夫は義母の入院を知るやいなや、「忙しいから無理だ」とすべての世話を私に丸投げしようとしました。私が「あなたの親でしょう」と訴えても、夫は聞く耳を持ちません。
「俺が行くより同性であるお前が行ったほうがいいだろ」そう言い放ち、夫は結局一度も病院へ足を運ぼうとしませんでした。
病院まではわが家から1時間ほどかかります。私は仕事の合間を縫い、有給を使い果たして義母の身の回りの世話をこなしました。しかし夫からも義母からも感謝の言葉ひとつありません。
義母との同居生活
2カ月後、義母は退院しましたが、長期にわたってのリハビリが必要で、車椅子生活を余儀なくされました。わが家での介護生活が本格的にスタートし、私の負担はこれまでの比ではないほど激増したのです。
会社に無理を言って時短勤務に切り替えてもらいましたが、生活は限界……。深夜のトイレ介助、日中の頻繁な呼び出し、そして終わりのない家事——疲れ果てて夫に助けを求めましたが、返ってきたのは信じられない言葉でした。
「大した稼ぎもないんだから、仕事を辞めて介護に専念しろ」
私が反論しようとすると「いいから黙って介護してろよ」と夫は声を荒らげました。夫は同居以来、別人のように威張り散らすようになっていたのです。
車の鍵がない!
ある朝、出勤しようとした私は、車の鍵が消えていることに気付きました。私の地域は車がなければ移動が困難です。
パニックになる私に、夫は冷ややかな笑みを浮かべて告げました。「鍵は俺が預かった。今日は仕事に行かせない。そのまま辞める手続きをしろ」
夫は外出を妨害し、強引に私を家の中に留まらせようとしたのです。その日はなんとか公共交通手段を乗り継ぎ、遅れて出勤したものの、その後も執拗に車の鍵を隠されるなどの妨害を受けました。
このままでは職場に多大な迷惑をかけてしまうと判断し、私は苦渋の決断で退職を選びました。退職を伝えると、夫は「俺が養ってやるんだから、大人しく介護してればいいんだ」とふんぞりかえる始末。
その傲慢な姿に、私の中の何かがプツリと切れ、夫への情は完全に消え失せました。
夫に見切りをつけたワケ
退職から3カ月が経ったころ、夫が青い顔をして私のもとへ来ました。夫と義母の浪費でカード請求を払いきれなくなったようです。
無理もありません。これまで家計の不足分を私の収入で補填してきたため、私が仕事を辞めれば破綻するのは目に見えていました。
夫は私の貯金で補填するよう命じてきましたが、私は冷めた手つきで一通の封筒を突きつけました。実は夫に隠していた副業の蓄えを使い、以前から興信所に夫の不倫調査を依頼していたのです。
不貞の証拠を前に、夫は「彼女とは別れるから」と取り乱しましたが、私の決意は揺るぎませんでした。
「介護はどうするんだ」「生活できないだろう」と夫は必死に引き止めますが、私は一切の譲歩をしません。今さら協力すると言われても、失った信用は戻らないのです。
「離婚するから」私は、今日中に離婚届にサインするなら慰謝料は請求しないという条件を提示しました。
当初は渋っていた夫でしたが、慰謝料を免除すると聞いた途端、手のひらを返して署名に応じました。結局、夫にとって私との生活よりも自分のお金のほうが大切だったのだと、改めて冷ややかな確信を持ちました。離婚を拒んでいた本当の理由は、私への執着ではなく単にお金が惜しかっただけなのだと——。
私はその日のうちに家を飛び出し、あらかじめ準備していた新居へと向かいました。
慰謝料放棄の思惑
夫は自分に有利に離婚したつもりでしょうが、実は私にとって慰謝料などはした金。夫と争ってまで手にしたいお金ではありませんでした。
私は仕事の傍ら、在宅での副業を数年前から続けており、ちょうど軌道に乗ってきたところ。副業を法人化して資産を切り離し、さらに離婚届の条件に「今後、互いに一切の財産請求をしない」という一筆を書かせたことで、私の大切な事業資金も完全に守り抜くことができました。
現在、元夫はわがままな義母の介護と火の車になった家計に四苦八苦しているとのこと。不倫相手とも金銭トラブルで破局したようですが、もはや今の私には、どうでもいい話でしかありません。
◇ ◇ ◇
本来は家族で助け合うべき介護を、相手を縛り付ける道具として利用し、その裏で自分だけ不倫を楽しんでいたなんて……。そんな身勝手で不誠実な振る舞いを続けていれば、いつか自分に大きな報いが返ってくるのは、まさに「バチが当たる」と言わざるを得ません。
他人のやさしさを搾取するような人とはきっぱりと縁を切り、これからは自分自身を一番に大切にする人生を歩んでほしいですね。
【取材時期:2026年3月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。