嵐の復旧支援で島を離れることに
その年の嵐は、近隣の島に大きな被害をもたらしました。電気工事士である私は、復旧支援のため現地へ向かうことになりました。
「長引けば1カ月以上かかるかもしれない」と伝えると、妻のA子は少し寂しそうにしながらも、「こっちは大丈夫。お義父さんとお義母さんもいるし、あなたは安心して仕事に集中して」と送り出してくれました。
A子は都会育ちで、この島に来てまだ数年。島の人たちは悪気なく距離感のある接し方をすることもあり、彼女がどこか孤独を感じているのではないかと、私はずっと気にかけていました。
あまりの忙しさと疲労で、スマホを見る暇もなく、連絡が取れるのは数日に一度、短いメッセージ程度でした。私は時間を見つけては、「そっちは大丈夫?」とA子に連絡を送り続けていました。A子からはいつも、「大丈夫。こっちは心配しないで」と返ってきていたため、私はその言葉を信じるしかありませんでした。
島に戻って聞いた驚きの知らせ
それから約1カ月後。復旧作業を終えて島へ戻ると、父が慌てた様子で駆け寄ってきました。
「A子さんが家を出たまま戻っていないんだ」
その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になりました。しかし、父の話を聞くと、どうも様子がおかしいのです。
「母さんに聞いても『しばらく休ませてあげて』と言うばかりで、どこにいるかも教えてくれんのだ……」
胸がざわつき、私はすぐに電話をかけました。するとA子は、泣きそうな声でこう話したのです。
「あなたがいない間、この島で自分だけ浮いている気がしてしまって……」
話を聞くと、A子は島の暮らしに慣れようと頑張るほど、周囲との距離に悩んでいたそうです。悪気のないひと言にも傷つき、「やっぱり私はこの島の人間じゃない」と思い詰めてしまったのだとか。
そんな彼女の様子に気付いたのが母でした。母はA子を責めるどころか、「少し気分を変えたほうがいい」と、島の反対側に住む親戚の家へしばらく身を寄せさせてくれていたのです。父も詳しい事情をその時点では聞けておらず、「家を出たまま戻っていない」と慌ててしまったようでした。
母は、A子が一人で孤立しないよう、近所の人たちにも『あの子、都会から来て一生懸命やってるけど、今少し疲れちゃってるみたいだから、帰ってきたらやさしく声をかけてあげてね』と、それとなく根回しまでしてくれていたようでした。
島の人たちの本音に思わず涙
私はすぐに、島の反対側にある親戚の家へA子を迎えに向かいました。少し疲れた表情を浮かべていたA子でしたが、私の顔を見るなりホッとしたように笑ってくれました。
そして2人で自宅に戻ってきたときのことです。自宅前には、近所のおばあちゃんや漁師のおじさんたちまで集まっていたのです。普段はぶっきらぼうで口数の少ない人たちばかりでしたが、
「帰ってきてくれてよかった」
「あんたももう島の家族なんだから」
とA子に声をかけてくれました。
A子は目を潤ませながら、その場に立ち尽くしていました。これまで距離を感じていた島の人たちも、実はずっと彼女のことを気にかけてくれていたのです。その瞬間、A子の表情がふっとほどけたのを、私は今でも覚えています。
ようやく見つけた本当の居場所
その日を境に、A子は少しずつ肩の力を抜いて島で過ごせるようになりました。島の人たちも以前より自然に声をかけてくれるようになり、気付けば笑顔で立ち話をしている姿を見ることが増えました。「よそ者」だと思い込んでいたのは、A子自身だったのかもしれません。
今では子どもにも恵まれ、この島で家族4人、穏やかに暮らしています。
あのとき改めて感じたのは、人との距離は言葉よりも行動で伝わることもある、ということでした。
--------------
都会から嫁いできたA子さんにとって、周囲との距離や孤独感は決して小さなものではなかったはずです。表面上はぶっきらぼうでも、見えないところで気にかけてくれていた島の人たちのやさしさに、人とのつながりの温かさを改めて感じさせられる体験談でした。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※AI生成画像を使用しています
ウーマンカレンダー編集室ではアンチエイジングやダイエットなどオトナ女子の心と体の不調を解決する記事を配信中。ぜひチェックしてハッピーな毎日になりますように!