そんな私が婚約したのは、同業で会社を経営している同い年の彼でした。知人に誘われ、参加した経営者の交流会で出会い、誕生日が同じだったことで話が弾み、交際3カ月ほどで双方の両親へのあいさつも済ませました。
彼のご両親もとても朗らかな方で、彼の母とは連絡先を交換して、ときどきメッセージのやり取りする間柄になりました。
スマホを手放さなくなった彼
交際が始まってしばらくしたころ、彼の会社の業績が落ち込み、資金繰りに苦労している時期がありました。私は少しでも力になりたくて、自分の会社の一部業務を彼の会社に発注する業務委託契約を結んだのです。そのおかげで彼の会社はなんとか持ち直し、お互いを支え合える関係になれたと感じていました。
ところが、入籍を見据えて同棲を始めたころから、彼の様子が少しずつ変わっていきました。片時もスマホを離さず、家にいてもずっと画面ばかり見ているのです。話しかけても上の空で、トイレやお風呂にまでスマホを持ち込むようになりました。
理由を聞いても「仕事の連絡だから」の一点張り。ある晩、夕食中に彼のスマホが何度も鳴り続けていたので、出なくていいのかと尋ねたところ、急に声を荒げられました。
「いいって言ってるだろ。仕事なんだからいちいち口を出すな」
普段は穏やかな彼らしくない反応に、私は違和感を覚えました。それから1カ月ほどたった日曜日のことです。彼は休日出勤だと言って出かけていきました。最近は平日も連日のように会食で帰りが遅く、体を心配する私に「大丈夫だから」とそっけなく返す彼。
その日の出がけに、「取引先の関係者が君のファンらしいから、ノベルティにサインを書いてほしい」と、私が運営するサロンの会員に配っているエコバッグを差し出してきたのです。仕事の付き合いならと、私は何の疑いもなくサインをして送り出しました。
高級宝石店の買い物袋
彼が出かけたあと、掃除のついでにクローゼットを整理していると、奥から高級宝石店の買い物袋が出てきました。ちょうど私たちの誕生日が近かったので、きっとプレゼントを先に買っておいてくれたのだろうと思い、見なかったことにして、そっと元の場所に戻したのです。
その夜、帰宅した彼はクローゼットの中の配置が変わっていることに気づいたようで、血相を変えてリビングに戻ってきました。
「なぁ、クローゼット開けた? 正直に言って」
私が開けたことを認めると、彼は早口でまくし立ててきたのです。「あれは君への誕生日プレゼントだ」「君の誕生石じゃないけど、色が君に似合うと思って選んだブレスレットだ」「勘違いしないでほしい」「サプライズが台無しだ」「これは返却して違うものを選び直す」などと矢継ぎ早に……。
聞いてもいないことまで言い訳めいた説明をする彼の姿を見て、私の中で疑念が確信に変わりました。やましいことがなければ、慌てる必要はないはず。スマホへの執着、休日出勤、見られたくないプレゼント……ほかの女性の影を感じざるを得ませんでした。
決定的な証拠をつかめないまま2週間ほどが過ぎた日曜日、彼が再び「休日出勤だ」と告げて家を出ました。それから数時間後、私のスマホに都内で働く弟から電話がありました。
「今、銀座なんだけどさ、姉ちゃんの彼氏が別の女と歩いているぞ。写真送るわ」
送られてきた写真には、楽しそうに笑う彼と見知らぬ女性の姿が写っていました。私は急いで支度をし、弟がいる銀座へと向かいました。
宝石店での鉢合わせ
弟と合流し、2人が入っていったという店に向かうと、そこは以前クローゼットで見つけた買い物袋の高級宝石店でした。店内に入り、奥へ進むと、聞き覚えのある声が響いてきました。
「このダイヤ、大粒できれいだね」
ショーケースの前に立っていたのは、間違いなく彼でした。そして隣には、写真に写っていた女性が寄り添っていたのです。
「おいおい、値段見ろって〜これはさすがに買えないよ〜この前のブレスレットもけっこう奮発したんだからな」
「じゃあ婚約指輪は、よく言う給料3カ月分ってことで♡」
そう仲睦まじげに話す2人を見て、頭の中が真っ白になりました。私に買ったと言い張っていたブレスレットは、やはりこの女性に渡したものだったのです。
ふと振り返り、私の存在に気づいた彼は、口をパクパクさせ、固まりました。一方、女性のほうは、私に気づくと急に表情を輝かせたのです。
「え!? もしかして、◯◯さんですか。私、大ファンなんです! こんなところで会うなんて偶然ですね! お買い物ですか?」
事情が見えない彼女は、無邪気に話し続けました。「彼から幼なじみで起業して頑張っているインフルエンサーがいるって聞いて、そしたらそれが、いつも私がSNSで見てる◯◯さんだったんです〜!」と。
さらにうれしそうに、「先日もらったサイン入りエコバッグのお礼も言いたかったんです!」と話してくれました。聞けば聞くほど、彼が私の存在を利用して彼女の気を引いていたことがわかりました。
「私たち婚約したばかりで、婚約指輪、このくらいのものがいいなって話してたんです♡ ◯◯さんも挙式に招待させていただいていいですか? ぜひ来てくださいね♡」
そう言って、彼との関係を教えてくれた彼女に私は、一度深く息を吸い、できるだけ落ち着いた声で答えました。
「へぇ、そうなんですね。実は私も、彼と婚約してるんです」
すると、彼女の表情は一瞬で凍りつき、彼は顔面蒼白の涙目。弟は私の隣であきれたようにため息をついていました。
「私は彼のご両親とも面識があって、お母さまとはときどきLINEでやり取りしているんですよね……」
私がそう告げると、彼女はゆっくりと彼のほうを振り返りました。
「どういうこと? 幼なじみじゃなかったの?」
彼女は怒気をはらんだ口調で彼を問い詰めました。あとから聞いた話では、彼女も最近彼の発言の矛盾が気になっていて、本気度を確かめるために婚約指輪を見に来たのだと言っていました。
彼は「出来心だった」と繰り返し頭を下げましたが、私にも彼女にも、もう許す気持ちは残っていませんでした。彼女とは連絡先を交換し、私はその場で婚約解消を告げて店を出たのです。
裏切った彼の末路
後日、弁護士に相談し、私は彼の不誠実な行為によって婚約関係を壊されたとして、慰謝料を請求しました。婚約者がいることを知らされず、結婚を前提に交際していた彼女も、弁護士に相談し、慰謝料請求が可能か確認することになりました。私は自分の会社と彼の会社との業務委託契約も、契約書の条項に沿って正式な手続きで解除しました。
トラブルの経緯は業界内でも噂になり、彼の会社の業績は再び悪化していったと人づてに聞きました。取引先である私の会社を裏切り、嘘をついて複数の女性と結婚話を進めていたという話は同業者の中でも広まり、彼の信用は大きく損なわれました。
私のほうは職場近くに引っ越し、生活を整え直しました。少し時間を置いてから、弟の紹介で誠実な男性と出会い、今は彼と真剣交際中で、心穏やかな日々を過ごしています。
◇ ◇ ◇
婚約者の小さな違和感を「気のせい」と流さずに向き合ったことで、結果的に大きな裏切りから自分を守ることができました。スマホへの執着、不審な休日出勤、言い訳めいた態度といった兆候は、積み重なれば誰の目にも違和感として映りますよね。
婚約者に限らず、自分の身近な人に何らかの違和感を覚えたときは、見て見ぬふりをせず、信頼できる家族や友人に話を聞いてもらったり、必要に応じて専門家に相談したりして、事実をたしかめ、その人との関係をどうすべきかを冷静に判断したいですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。