義父が急逝、臨月の私を怒鳴る義母→電話に出たのは……

私は20代のとき、穏やかでやさしい夫と結婚し、約2年後に妊娠がわかりました。出産予定日を翌月に控えており、少しずつ出産準備をしながら過ごしていました。
義父はとても穏やかな人で、私にもいつもやさしく接してくれました。一方で義母は、なぜか私にだけ当たりが強く、会うたびに嫌味を言われます。夫もその様子に気づいていて、そのたびに注意してくれていたのですが、義母の態度が変わることはありませんでした。
それでも帰省のたびに「お義父さんに会えるから」と自分に言い聞かせて、なんとかやり過ごしてきました。
突然の訃報
そんなある日、夫から「父さんが……亡くなった」と連絡が入りました。あまりにも突然の知らせで、しばらく言葉が出ませんでした。
本当はすぐにでも駆けつけたかったのですが、夫の実家は遠方にあり、飛行機の距離です。私は臨月に入っており、いつ出産になってもおかしくない状態でした。
「無理はしない方がいい。俺だけで行って来るから」
夫はそう言って私の体を気遣い、単身で帰省し葬儀に参加することになりました。私が一人になることを心配し、夫が戻るまでの間、私の母がうちに来ることになりました。
葬儀の前日、陣痛が
私は自宅で、義父の冥福を祈ることしかできませんでした。別れの挨拶ができないことが無念で、涙がこぼれました。
義父の葬儀の前日、少しずつおなかの張りが強くなり、陣痛が始まりました。母に付き添われて急いで病院へ向かい、そのまま入院することになりました。
次第に陣痛が強くなり、必死に痛みに耐えていたとき、私のスマホには義母から何度も電話がかかってきていたようでした。
そばにいた母がスマホを見て言いました。
「何度も電話きてるよ。一回出るね」
聞こえてきたのは義母の怒鳴り声
母がスピーカーにして電話に出ると、すぐに怒鳴り声が聞こえてきました。
「ちょっと! 嫁が葬儀に来ないとは何事!? 今すぐ来い!」
義母は、電話の相手が私ではなく、私の母だとは気づいていないようでした。
母は落ち着いた声で答えました。
「娘は今、陣痛が始まって入院しています。とても動ける状態ではありません」
電話の向こうが、一瞬静かになりました。そのあとも義母は何か言っていたようでしたが、母はそれ以上言葉を返さず、静かに電話を切りました。
夫は、義母が私に怒鳴っているのを聞き、
「今までも何度も言ってきたけど、もう限界だ」
「陣痛で入院している妻にまで怒鳴るなんて。もう関わるつもりはない」
ときっぱり伝えました。
また後日、夫や義妹たちから聞いた話によると、義母は親戚の前でも、「嫁が葬儀に来ない」と不満を口にしていたそうです。
すると、その場にいた親戚の一人が「臨月なんでしょう? いつ生まれるかわからないのに、飛行機に乗ってさすがに来れないって。しかも陣痛がきて入院してるって聞いたよ?」と言ったことで、その場の空気が一気に変わったといいます。
「そんな状態で『来い』なんて言ったの?」
「それはさすがに無理でしょう……」
親戚たちから次々と声が上がり、義母は何も言い返せなくなってしまったそうです。
夫の絶縁宣言や、義母の私へのひどい態度が明るみになり、義母は親戚たちから白い目で見られることになったようでした。
夫の決断
入院した翌日、私は無事に娘を出産しました。
夫は電話で「もう実家とは距離を置く」と言いました。
義母がこれまで私にしてきたこと、そして今回の出来事で、夫の中でも完全に線を引く決意が固まったようでした。その言葉を聞いたとき、正直ホッとしてしまいました。
その後、義母からは何度か連絡があったそうですが、夫は取り合っていません。娘を会わせるつもりもない、と夫は言っています。当時は義母との関わり方に対していつも不安でいっぱいでしたが、今はとても穏やかな時間を過ごせています。
◇ ◇ ◇
家族は、安心できる場所であってほしい。そう思えるようになったのは、夫がしっかりと向き合ってくれたからでした。これからも夫と、そして実家の家族と一緒に、この子の成長を温かく見守っていきたいと思っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
1つ目のエピソードは、臨月で陣痛が始まったまさにその時、義母から怒鳴るような電話がかかってくるお話です。遠方の葬儀に「今すぐ来い」と迫り、出産を控えた妻の状況よりも、一族の体裁を優先する義母。そんな理不尽な振る舞いを知った夫は、妻を守るために義母へはっきりと線を引きました。
続く2つ目のエピソードでも、臨月の嫁を都合よく頼ろうとする義母の身勝手さが描かれます。運転が怖いと訴える嫁に心ない言葉を投げかけ、自分の買い物に付き合わせようとする義母。限界を感じた嫁がおなかの子を守るために……!?
臨月の嫁を“無料タクシー”扱いする義母→「車を壊す!」と脅された私は!

結婚してからというもの、私は夫の母――義母の用事に振り回されることが増えていました。現在、夫は単身赴任中。頼れる家族も近くにいない私にとって、近所に住む義母からの連絡は断りづらいものになっていったのです。
寝る直前に義母から電話「今から車で来て」
そんなある夜、寝る準備をしていた私のスマホが鳴りました。義母は「ごめんなさい、お願いがあるの。今から車でうちに来てくれない?」と言います。
理由は「あなたの車に荷物を忘れた」「後部座席に赤い袋があるはずだから、今すぐ持って来て」というもの。
「明日の朝ではダメでしょうか」と伝えると、義母は強い口調で言い返してきました。「私が“今から来い”って言ってるんだから来なさいよ。逆らおうっていうの? 嫁のくせに」
結局、私は「わかりました……今から行きます」と答えるしかありませんでした。
送迎を押しつける義母に妊娠を伝えると…
さらに義母は畳みかけるように、「それと、明日の送り迎えもお願い。11時には家を出たいから」と追加の依頼までしてきました。ここ最近、こうした送迎は毎日のように続いています。
思い切って「頻度が多すぎませんか」と伝えると、義母は笑うように「どうせ暇でしょ? 車くらいパパっと出してよ」と言ってきました。私にも予定があることや、ガソリン代が高騰していることを伝えても、「その分、息子が稼いでくれているでしょ。単身赴任までして」と一蹴されてしまいます。
翌日、義母の家まで迎えに行くと、私の顔を見るなり「マスクしてるけど……風邪をひいてるの? 移さないでよ」と言われました。
そこで私は、「実は妊娠しているんです」と伝えました。そろそろ隠しきれなくなるという思いと、妊娠中なので少し配慮してほしいという気持ちもあったからです。しかし義母は、喜ぶどころか、冷たい言葉を重ねてきたのです。
「私をアテにしないでよ。赤ん坊の世話なんて絶対手伝わない」
臨月の私に送迎を要求する義母…断ると
おなかが大きくなっても、義母の“送迎依頼”はなくなりませんでした。そして3カ月後。おなかが大きくなり、もうすぐ臨月というころ――義母から「ショッピングモールまで迎えに来て」と連絡が入りました。布団を衝動買いして、大きな荷物を抱えているというのです。
私は勇気を出して断りました。おなかが張りやすく、怖くて運転を自粛したい、と正直に伝えると、義母の声が一気に荒くなりました。「妊娠してても運転くらいできるでしょ! 言い訳はいいから早く来て」
バスやタクシーを提案しても、「タクシーなんていくらかかると思ってるの」と跳ね返されます。そして、言葉はさらに残酷になっていきました。
「役に立たない嫁ね」「そんなことで心配してるようじゃ母親失格」そして夫のことまで持ち出して、「単身赴任したのも、あなたと距離を置きたかったからなんじゃないの?」とまで言われた瞬間、私の中で何かが切れました。
おなかの子を守るため…私が選んだ決断
義母は怒りながら、「迎えに来ないなら車を壊してやる」と脅してきました。その瞬間、私は決心しました。このままでは、私もおなかの子どもも守れない――。「その場所でずっと待っててください」
私は荷物をまとめ、新幹線に乗り、単身赴任中の夫のもとへ向かうことにしました。夫に事情を話すと、すぐに引っ越しの準備を進めてくれ、夫婦で暮らせる部屋も見つかりました。こうして私は、義母から物理的に距離を置くことができたのです。
義母は相変わらず外出を続け、しばらくはタクシーを使っていたそうです。しかし出費が増え、ついには貯金を切り崩す状況に。見かねた夫が義母のもとへ行き、通帳を管理することになりました。「このままでは縁を切る」と伝えたことで、義母もようやく落ち着いたようです。
一方、私は無事に元気な女の子を出産しました。育児には不安もありますが、夫がそばにいてくれるおかげで、以前よりずっと穏やかな毎日を過ごせています。
義母の言いなりだった日々はつらいものでした。けれど、子どもを守りたいという思いが、私を少し強くしてくれたのだと思います。
◇ ◇ ◇
妊娠中は体調の変化も大きく、無理を重ねることで心や体に大きな負担がかかってしまうこともあります。今回のように、自分やおなかの赤ちゃんを守るために、思い切って環境を変えたり距離を取ったりすることも、無理をしないための方法のひとつ。自分と家族にとって安心できる環境を整えていきたいですね。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
いかがでしたか?
今回の2つのエピソードに共通していたのは、臨月という最も支えが必要な時期に、身近な家族から自分のメンツや都合を優先され、妻たちが「都合のいい道具」のように扱われてしまったことでした。
理不尽な言動に傷つきながらも、おなかの子と自分自身を守るために決断した彼女たちの姿から、家族との距離の取り方について考えさせられるエピソードでした。