気力も、義母を支え続ける義理も、もう一滴すら残っていなかったのです。
嫉妬が生んだ暴言と浪費
仕送りを要求する義母は震える声で謝罪し、無駄遣いや私に暴言を吐いた理由を打ち明けました。義母の心の奥底にあったのは、高学歴で自立している私への激しい嫉妬。自分と比較しては、お金を浪費し、私を貶めることでしか自尊心を保てなかったというのです。
その身勝手すぎる告白を聞いても、私の心は動きませんでした。それに、かつて夫も義母といっしょになって私の学歴を「かわいげがない」と笑っていたことを思い出しました。
「嫉妬していたから何をしても許されると思っているんですか? もう付き合いきれません!」
私は離婚を決意しました。身勝手な投資で家計を破綻させ、挙句の果てに「家族」という言葉を盾にして甘え続ける夫。そんな彼に注ぐ愛情は、もう枯れ果てていました。
何より、この先もずっと理不尽な主張をする義母を支え、振り回される人生を送ることなど、到底考えられなかったのです。
自業自得の果て
数日後、義母から泣きながら電話がありました。どうやら、私に離婚を突きつけられたことで生活基盤を失ってパニックになった夫が義母の家に乗り込み「この家を売って金の足しにする」と言ったそう。
その家は、義父の死後、夫と義母が相続した共有名義の家でした。にもかかわらず、夫は一方的に「売って金にする」と言い出したようです。
住む場所さえ失いかねない状況に、義母はなりふり構わず私にすがり付いてきました。
「この年で家を追い出されたら、路頭に迷ってしまうわ!」という悲鳴のような叫び。しかし、それは私が何度も警告し、彼女が鼻で笑い飛ばしてきた未来そのものでした。私は、断固とした拒絶を返しました。
「もう人に頼らず、自分の力でなんとかしてみたらどうですか」
私たちに依存し続けた人生のツケは、あまりにも重いものでした。義母は最後まで「今更生き方は変えられない」と現実逃避を続けていましたが、私にはもう関係のないことです。
私は正式に離婚し、あの親子とは一切の連絡を絶ちました。
断ち切った先に……
しばらくして元義実家の前を通ると、そこにはすでに知らないアパートが建っていました。今、どこでどうしているか、私にはわかりません。
私は今、自分の収入をすべて自分のためだけに使い、誰にも依存しない・依存されない生活を謳歌しています。自立して生きる力を持っていることが、どれほど自分を強くしてくれるか——。あの親子が教えてくれた唯一の教訓を胸に、私は前を向いて歩いています。
◇ ◇ ◇
本来、家族とは互いに尊重し合い、困難なときこそ支え合うべき存在です。しかし、その善意がいつの間にか「当然の権利」として搾取に変わってしまったのなら、自分自身の人生を守るために立ち止まるべきかもしれません。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
いかがでしたか?
今回の2つのエピソードに共通していたのは、お金をめぐるやり取りがきっかけとなり、家族の関係が少しずつ崩れていったことでした。家族という近い関係だからこそ、お金の問題はより深く影響を及ぼし、ときには思いもよらない形で関係を変えてしまうこともあるのでしょう。
お金に目が眩んだ末に残るものが何なのか。その答えを、改めて考えさせられる出来事だったのかもしれません。